第118話

 叫ぶと同時に、俺は拳を魔獣へと突き出した。

 その刹那、閃光と共に雷霆の矛が撃ち放たれた。


『ガァァッ?』


 そして魔獣の鋼のような肉体を容易く溶解──その腹部に大きな風穴を開けた。


『ガボッ……ガァッ! グボ……ッ!』


 臓器を失い、魔獣は口からごぼごぼと赤黒い血を吹きこぼす。

 

「はぁはぁ……どうだ? 流石に効いたろ?」


 煽り文句を吐きつつも、俺は〝竜基解放ドラグライズ〟を解除した。


 ──正直なところ俺も体力の限界だったのだ。


 冗談抜きで龍玉二種を使った〝竜基解放ドラグライズ〟の負荷はヤバい。

 割合回復の固有ユニークスキルを持つこの俺ですら、僅か一分程度で死にかけるのだから。普通の冒険者なら30秒も経たずにあの世行きだろう。

 おまけに呪いは割合ダメージだから、どれだけ体力ステータスを高めても持続時間に全く関係ない。これが生粋の呪われたアイテムなんだと改めて痛感するな。


(……まっ、性能に見合った代償と言われちゃ、それまでなんだがな)


 通常モードじゃ傷一つすら付かなかった鋼の肉体を、文字通りぶち抜いたわけだし。

 もっとも殺し切るには些か火力不足だったが──まぁ、問題ない。

 これだけ重傷なんだ。何もせずともすぐに息絶えることだろう。


『グッグポッ……! ゴロッ……! ゴロ、ズッ!』


 だが、そんな状態にも関わらず、魔獣は歩きだした。

 血と共に殺意を呪詛のように吐き出しながら、その足を前に動かす。


「ちっ、こんな時に主人公ばりの底力を見せるんじゃねーよ。そういうのは俺の役目だっての」


 まだやる気なのか。そう思って俺は身構えたが、どうやら違ったようだ。

 魔獣は拳を構える俺には見向きもせず、ふらつきながら倉庫の入り口へと向かっていく。


「おいおい、どこ行く気だよ……せめて倉庫内で死んでくれ。お前みたいなのが街中に出ちまったら後が面倒だろ」


 魔獣はそんな俺の言葉を無視して転がる悪党どもの亡骸へ向かっていき、そして──


『ガアッ!』


 ──ばりぼりと喰らい始めた。


「は!? 何してんだ!?」


 なんだか嫌な予感がした。

 敵キャラが戦闘中に食事を取り始めたら、大抵ろくなことが起きない。

 根拠? んなもん手元の漫画に倣え。とにかくそれがお決まりなのだ。


「くそッ! 【灼煌竜アグラヴァ息吹グロッサ】!」


 俺は慌てて拳に魔力を込めると、無防備な魔獣の背中目掛けてスキルを放つ。

 だがしかし。魔獣の高い防御力の前では、ほぼ無意味に等しい攻撃だった。

 俺の放った炎拳は、漆黒の体毛の表面を少し焦がしただけに終わった。


「だぁ! 火力が足んねぇ! ふざけんな!」


 なんとか行動を阻止しようと連続で拳を放つも、その肉体を穿つことはおろか皮にすら傷をつけることができなかった。


『ガフッ……グフゥッ!』


 そうこうしているうちに魔獣が食事を終えた。

 腹に大きな空洞があるというのに、食った肉がこぼれ出る気配はない。それどころか穿ったはずの腹部からは水蒸気が吹き出し、見る見るうちに傷が再生し始めたのだ


「おい、マジかよ……そりゃ笑えねぇって」


 ついついそんな言葉が漏れ出た。

 もはや絶望しかない。

 文字通り命を賭けて放った大技。

 それによって与えたダメージが丸っきりリセットされてしまったのだから。


『グオォォォォオオッッ!!』


 ──漆黒の獣の野太い咆哮が響き渡った。

 

「うおッ!?」


 ゴウッと音を響かせ、巨腕の一撃が放たれる。

 唯一、劣っていない敏捷ステータスを駆使して俺はそれを回避した。

 標的を失った拳は倉庫に投棄された廃品に直撃する。砕け散った廃棄物が倉庫の古びた壁に穴を穿った。


「ちくしょうッ……とりあえず時間を稼ぐしかねぇかッ!?」


 俺はすぐさま方針を変えた。先に離脱したモニカたちが救援を呼んでくれればまだ勝機はあると思ったからだ。

 幸いなことにこの魔獣の敏捷ステータスはそれほど高くない。それに加えて魔法耐性は高いものの完全に無効化している様子でもないので、大勢で立ち向かえば討伐可能だろう。


(問題はどこまで粘れるかってとこだが……)


 無論、このまま逃げるという手もあるが……できればそれは避けたいところだ。

 この魔獣が街で暴れだしたら、とんでもない被害を及ぼす事は確実なのだから。


 ──己の命惜しさに無関係の人々を巻き込むわけにはいかねぇ。


『ゴロスッッ!!』


 容赦無く振り落とされる剛腕。戦斧の如き一撃を俺はバックステップで回避した。


「【灼煌竜アグラヴァ息吹グロッサ】ッ!」


 ヤツの拳が床にめり込んだのを確認した俺は、隙かさずスキルを発動。拳に炎を纏わせたまま、魔獣の腕に跳び乗り、そして駆け上がる。


「攻撃がワンパターンなんだよッ! おらっ! 二度目の顔面パンチを喰らいやがれ!」


 そう叫ぶと俺は拳を振り上げた。

 もちろんこれだけで倒せるとは思っちゃいない。先ほど同様、怯ませるための一撃だ。


『ウガァッ!』


 だがしかし、俺の拳は当たらなかった。

 魔獣は器用にも首を捻って攻撃を回避したのだ。


「なっ……!? ぐふッ!?」


 まるで俺の攻撃を待っていたかのように。すぐさま放たれる反撃の拳槌。

 俺の身体は数回跳ねた後、そのまま壁に激突。その衝撃により、壁材や古くなった骨組みががらがらと崩れ落ちた。


「ゲホッゲホッ……痛ぅ……!!」


 肺が圧迫されて呼吸が苦しい。骨が何本か逝っちまったかもしれん。

 霞む視界。砂埃の奥から漆黒の魔獣が、ゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。


「あー……ちくしょう、また死ぬのかよ」


 もう身体はぴくりとも動かない。

 まともに攻撃を受けたせいで、致命傷を負ったようだ。


「今度はどこぞの異世界に転生するんだ……?」


 日本でも道半ばに俺の人生は終わった。

 それでも転生というセカンドチャンスを手にしたが、それもまた失敗に終わりそうだ。


 ──果たして第三の人生はあるのだろうか。


 全てを諦めた俺の前に、漆黒の獣が立ちはだかる。

 ようやく仕留めたのがよほど嬉しいのか。口を半開きにして涎を垂らしながら、野獣はその獰猛な腕を振り上げた。



『──もう諦めちゃうの? まだ僕のあげた寵愛スキルすら使ってないのにさ?』

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