第126話

「おーほっほっほっ! 皆さま! これよりシートベルトは外していただいて結構ですのよっ!」


 太平洋上空を飛行するプライベートジェット。

 その豪華な客室内に縦ロールの極濃キャラ──もとい西園寺麗華の甲高い笑い声が響き渡った。


「相変わらずキャラが濃いっすね……」


 頬に手を添えて高笑いする彼女を眺めて、星奈はなんとも言えない表情を見せた。


「ふふ、麗華ちゃんは相変わらずだね」

「うむ、息災なのは何よりなのじゃが……」


 星奈に続いて瑠璃子とユーノも似たような反応を示して客室内には微妙な空気が漂う。


「おーほっほっほっ! ささっ、寛いで下さいまし! 当機の一流の設備が、皆さまに快適な空の旅をお届けしますですわっ!」


 しかし残念な事に、その空気を作った張本人は、全くそれに気がついていない様子だった。



 ◇



「さ、星奈お姉さまも遠慮せずにお寛ぎになって。今から10時間は空の上なのですから!」


 機内アナウンスという重大な役目を終えた麗華は、ごく自然な素振りで星奈の隣へと着座した。


「いっ!? 何でわざわざウチの横に……てか、お姉さまじゃないっすから!」

「あっ、お飲み物はいかが? 色々と取り揃えておりますのよ?」

「……いや、無視っすか!? 突然ギャグ漫画並みのスルースキルを身につけないで欲しいっす!」


 あからさまに嫌そうな反応を返す星奈だったが、麗華はそれを無視して強引にドリンクを勧め始める。


「……はぁ。これ以上言ってもしょうがないんで有り難く頂戴するっすよ」

「ちなみにワタクシのオススメはスパークリングですの!」

「スパークリング……?」


 耳慣れない言葉に困惑する星奈。

 なんすかそれは、と尋ねる間もなく、葉山が彼女のシートへスッと近寄る。彼が手に抱えていたのは、ワインボトルのようなものだった。


「……失礼いたします」


 葉山は慣れた手付きで、星奈のグラスへと薄ピンクの液体を注いでいった。

 シュワシュワと弾ける泡。その見た目はスパークリングワインやシャンパンの類いにそっくりだ。

 

 

「スパークリングってワインのことっすか? うち未成年っすよ!?」

「あら、ご安心なさって! ソー・ジェニーはノンアルコールですの! 甘さもあって飲みやすいですから、お姉さまにもオススメですわ!」

「そ、そうっすか……なら遠慮なく頂くっすけど……」


 ノンアルコールと聞いて星奈は素直にグラスに注がれた飲料を呷った。


「おぉ、美味いっすねコレ」


 爽やかな果実の香りと、とろりとした甘さ。

 甘いのが好きな星奈の口から素直な感想がこぼれ出た。


「うふふ、気に入って頂けて何よりですわっ!」


 麗華は満足そうな表情を浮かべた後、同じ飲料が注がれたグラスを上品に呷った。



「それにしても……本当にアメリカに向かってるんすね」


 窓の外に広がる青空をぼんやり眺めつつ、星奈は吐露する。その呟きにユーノが答えた。


「うむ、あやつの遺品が彼の地にあるのは確かじゃ。妾のスキルは常に正しい情報を与えてくれるからの」


 現在、三人を乗せたプライベートジェットは、アメリカのバージニア州にあるダレス国際空港へと向かっていた。

 彼女らの最終的な目的地は、ワシントン記念塔──正確には、そこに保管されているであろう賢人の遺品だった。


「うー、まさかパイセンの蘇生に本人の魔力が必要だなんて、ベタ過ぎて逆に盲点だったっす」

「そうだね。でも確かに合理的かも……」


 ユーノの【叡智の書ナンバーズ:セカンド】で判明した賢人の蘇生条件。それは本人の魔力が込められた遺物を媒介とする事だった。


 本人の魔力を呼び水にして、魂を現世に再誕させる。

 それこそが【祝福の花園ナンバーズ:ナインティーン】を発動させる条件であった。


「だぁー、こんな事なら先に魔封晶を貰っとくべきだったっす」

「し、仕方ないよ。あの時は東京タワーの事で賢人さんもバタバタしてたしね……それにちゃんと遺品が残ってただけでも、すごく幸運だと思うよ?」

「そうじゃな。ただ、わざわざ遺品を残しておるのが少し気になるがの……」


 顎に手を当てながらユーノが呟いた。

 賢人の鞄に収納されているのは、替えのローブとほとんど使う事の無いポーション類。


 ──それから彼がいつも振るう金属杖くらいだ。


 それらは、持ち主を失った今となってはただのゴミであるはず。それなのに遠く離れた異国の地にて保管されている。そんな奇妙な状況が、少し気がかりだった。


(確かにあやつの杖は壊せぬ……かと言って、その辺に捨て置けぬ理由があるのじゃろうな……)


 愛しき彼を殺した張本人──魔王にとって、彼の杖は不都合な存在なのだろう。

 だからこそ日本から遠く離れた場所に隠すようにした。

 この状況をユーノは、そんな風に推察していた。


「ま、敵の考える事なんてウチらには関係無いっすよ。今はただそこに希望がある……それだけっす」


 考え込むユーノへ星奈がそんな風に返した。


「そうじゃな。じゃが、ワシントン記念塔も東京タワー同様にダンジョン化しとるからな。恐らく一筋縄ではいかんじゃろう。妾たちもレベルが上がったとはいえ、決して油断はせぬようにな」

「うん、そうだね。そういうのなんて言うんだっけ? ミイラ取りがミイラ……?」


 実を言えば謎の塔型ダンジョンの出現と魔獣氾濫スタンピードの大発生は、日本国内だけの問題ではなかった。

 賢人の死亡が確認された直後から、世界中の主要都市で同様の現象が発生しており、米国の中枢部であるワシントンDCも例外ではなかった。


「……ま、たとえ不利でもウチらに選択肢なんてものは無いっすからね」


 星奈は窓から空を見据えた。

 もし仮に米国が日本以上の魔境と化していようが、彼女らに引き返すという選択肢は存在しないのだ。

 そこへ向かう以外に、彼をこの世に呼び戻す手段が無いのだから。


「──絶対勝つっすよ、二人とも」

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