第125話

 一方その頃、現代の日本では。

 

 馬原賢人が死亡してから二ヶ月の月日が経過していた。

 謎の塔と化した東京タワーを中心に大気中の魔素濃度が上昇。

 その影響を受けた都内のダンジョンでは次々と魔獣氾濫スタンピードが発生して、都内は魔獣の生息域と化していた。


 そんな異世界さながらの領域と化した東京都を奪還すべく、冒険者による対魔獣組織が結成。今や冒険者は国防を担う自衛隊のような役割へと変貌していた。


「ふわぁ……」


 そんな変わり果てた東京のすぐ隣。神奈川県川崎市にできた臨時駐屯地。

 宿舎のベッドに寝そべりながら星奈は、大きな欠伸をした。


「あー暇っすねぇ」


 S級冒険者である星奈は、普段からこうして自衛隊駐屯地で生活していた。

 東京に溢れ返った魔獣が生息域を広げるのを食い止めるため、昼夜問わず出動できる体制を保っている。

 そんな軍隊さながらの生活を送る彼女も今日という日は非番なのだが、特に出かける予定もなく、自室のベッドで暇を持て余していた。

 

「んっ……んっ、そうだねぇ……どこか遊びにでもいく?」


 ベッドに転がりながら暇を嘆く星奈とは対照的に、瑠璃子は床にヨガマットを引いてストレッチに勤しんでいた。

 グラドルもびっくりのダイナマイトボディを持つ彼女は慢性的な肩こりに悩まされている。そのため暇な時はこうしてストレッチで身体を解すのが日課であった。


「んー、なんかそれもダルいんすよね。いつ招集コールがあるかわからない状況じゃ、せっかくの休日も楽しめないっていうか……そんな感じっす」

「ふふっ、確かにそれはあるよね。この前もばっちりお洒落して『さぁ出るぞ』って時に招集がかかって結局着替え直したもんね」

「いやホントそれっすよ……はぁ、いつになったらこんな生活から抜け出せるのやら……」


 深くため息をつきながら星奈は、枕元に広がった雑誌の一つを手に取った。

 パラパラとページをめくり、適当な記事を読み漁る。


「あ、瑠璃子ここ見てくださいっす。恋歌ちゃん、ついにS級認定されたみたいっすよ。現役アイドルでS級ってヤバくないっすか?」


 記事に見知った名前を見つけた星奈は、雑誌を広げて瑠璃子に向けた。

 見開きの写真に写っていたのはピンクとブルーのツートーンカラーの髪を靡かせ、可愛らしいポーズを決める少女の姿だった。


 彼女の名は夢川恋歌。若者を中心に絶大な人気を誇るアイドル冒険者だ。

 アイドルとの兼業とは言え、その実力は確かなものだ。

 実際、星奈が見つけた記事には彼女のレベル水準がS級に達した事が記されていた。


「わっホントだ! やっぱ恋歌ちゃん可愛いなぁ……っ!」

「写真じゃなくて記事の方を見てほしいんすけど……いや、まぁいいっすけどね」


 お気に入りのアイドルの写真に恍惚な表情を見せる瑠璃子。

 そんな彼女を見て星奈は呆れた様子で吐露した。


 それから星奈と瑠璃子の二人は、自由な時間を過ごす。

 敷地内の購買で買い込んだお菓子を食べたり。流行りのチックトックの動画を撮ってみたり。暇な時間を若者らしい過ごし方で。


「ふ、二人ともおるかのっ!」


 しばらく時間が経ち、昼も過ぎた頃。

 ドタドタと足音がしたかと思いきや、勢いよく宿舎の扉が開け放たれた。


「ユーノちゃん? そんなに慌ててどうしたの?」


 慌ただしい様子で部屋に入ってきたのはユーノだった。

 民族衣装のようなローブに身を包んだ彼女は、いつもの仮面を着けず薄緑色の素肌を晒したままだった。


 実は東京都が魔獣に占領されて以降、ユーノは管理局の協力を経て自らの存在を世間に公表している。以来、彼女は仮面を脱ぎ捨てて堂々と過ごしている。

 当然ながらユーノの存在を疑問視する声も一定数はあった。だが既にS級冒険者となっていた事もあり、世論的には受け入れられた格好だ。


「ええい! 妾が慌てる理由なんぞ一つしか無かろう!」


 そんな彼女は何かを訴えかける幼女さながらに胸の前で握り拳を作った。


「……もしかしてっすか?」

「ええっ……!? ほ、ホント!?」


 その仕草を見た星奈はユーノが言わんとする何かを感じ取った。

 瑠璃子も同じように察して開いた口を手のひらで覆い隠す。


「うむ! 妾はついに得たのじゃ! あやつを……賢人を蘇らせるのに必要な知識をな!」


 その瞳に蒼白の光を灯しながら、ユーノはにやりとした笑顔を見せた。

 ユーノの報告を受けた星奈と瑠璃子は、お互いに顔を見合わせた。


「やっと会えるんすね……パイセンと」

「うん、そうだね」


 二ヶ月という期間はそこまで長くはない。

 それでも彼女らにとっては何よりも待ち遠しい事だった。


「ふふ、では早速行動に移ろうではないか──お主ら、ただちに旅支度を始めるのじゃ」

「旅? どこかに行くんすか?」


 星奈の問いかけに、ユーノはこくりと頷いた。


「うむ。これから我らが向かう先は──じゃ」

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