日常54(歳三、望月、金城他)

 ◆


「流石に甲かな」


「流石に甲ですなぁ」


 茶室で男が二人、向かい合って話をしていた。


 短い言葉の中に多くの感情が入り混じっている。


「推定甲級ダンジョンを一つ崩壊させている。推定甲級は "管理者" の性質次第では潰さなければならない。……旭ドウムダンジョンは厄だった。恐らくは外界に干渉するタイプだ。だから僕が "視た" のだろう」


 小綺麗なスーツを来た男が言う。


 迫力とも違う、何か妖しい存在感がある男だった。


 髪に混じる白いものを見れば相応の年齢である事が分かるが、見れば見るほどに認識が誤作動を起こす。


 60過ぎの老人にも見えるし、やけに老成した青年の様にも見えるのだ。


「失点がないわけではありません」


 妖しい男と向かい合う様に座っていた男が答える。


 ぷぅと膨らんだ、つまりふくよかな、全体的にテラついている油ギッシュな男だ。毛量は極小。


 妖しい男は探索者協会会長・望月、油男は金城 権太だ。


「確かにそうだ。仁君をはじめ、多くの協会職員が怪我をした。探索者達も同様だ。死者が出なかったのが救いだろう。これは表向きは失点だが、脅威の程度を考えれば仮に全員死亡していたとしても差し引きはプラスだ。それに破壊跡は映像で見たが、あの戦場で命を長らえる事自体が奇跡的と言える」


「実際、私もそう思います。が、そう思わない連中もいますなァ……」


 権太の言葉に望月は苦笑でもって応じた。協会が現在、会長派と副会長派に分かれてピリついているのは周知の事実である。表立って対立してはいないのが救いだろう。


「彼も優秀ではある」


「優秀な犬というのが正しい表現かと。協会の利権は大きいですからな、まあ政治家先生方も謀り事は内ではなく、外へ向けてほしいものです。副会長殿は少々野心が目立ちます。精神がアマな証拠ですな」


 権太のチクチク言葉に望月は頷くに留め、権太に本題を伝える。


「ともかく、佐古君については打診しておいてくれるかい? 僕の名前は余り出さないほうがいいだろう。彼は僕を恨んでいるだろうからね。何せ、彼に対する虐めが増えてきた時期に僕は姿を消した。彼からすれば見捨てられたように感じただろう」


「事情があったのですから仕方ありますまい。それに佐古さんは会長を恨んでないと思いますがねぇ……。佐古さんが会長について一切言及しないのは、会長に含むものがあるからではなく、単に協会のトップについて自分が知る必要がないと思っているからだと思いますよ。佐古さんの世界は非常に狭いのです。ただ、これでも最初の頃よりは随分良くなったのですよ。最近は友人も……友人? ……友人もできた様ですし。ともかく、甲級は……」


 歳三と望月の間には何某かの認識の齟齬がある。権太はそれを理解してはいたが、歳三にせよ望月にせよ、権太の考えを無理に通しづらい相手ではあるので簡単な忠言に留まっていた。


「確定で良いだろう。ただ、いきなり上げるのではなく、我々が甲級に求めている役割についての説明は必要だ。それで納得するのなら、と言う事になるね。そうだ、例のイギリスの使節との会談だけれど、支援を得られる事になった。富士を潰す為には心強い味方と言えるだろう」


 内憂も酷いし、外患も酷い。


 協会会長・望月にかかる負担たるや、という話だ。


「ああ、心配ありがとう。でも今大変なのは仁君だろうな。頼んだ僕が言えた事じゃないが……」


 望月の脳裏に爬虫類顔の中年男性が浮かび上がる。


 京都支部長・西方月 よもつき じんは熱心な会長派だ。


 というより、遠い親族なのだ。


 関係性としては望月家が親、西方月家が子といった所であろうか。


 ◆


 と言う事で、歳三は京都でホテル暮らしを満喫していた。


 旭ドウム崩壊から6泊目だ。


 事が事なので、歳三は探索者協会京都支部と情報を共有しなければならなかったのだ。それに、東京へ帰るのは "外" が落ち着くのを待ってからがいいだろうということでホテルへ留まる事になった。


 扱いはスーパーVIP扱いだ。


 そして京都支部長・西方月 仁よもつき じんは歳三の事について、あることないことを周囲に吹聴した。


 ──乙級というのは世を忍ぶ仮の姿です。その正体は特別甲級。彼は協会に害する存在を人、モンスター問わずに抹殺する事が仕事なのです。望月会長の懐刀でもあり、彼を刺激した分だけ寿命は縮むでしょう。賓客扱いとし、要望があれば可能な限り叶えてやりなさい。美食、女、各種嗜好品、何でもです


