第13話

 Cランクダンジョン──【魔狼の森】。

 地下空間内に広大な草原と森林地帯が存在する摩訶不思議なダンジョン。

 内部には狼タイプの魔獣が数多く生息し、地形との相性もあってその攻略難易度はCランクの中でも高めとなっている。


 そのダンジョンの入場ゲート前で俺は待機していた。


「──お待たせっすパイセン」


 その気だるそうな声に俺は聞き覚えがあった。

 本日から一緒にパーティーを組む星奈だ。


「大丈夫。今来たところだ」


「そっすか。なら良かったっす」

 

 以前に会った時と異なり、彼女はダンジョン探索用の装備を一式装着していた。

 ピタッとした感じのショート丈トップスにホットパンツ。

 その上から胸などの急所には革の軽鎧を纏っていた。

 動きやすさを追求したいかにも盗賊って感じの装備だな。

 口元まで覆い隠す長いマフラーなんかはちょっと男心をくすぐるものがある。


「それから、君が星奈の友達か。ってあれ? 確かあの時の──」


「はぅ! 新しいパーティーの人って貴方だったんですね。 そ、その節はお世話になりましたっ」


 星奈の後ろに引っ付く神官服の少女。

 白と金を基調とした神聖味溢れるローブは、はち切れんばかりの双丘によってけしからん感じを醸し出している。

 こんな兵器を持つ相手を忘れるはずがなかった。

 この前、不良に絡まれていたところを助けた少女だ。


「あれ? 瑠璃子とパイセン知り合いだったんすか?」


 きょとんとした顔をする星奈。


「いや知り合いってほどではない。前にしつこくナンパされたのを助けただけで、俺は名前すら知らないぞ」


「そうです……私ってば助けてもらったのに自己紹介もせず……ごめんなさい」


「あ、いや、謝らないでくれ! 君のせいじゃないんだ。あの時は俺もちょっと急ぎの用があってさ、あはは……」


 嘘だ。本当は童貞丸出しの俺が、目のやり場に困って逃げ出しただけである。


「そうでしたか……では改めて。──雨宮瑠璃子と言います。本日はパーティーにお誘い頂いてありがとうございます」


 そう言って丁寧にお辞儀する瑠璃子。

 たゆん、と豊かな双丘が時間差で挨拶した。うーん、けしからん。


「俺は馬原賢人だ。よろしくな」


 できるだけ平静を装いながら、簡潔に自己紹介する。


「よろしくお願いします賢人さん。……あっ、私も星奈ちゃんに習って賢人さんと呼ばせてもらいますねっ?」


 にこっと笑う瑠璃子。めっちゃええ子やん。

 見た目の印象通り、人柄も良く星奈と正反対のタイプである。


 本当に星奈のサボり仲間なのか?

 まさかアイツ、無理やりこの子を連れ回してるんじゃないだろうな。

 思わず星奈へ訝しげな視線を向ける。


「あ、パイセン、今ウチになんか失礼なこと思ったっすね?」


「っ? なぜわかった」


「盗賊のカンっすよ。──言っときますけど、ウチは何も言ってないっすからね! サボってたら瑠璃子が勝手についてくるんすよ!」


 何も言ってないのに、そこまで読み取れるのか!? すごすぎん?

 盗賊の覚える【気配察知】の恩恵だろうか?


