第122話

 ハインツの魔獣化騒動から三日ほど経った頃。

 俺とモニカは街で買い物をしていた。

 その理由は言うまでもなく、これからタロッサの街を出るためだ。

 あれからギルドが色々と調査をしてくれたが、ハインツの魔獣化についての進展はない。というのも唯一の手掛かりであるブルーノという男が、あれ以来、行方知れずなのだ。


 俺にビビり過ぎて他の街にでも逃げたのか、或いは──口封じで殺されたのか。


 ま、どちらにせよ俺は、この件から離れることにした。俺の目的は真相解明でも何でもないからな。後始末はギルドに丸投げして、中央大陸へ向かう準備を進めることにした訳だ。


「食料は粗方買ったしな。後は……念のためナイフやら鍋やらも買っておくか」


 食料や水、それから万が一の野宿に備えた道具一式。前世じゃキャンプ経験なんて皆無だからな。とりあえず思いついたものを片っ端から購入していく。


「あんた料理なんかできるの? 先に言っとくけどあたしはできないわよ?」

「そんなに威張って言うことか? 俺もできねーから強くは言えねぇけどさ。まぁ、エレノアが何とかしてくれるだろ」


 アイツのことだから全自動調理の魔道具とかありそうだし。

 ちなみにエレノア本人はこの場にいない。彼女はゴルドレッドや〝魔導騎竜ドラグナー〟の動力となる魔石を買いに行っているのだ。


「そこのお似合いなお二人さん! 王都で流行りの〝魔法の警笛〟はいかが? 紐を引くだけで警笛が鳴る画期的な魔道具だよ!」


 露天の商品を眺めながら歩いていると、店主が何やら怪しげな魔道具を勧めてくる。


「ねぇ見てケント! 魔法の警笛だって!」

「いや、いらんだろ。ありゃどう見たって子ども向けだ。おじさんを監獄送りにするキッズ専用アイテムだよ」


 そりゃ日本と比べればこの世界の治安は良くないけどさ。それにしたって防犯ブザーなんてのは、成人した俺たちには無用の長物だ。つか、なんで売ってるんだよ。防犯ブザー。


「でも君たち恋人同士だろ? なら子どもができたら持たせてやりなよ!」

「いや別に俺たちはそういうんじゃ……」

「おじさん、一つ……いや、二つちょうだい」

「いやいや、いらんだろ!? しかもなんで二個も買うんだよ!?」


 ツッコミを入れながら彼女の奇行を凝視していたところ、モニカは一瞬だけこちらに目を向け、それからすぐに顔を反らした。


「い、一応よ……一応」


 そして少し恥ずかしそうに頬を朱に染める。

 え? なにこれ。どう返せば正解なの。


「毎度あり!」


 結局モニカは防犯ブザーを購入した。しかも二つ。

 理由はわからんが、まぁ欲しいのなら止めはしない。けど忘れるなよ。そのブザーじゃ悪いおじさんは撃退できねーからな。



 ◇



「──とりあえず思いつくものは全部買ったし、これで心置きなく旅ができるな」


 ひと通り買い物を済ませた俺たちは、通りにあったカフェのような場所で一息つく。

 カフェと言っても出てきたのは豆の葉でできた茶だ。あまり美味しくはないが、井戸の硬水よりかは飲みやすい。


「おぉ、お二人ともこんなところに居ましたか!」


 豆茶を啜っていると、背後から耳馴染みにある声がした。

 顔を向けると、そこにはエレノアが立っていた。


「あら、もう魔石の補充は終わったの?」

「えぇ、バッチリですぞ! 港街まで補給無しで魔導騎竜ドラグナーを走らせる程度には買い込みましたから!」

「そりゃ頼もしいが……分配した金、もう使い果たしたりしてねーだろうな? 後で貸してくれって言っても貸さないぞ?」

「心配には及びませぬぞ! 大量購入する代わりにかなり値引いて頂きましたので、相場の半値ほどで買えましたぞ。おかげで新しい魔道具を制作する素材も買えました!」


 そう言って満面の笑みを見せるエレノア。

 新しい魔道具か。次はいったい何を作るのやら。

 またクセの強いアイテムを作らなきゃいいけどな。



「そう言えば気になっていたのですが……」


 そのまま三人で軽食を取りながら他愛もない会話をしていると、エレノアが思い出したように切り出した。


「ケント殿はあの魔獣をどうやって倒したのですか? 〝竜基解放ドラグライズ〟であの出力を出そうとすれば、呪いの影響は凄まじいと思うのですが……」

「言われるとそうね。あたしも気になるわ。あんた……身体は大丈夫なの?」


 そういや何だかんだで詳しい話をしてなかったな。

 いい機会だし、今後のことも含めて説明しておくか。


「エレノア、確かお前ナンバーズスキルに詳しいとか言ってたよな」

「え? えぇ、我は神話や古代史も少しはかじっておりますゆえ……」


 そう言ってエレノアは、クイッとビン底眼鏡の山を押し上げた。

 何の知的アピールだ。いや、いいけど別に。


「なら単刀直入に言うぞ。あの魔獣は俺の固有ユニークスキルで倒したんだ。俺の持つ──ナンバーズスキルでな」

「ほむほむ……えっ?」


 俺がそう告げると、エレノアはポカンと口を開いたまま硬直する。

 それがどういう感情から来るものなのかはよくわからないが、俺はそのまま言葉を続けた。


「それで、だ。知ってることを教えてくれエレノア。【神の数字ナンバーズスキル】ってのはいったい何なんだ?」

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