 独断ではない。


 池袋本部から望月が直接指示を飛ばしたのだ。


 仁の言葉がどう作用したかは、歳三が滞在中のホテル生活を満喫している姿から容易に知れる。


 マスコミ各社の中には鼻の利く記者もいたが、いずれも歳三へコンタクトを取る事は出来なかった。


 ・

 ・

 ・


 報告書番号: HTL-203X-6D

 報告日: yyyy-mm-dd


 件名: 佐古 歳三氏の行動記録


 ◆ 第1日目

 活動概要: 部屋に滞在。京都支部から職員来訪。1時間程聞き取り。その後、自室でビール複数回注文。夕方にタバコ注文。1日中テレビ視聴

 特記事項:なし


 ◆ 第2日目

 活動概要: 部屋に滞在。昼頃、ビール注文。1日中テレビ視聴。

 特記事項: 来客2名アリ。旭真大館の元門下生、男女。協会職員立ち合いの元、面会を許可。


 ◆ 第3日目

 活動概要: 部屋に滞在。京都支部から職員来訪。1時間程聞き取り。その後、自室でビール複数回注文。1日中テレビ視聴。日が変わり午前2時、ピザとタバコを注文

 特記事項: なし


 ◆ 第4日目

 活動概要: 部屋に滞在。京都支部から職員来訪。30分程聞き取り。ビールの注文は無し

 特記事項: 来客アリ。マスコミ関係者であった為、協会職員に対応を任せる


 ◆ 第5日目

 活動概要: 部屋に滞在。京都支部長来訪、会談。その後、ビール注文及び野球観戦継続。午後にタバコ注文。更に電子タバコの注文。応じるもその日の夜に返品される。口に合わなかったとの事

 特記事項: 来客2名アリ。旭真大館の元門下生、男女。協会職員立ち合いの元、面会を許可


 ◆ 第6日目

 活動概要: 部屋に滞在。ビール注文及び野球観戦継続。タバコ注文

 特記事項: なし


 ・

 ・

 ・


「佐古氏はインドア派の様ですね」


 仁へ報告書を手渡す秘書の口調はやや散文的だ。


 しょうもないなと考えているのがありありと分かる。


 だが仁はその様子を咎める事はしなかった。


 仁も同じ気持ちだったからだ。


「英雄的な気質ではないと会長に聞いていましたが……。しかし、あれだけの戦闘の後ですからねぇ。いまだに入院している職員もいます。全員生還は良い事ですが」


「支部長のおかげでしょう。天性の発火能力者パイロキネシストである支部長が爆炎を捌いてくださらなかったら、死者は一人や二人じゃ済まなかったと思いますよ」


 仁は当然だという澄ました顔で答える。


「火や熱は兎も角、瓦礫がねぇ。石田も私を庇って重傷を追いました」


「治療キットは使わなかったので?」


「アレは細胞を劣化させます。緊急時なら使うべきですが、全てが終わった後でしたからねぇ。クソがッ!! 力の制御くらいできねェのかドブがッ!! ……とは思いますが、変に抑えて敗北を喫すればコトです。会長の話ではかのダンジョンは外界干渉型の可能性が高かったとのこと。ヘタをすれば京都が壊滅していたかもしれません。これでよかったのでしょうね。職員、探索者の治療費は特別経費が出るそうなので、ボーナスを削る必要もありません」


 外見から冷血だと誤解される仁だが、実際に冷血だし冷徹であり、職員を捨て駒とすることもままある。


 あるがそれは目的達成への必要経費であり、場合によっては自身を駒として計上する事も辞さない。だからこそ、想定外の巻き込み事故で失うというのは許容できないのだ。


 歳三からすれば理不尽に感じるかもしれないが、問題が解決すればいくら被害が出ても構わないだろう……とはならないというのもまた事実である。


「彼無くしてより良い結果が導き出せたとは思いません。明日は彼が東京へ帰る日ですが、手筈はしっかりと。いいですか、電車で帰るとか言い出したら制止しなさい。そんな真似をさせたら京都支部の品格が疑われますよ。ああ、それにしても旭真大館はまだ組織としては依然存在していますし、これを解体するのか残すべきかも難しい判断です……そして、モンスターと化した観客についても大問題です。これは荒れますよ。本当に荒れます。国際問題にもなるでしょう。事態を全く理解していないナントカ団体とやらも騒ぐでしょうね」


