第44話
コア破壊の依頼を終えた夜。
俺はホテルの自室に戻って狐塚局長へと連絡を取っていた。
理由はもちろん、管理局から依頼された内容の達成報告のためだ。
「──てなわけで、無事にコアの破壊は完了しましたよ。メッセージの方に写真も添付してるんで、また見ておいてください」
『いやぁ、流石ですねぇ、馬原さん! 仕事が早くて助かりますよォ! どうです? これを機に政府直属の冒険者になってはいかがですか?』
手に取ったスマホから弧塚局長の愉快そうな声が流れる。
相変わらずブレないなこの人。
ただでさえ胡散臭いのに、電話だとなおさら詐欺師っぽい。
「それは結構です。うちには妹もいますし、依頼であちこちに飛ばされるのは困りますからね」
「そうですか、それは残念ですねぇ」
俺が丁重にお断りすると、狐塚局長は残念そうに笑った。
「ひとまずこれで依頼は達成ですよね? 残りの滞在期間で少し京都を観光したら、東京に戻ろうと思います」
2日も滞在すれば有名な観光スポットは巡れるだろう。
頭の中で観光プランを練りながら俺は答えた。
『──あぁ、実はですねぇ。馬原くんにもう一つお願いしたい事がありましてねぇ……』
「……まだ何かあるんですか?」
『えぇ、あるんですよ。──と言っても難しい仕事じゃありませんから、どうぞご安心ください』
音声通話なので狐塚局長の表情はわからない。
それでも、きっと胡散臭い笑みを浮かべている事は容易に想像できた。
「それで、次はどんな仕事なんです?」
乗りかかった船だ。いまさら一つ二つ任務が増えたところで問題ないだろう。
俺は具体的な用件を局長へと尋ねた。
すると、しばしの間を空けてからいつになく真面目な声で局長が呟いた。
『──馬原さんは、妖怪や幽霊って信じますかねぇ?』
「妖怪? 魔獣とは違うんですか?」
狐塚局長の妖怪という表現に俺は違和感を感じた。
ダンジョンや魔獣という概念が存在する現代において、古くから語られてきた妖魔の類を信じる人なんて殆どいない。
実は過去にも小規模ながらダンジョンが存在していて、そこから漏れ出た魔獣を見た昔の人々がそれを妖魔として扱ったのではないか、という通説が主流だからだ。
『やはり、そういう反応ですよね。──実はですねぇ、最近、京都市内でとある事件が頻発しておりましてね』
「まさか、その事件が妖怪の仕業とでも言うんですか?」
『いやはや、そのまさかなんですよ。事件の概要だけ見れば、若者が夜間に襲われるというありがちなものなんですが……その手口が奇妙でしてねぇ。被害者には一切の外傷も争った痕跡も無く、ただただ衰弱して倒れていた、というものなんですよ』
「衰弱?……何らかの状態異常をかけられたならありえなくはなさそうですが……」
『いえ、被害者を担当した医療関係者の話では、どうも老衰に近い状態のようでして。仮に冒険者の犯行によるものだとしても、当てはまるようなスキルが無くてですねぇ……』
確かにそれは妙だな。
老衰と言えば、細胞そのものに機能低下が生じているという事だ。
中毒などの
一番効果として近いであろうステータス弱体化の
「手口が不明なのは理解しました。でもなぜそれが妖怪と結びつくんですか?」
『あはは、この手の話ではよく言うじゃないですか。生気を吸い取られるってね。今回の被害者の状況とよく似ているでしょう?』
「まぁ、そう言われればそうですけど……」
『──それに、意識が回復した被害者からは、これまた不思議な証言が出ておりましてねぇ』
まるで怪談話を読み聞かせるような調子で、狐塚局長がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「──なんでも、狐のような耳と尾を持つ美女と遭遇したそうです。それから意識を失ったと。どうです? どこかで聞いたことのある話じゃありませんか?」
その言葉を聞いて俺は少し動揺した。
恐らく局長が言わんとしているのは今回の事件について、玉藻前──俗に言う九尾の狐と呼ばれる妖怪の逸話と共通する点が多いという話だろう。
だが、俺が動揺を見せた理由はそこではなかった。
(亜人──もしくは魔族が騒動に関わっているのか?)
いや、確実に関わっているだろう。
魔獣でも人間でも無い、新たな種族の存在を、俺は既に知っている。
だからこそ、狐塚局長の荒唐無稽な妖怪話がヤケに現実味を帯びて聞こえた。
『とまぁ、冗談はこれくらいにしておきましょう。管理局では幻惑魔法を使用可能な冒険者もしくは類する能力を有する魔獣が前回の
弧塚局長は口調をいつもの胡散臭い喋り方に戻した。
それから、それっぽい事を言いながら改めて俺に依頼内容を告げた。
『──今回の事件について、しばらく京都に滞在して調査してください。もし犯人を特定できれば、それの対処もして頂けるとありがたいですねぇ。あ、もちろん報酬は弾みますのでご安心を!』
弧塚局長の依頼を受けた俺は迷う事なく返事を返した。
「ええ、了解しましたよ。──俺もちっとばかし心当たりがあるんでね」
『おや? それは以前に報告してくれた
「惚けないでくださいよ。わざわざ俺に依頼を寄越したのは、それが理由でしょう?」
奇怪な点は多いものの、所詮はただの調査依頼だ。
わざわざSランク冒険者へ依頼するものではない。
建前としてはちょうど俺が京都を訪れていたため、という事なんだろうが、別の理由があるのは明白だった。
『いやはや、気を悪くしないでください。もちろん、私個人は馬原さんの報告内容を信用してますよ。しかしながら公の事実として上に報告するには、些か客観的な証拠が不足しておりましてねぇ』
ま、そりゃそうだろな。唯一無二の証拠である本人は俺が消し炭にしちまったし。
つまるところ、俺が魔族と名乗る存在と遭遇した事実は公式には認められていない。
そうすると今回の依頼のような魔族や亜人が関わってそうな案件でも、Sランク冒険者である俺を動かすには、それなりの理由付けが必要になるってわけだ。一応、諸々の経費は税金から出てるしな。
『それに、こう見えて私も局長という立場ですからねぇ。どうかお察し頂けると幸いですよ』
「ま、それもそうですね。わかりましたよ──たまたま京都に来ていますからね。観光ついでにその依頼もやっときますよ」
『いやぁ、馬原さんは理解が早くて助かりますよ! そんなわけですから──後はよろしくお願いしますよ?』
念押すような狐塚局長の言葉に俺は了承の意を返すと、スマホの画面を操作して通話を終えた。
端末をサイドテーブルへと置くと、そのまま客室のベッドに身を委ねた。
(亜人か魔族か。いったいどっちなんだろうな)
そもそも亜人だからといって全てが味方だという保証も無い。
その逆も然り、全ての魔族が敵とも限らない。
どちらにせよ、今回の事件を引き起こした動機は本人を見つけ出して問い詰めるしかなさそうだ。
──コンコン。
思考に耽っていると、部屋のドアがノックされた。
はて、こんな夜に誰だろう。
そう思いながら俺は起き上がってドアの方へと足を運んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます