魔力を溜めて、物理でぶん殴る。~外れスキルだと思ったそれは、新たな可能性のはじまりでした~

ぷらむ

第一部

プロローグ

プロローグ

 ──奇妙な冒険者の噂を聞いたことがある。


 曰く、そいつは賢者なのに攻撃魔法を一切使わず、魔獣を殴り殺すらしい。

 曰く、そいつは賢者なのに治癒魔法を一切使わず、薬液ポーションで怪我を癒やすらしい。


 そんな馬鹿な冒険者がいるもんか。

 Aランク冒険者──東條あやかの抱いた感想はそれだった。

 

 賢者と言えば、神官と魔術師を統合したスキルセットを持つ天職だ。

 高い魔力値と豊富な魔法スキルこそ、かの天職が持つ最大の長所である。

 そんな魔に特化した天職に恵まれながら、魔法を一切使わないとはどういう事か。

 合理性が無いにも程があった。

 

 きっと誰かが話題作りの為に考えた創作だ。

 SNSでの拡散数を稼ぐためにそんな噂を真実の如く吹聴する輩もいると、誰かから聞いた事がある。


 だからこれも、与太話の類だろう。

 この奇妙な冒険者の噂を耳にした時、東條はそんな風に受けて止めていた。


 ──


「……っ!?」


 都内に存在するA級ダンジョン──通称【大神殿】

 石灰岩と大理石でできた建造物が立ち並ぶ、古代ローマ神殿を彷彿とさせるダンジョンである。

 その奥深くに存在する大広間。

 目の前で起きた出来事に彼女は言葉を失った。


 彼女の目の前には牛の頭を持つ人型の魔獣の姿があった。

 グレートミノタウロスと呼ばれる、Sランクでも上位に君臨する凶悪な魔獣だ。

 人を遥かに凌駕するその膂力から繰り出される戦斧の一撃は、屈強な戦士系の冒険者ですら容易に屠る威力を持つ。

 本来はSランクダンジョンに出現すべき魔獣だ。稀にAランク帯でも出現するが、それでもボス魔獣と言ってダンジョンの最奥に一匹湧くか湧かないか。そういう次元の魔獣。


 運が悪い事に彼女の所属するパーティーは、この猛る牛の怪物と遭遇してしまった。

 無論だが、こんな凶悪な魔獣を倒せるほど彼女らのレベルは高くない。

 次々と戦斧の餌食となる仲間たち。

 その足元にはが散らかる。


 幸か不幸か、後衛職である東條はまだ生き残っていた。

 だが、それも束の間の話。

 仲間を屠り終えた怪物の瞳は彼女に向いていた。

 

 ──次は、私の番だ。

 

 東條は死を覚悟した。

 普通なら恐ろしさのあまり発狂してもおかしくない場面。

 だが、不思議な事に彼女の心は冷静だった。

 これは冒険者としての覚悟なのか、それとも絶対的な強者を前に生を諦めたのか。

 

 そんな事をぼんやりと考えている間に、怪物は東條の眼前に迫っていた。

 獰猛さを宿すその瞳が彼女の姿を見下ろす。

 それから、血が滴る戦斧を緩慢な動作で振り上げた。

 

 ──刹那。


「悪いが、横取りだとは言わんでくれよ?」


 突然、割って入るように現われた男が、棒状の何かを怪物の頭に打ち付けたのだ。


「ブォモォォッ……!?」


 怪物の咆哮が神殿内に響いたが、すぐさま沈黙する。

 しばらくして、地響きと共に巨体が崩れ落ちた。


「……っ!?」


 先程まで東條のパーティーメンバーを蹂躙していた凶悪な怪物。

 それが男の振るった一撃によって、呆気なく絶命していた。 


「生存者は一人……ちょっと遅かったか。……君、大丈夫か?」

 

 先程振るった棒状の何かを肩へ担ぎながら、男は東條へ振り返った。


「え……? あ、はい……大丈夫、です」


 東條は気の抜けた言葉を返すのが精一杯だった。

 未だに思考が追いついておらず、その表情は唖然としている。


(たお、したの? グレートミノタウロスを、一人で?)


 彼女が驚愕するのは当然だった。

 たった今、目の前で信じられない出来事が起こったのだから。


 まずSランク上位に位置する魔獣を、たった一撃で殴り殺した事。

 全世界で十数名程度しか存在しないと言われるSランク冒険者ですら、同じ芸当はこなせない。

 グレートミノタウロスを一撃で屠るとは、そういうことだ。

 この偉業とも呼べる行為だけで十分、驚愕に値するのだが、それよりも驚くべき点があった。

 

 それは──目の前の男が、の天職だという事。

 血で染めたように赤黒いローブを纏う彼の出で立ちは、魔術師そのものだ。

 本来、魔術師とは威力の高い魔法スキルに秀でた後衛職である。

 その反面、身体能力に関するステータスは軒並み低い。


 そんな天職を持つ冒険者が、のだ。


(──魔獣を、殴る?)

 

 そこまで思考したところで、彼女の脳裏にはある噂話が浮かんでいた。

 定石を無視した奇妙な戦い方をする冒険者の噂が。


「え、えっと……あなたは魔術師……いや、……ですか?」

 

 疑問を解消すべく、東條は男に恐る恐る尋ねた。


「えっ? 噂……? あ、えーっと、確かに賢者ではあるけど……説明が難しいな」


 はっきりとしない物言いで、男はポリポリと頬を掻いた。

 その視線は斜め上を行ったり来たりしている。


「や、やっぱり! でもどうして……?」 


 男が肯定したため東條はますます理解できなくなった。

 彼がだとして、なぜ賢者でありながら魔獣を撲殺するのか。

 彼は魔法が使えないのか?それとも使わないのか?

 己に制限を課す修行でもしているのか?

 そんな少年漫画じみた事をする意味は?

 何かのスキルを習得する為の条件?


「その肩の武器は多分、杖? なんですよ……ね? ということはやっぱり貴方は賢者で……?」

 

 次々と疑問が湧き上がり、しどろもどろに問い掛ける東條。

 そんな彼女の心中など露知らずか。

 質問の意図を理解しきれなかった男は、とりあえず笑顔で答える。


「この杖か? 殴るのにちょうど良いんだ。重さとか耐久値とか。結構いい杖みたいだからな」

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