 大きなため息をついて、仁は精神を安定させる薬剤が含まれた最高級葉巻(一本95万円)に凝視を以て着火した。


「どうあれ、旭ドウムダンジョン化については少し気になる事が多々あります。単なる事故であって欲しくないですねぇ、是非落とし前をつける相手がいてほしいものです。いや、まて、もし単なる事故だったとしても、どうせ工作員は入り込んでいるのだから、それを使えば……」


 仁はぶつぶつと言い出し、煙を口に含んで大きく吐き出した。


 ◆


 報告書には歳三があたかも酒とテレビにしか興味がないしょうもなおじさんとして書かれていたが、実際にはやや事情が変わる。


 確かに歳三はビールばかりのんで、野球を見たりネットサーフィンばっかりしていたが、好きで生産性が一切ない虚無遊戯に延々と興じていたわけではない。


 事情というやつがあるのだ。


 歳三が難儀したのは、飯島 比呂からの多数の電文通信への返信である。


 飯島 比呂からの電文には共感能力欠如症候群である所の歳三をして、放置していてはまずいという一種の切迫感を感じさせるものだった。


 §


 件名: 旭真祭、頑張ってくださいね! 

 送信日: yyyy-mm-dd


 比呂です。旭真祭頑張ってくださいね。応援しています! 


 §


 件名: 大丈夫ですか? 

 送信日: yyyy-mm-dd


 比呂です。今頃はもう京都でしょうか? 色々準備もありますよね、お疲れ様です。中継を観ているんですが、毎年ながら人が凄くてびっくりしちゃいました。


 §


 件名: 心配しています

 送信日: yyyy-mm-dd


 比呂です。そちらで何かあったのですか? 中継が途切れてしまって……歳三さんは無事ですか? 本当に心配しています。


 §


 件名: 無題

 送信日: yyyy-mm-dd


 何度もメールを送ってしまってごめんなさい。京都の知人に連絡とった所、ダンジョン化が起きたという話を聞きました。どういうことなのでしょう、旭ドウムの様なランドマーク的な場所は、ダンジョン化現象が起きない様に認識が固定化されていると聞きました。もしかして歳三さんも巻き込まれたのですか? どうか返信を下さい。


 と、この調子で延々と続くのだ。最終的には京都へ乗り込むというような事も書かれており歳三は慌てたのだが、それは金城 権太に掣肘されたとのことでほっと安堵した。


 ともかく恐るべきは、これらの連絡群がただの一日で行われたという事実であった。


 だが歳三は申し訳なさや面目なさを感じはしたのだが、自身でもこれまで経験したことがない不思議な感情をここで初めて感得した。


 してしまった。


 これまでろくに人から心配された事がない歳三は、ストレートな心配の念に対して、そう、どこか背徳的な悦びを覚えたのだ。


 そう、歳三を心配する者は余り居ない。


 歳三をよく知るものは歳三よりも相手を心配したり、周囲の被害を心配する。


 良く知らない者は歳三の事を協会子飼いの狂犬の様に捉えており、心配などとは遠く離れた感情を抱く。


 だから自身に対してやや病的なアレを向ける比呂に対して、どこか新鮮な感情を抱いたのだ。


 それは男女のアレコレとはまた違う、特殊な感情だった。


 同時に抱く自身への強烈な嫌悪感。


 全身の血管という血管に馬の下痢便が混入したかのような感覚。


 ──人に心配をかけて嬉しく思う? 俺は何て野郎だ。47にもなって、この出来損ないの爺ィがよ……


「くそ、こうなったら……」


 歳三はビールを注文し、呑んだくれる。


 嫌悪感を酒で洗い流そうという腹だった。


 しかし、酒というものはその時その時で抱いている感情を増強させる作用がある。


 厭気を酒で洗おうとして、よりべったりと張り付き、それを流そうとして酒を飲み、やはりそれは無意味に終わり……


 結句、歳三はずーっと部屋でまずい酒を飲む羽目になったのだ。


 §


 件名: 大丈夫です

 送信日: yyyy-mm-dd


 トラブルがありました。協会から仕事を頼まれました。怪我もしましたが平気です。明日帰ります。心配かけました。すみません


 §


 ややあって落ち着いてから、歳三は自身の胸中に湧き起こって消えない妙な感情を持て余しつつも返信を返した。


 文章が稚拙なのは歳三の社会経験による所であるが、要点はおさえてある。


 ただ、この様な文章を読んで比呂がどう思うかといえば、そこには考えが至らない。

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