「そうですよ、賢人さん。私が好きでついてってるんです! だから星奈ちゃんの事は咎めないであげてください」


「お、おぉ……そうか、わかったよ」


「ウチ的には別についてこなくていいんすけどね」


「えぇっ!? そんな事言わないでよ星奈ちゃんっ!?」


 星奈の冷たい反応に涙目になる瑠璃子。

 いまいち二人の関係性がよくわからんな。

 しかしながら、仲良しには違いないのでまぁいいか。


「さてと、それじゃ早速ダンジョンに出発しようと思うが、まずはお互いの情報を公開しよう。連携の基本だからな」


 俺はステータスカードをポーチから取り出しながら、二人へ提案する。


「りょっす」「はい、わかりました」


 無論だが、パーティー探索における基本なので異議が出るはずもなく。

 素直に二人はステータスカードを取り出した。 

 二人のステータスはこんな感じだ。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :神坂 星奈

天職 :盗賊

レベル :30


体力 :4822

魔力 :2855

攻撃力 :492

防御力 :428

敏捷 :984

幸運 :1047


<スキル情報>

【罠探知】SLv6

【罠解除】SLv5

【気配察知】SLv7

【短剣術】SLv4

【投擲術】SLv4

【加速】SLv4

【逃走術】SLv6

【アイテム奪取】SLv4

【解錠術】SLv5

【収納上手】SLv4

────────────────────────────────


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :雨宮 瑠璃子

天職 :神官

レベル :29


体力 :3605

魔力 :11825

攻撃力 :346

防御力 :288

敏捷 :216

幸運 :663


<スキル情報>

【聖属性魔法】SLv4

【回復魔法】SLv6

【状態異常解除】SLv5

【状態異常耐性】SLv6

【闇属性耐性】SLv5

【杖術】SLv2

────────────────────────────────


 それぞれの天職の特徴が色濃く出たステータスだ。

 盗賊の星奈は敏捷・幸運が高く、パーティーの生存に関わるスキルが多い。

 神官の瑠璃子は魔力が特筆して高く、スキルは賢者の俺とほぼ一緒だ。

 ちなみに盗賊の方がスキルが豊富なように見えるが、これは表記上の問題である。

 魔法系の天職は複数個の魔法が属性別にカテゴライズされ、ステータス表示上【〇〇魔法】みたいな感じで統合されてしまうのだ。

 バフや結界魔法なんかの性質が異なる魔法も、全部【聖属性魔法】で一括にされちまうしな。


「へぇ、二人はこんな感じなんだな」


 それにしても、二人ともCランクだけあってレベルが高いな。

 田上くん達がEランクだったのを思えば、もしや二人とも冒険者学校のエリートなのでは……。

 先日殴り飛ばした不良Bくんなんか魔法職の瑠璃子でも善戦できそうだ。

 まぁ彼女の性格的に喧嘩という行為そのものが難しそうではあるが。

 それに同等ステータス同士だと殴られたら普通に痛い。そう思えば、助けて正解か。


「ひえっ、賢人パイセンのステータス、パネェっすね……こんな脳筋賢者、ウチ初めて見たっす」


「あの時、自分で賢者って言ってましたけど、本当だったんですね……」


 あっちはあっちで俺のステータスに驚いているようだ。

 レベル16にして二人のステータスをほぼ超えてるし当然か。

 一応スキルに関しては制約があるので、万能とは一概には言えないが。


「とりあえず天職のバランスは取れてるみたいだし、俺が前衛、瑠璃子が後衛、星奈が瑠璃子のフォローって感じで問題なさそうだな」


「そっすね。……まぁ厳密にいえばパイセンの天職は賢者なんでバランスもクソもないっすけど」


「それを言うなよ。ゴブリンぶん殴って早一ヶ月。気持ちはがっつり前衛職だ。気持ちはな」


 だって魔力無いんだもの。

 あの当時放った魔法の、イカした詠唱が恋しいぜ。


「ま、その話はさておき、出発するか。ここで長々とダベってても仕方ないしな」


「りょっすー」「はい! 参りましょう!」


 そんなこんなで俺たちの記念すべき初パーティー探索が幕を開けた。





 ダンジョンの内部は聞いていた通り、広大な草原が広がる不思議な空間だ。

 こうしたダンジョンは亜空間タイプと呼ばれ、生息環境の限られる魔獣の住処となっている。

 遠くで響く遠吠え。それ聞きながら、俺たち一行は平原を進んでいた。


「ところで、本当に金花狼を狙うっすか?」


 【気配察知】を発動しながら先導する星奈が尋ねてくる。その問いに、俺は迷いなく頷いた。


「もちろんだ。そのためにこのダンジョンを選んだくらいだからな」


 金花狼とはここ【魔狼の森】に生息する大変珍しい魔獣である。

 優雅な花の香りと金色の毛並みが大きな特徴だ。なぜ花の香りがするのかは未だに解明されてないが、一説じゃ下位の狼系魔獣を統率するためのフェロモンじゃないかと言われている。これまでに発見された個体数が少ない為、あくまで仮説でしかないけどな。

 それはともかく、なぜコイツを狙うかと言えば、シンプルに儲かるからであった。その毛色の美しさと香り。それから希少性も相まって、ハイブランドアパレル市場で、超高値で取引されているらしいのだ。

 この度の探索では、そんな金花狼の毛皮が第一目標であった。 


「た、たしかすごく珍しいんですよね? でも……星奈ちゃんの幸運値なら可能性はあるかもですねっ」


「流石だな瑠璃子。幸運ステータスはリアルラックに影響していると巷で噂されてるからな。可能性はゼロじゃないぞ!」


「そんな簡単に上手くいくもんすかねぇ……」


 やれやれとばかりに肩を竦める星奈。

 俺と違って彼女は現実主義のようだ。くぅ、浪漫のないやつめ。


「──っと、魔獣が近づいてきてるっす。雑談は切り上げて早く肉壁になるっすよパイセン」


 星奈が【気配察知】で魔獣の動きを捉えたようだ。

 流石は盗賊。こうして奇襲を察知できるだけでもパーティーを組んだ甲斐があったというものだ。

 ただし、先輩を肉壁扱いするのはダメ、ゼッタイ。


「わかった。数と方向はわかるか?」


「とりあえずあっちから4匹っす」


 そう言って右斜め前方を指差す星奈。


「了解した……遠巻きでも何となく影が見えるな。瑠璃子、バフの詠唱に入って大丈夫だぞ」


「は、はい!」


 俺は星奈より前に出て杖を構え、次に瑠璃子へ指示を出す。俺の視界の先には、こちら目掛けて駆け寄る大狼の姿が見えた。

 ゴブリンなんかより遥かに大きな体躯。それでいて獣特有の獰猛さが伺い知れた。

 俺にとっては初めてのCランクモンスターだ。やや、緊張するが、腐っても最年長。これくらいでビビってる場合ではないのだ。


「Cランクモンスターとやらのお手並み拝見ってところだな」

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