秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑰
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鉄衛のメカメカボディを甲斐甲斐しく拭いている歳三だが、その足に何かが当たった。みれば足元には胸部をぶち抜かれた無惨な死体が転がっている。
それを見た歳三の目に一瞬酷薄な光が灯った。歳三の目は情もなにもない、冷酷で残忍な乾いた目をしている。例えるならば、庭いじりが趣味の奥様が、自慢の庭の片隅に生えたミントを見る時のような目に似ているかもしれない。
「…邪魔だぜ、アンタ」
言うなり、つま先でひっかけて蹴り飛ばす。
特定条件が満たされない限りはという但し書きがつくものの、戦闘時以外の歳三は基本的には温厚な気質だ。しかしこの時の歳三の振舞いには確かなザラつきがあった。
そんな歳三を鉄衛は黙って見つめる…事はなかった。
『サイゾ、チャント フイテナ』
どうにも気もそぞろな歳三を戒めるかのような鉄衛の言葉に、歳三の目は再び温度を取り戻し、オオ、だの、スマネエ、だの言いながらふき取り仕事を再開する。
歳三のザラついた雰囲気はいつのまにか消えていた。
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「ちょっとちょっとー!こっちも手伝ってよ!どうすんのよ、この裸ん坊の人たち。捜索願とか出てるのかな。尾白…あ、DETVの社長なんだけど、アイツは最近外面磨きに精を出してるから、うちの会社に後始末を任せるのもいいかもしれないけれど…でも被害者の人たちは散々利用されると思うよ。会社の看板磨きにさァ。それよりは佐古さんは協会所属なんだし、探索者協会に任せたほうがいいような気がするけど…」
実際の所、ティアラは赤の他人である被害者達がどうなろうと知ったこっちゃないと考えている。戦闘もあったし、どうせ重度の薬物中毒者なんて余生はろくな人生を歩めないだろうと思っている。だから見捨ててさっさと帰ってしまってもいいのだ。心情的には。
しかし、どうでもいい事をどうでもいいと意思表示する事で得する事など1つもない事もよく分かっていた。
歳三は「確かに」と頷いてStermを取り出してぽってりした指でメッセージを送信した。ダンジョン内外の通話はまだ技術が確立しておらず通話は出来ない。切れぎれでもかまわないなら通話は出来るが、それよりは文章の方が確実だ。宛先は金城権太である。根が至って奥手に出来ている歳三は連絡先を2件しか登録していない。1つは協会池袋本部、もう1つは金城権太であった。
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ダンジョン探索者協会池袋本部
・筋肉隆々!元丙級探索者、ジュリアの●●●の●●な●●が今宵も花開く!
・PSI能力を応用した全方位竿絞りに耐えられますか?元丁級探索者、楓花が貴方を癒らします♪
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──ほうほうほう
権太は唇をべろりと舐めながら、今夜の獲物を物色していた。といっても物騒な話ではない。探索者向けの風俗記事を見ているのだ。探索者の膂力というのは常人を超越している。
これは不思議な事に、見た目には現れない力であった。
無責任に何でもくっちゃべる専門家などはこの現象について、外部に現れないPSI能力の様なものではないかと述べている。
ともかくもそういう探索者なのだが、それでも人間は人間だ。欲も出る。つまりは性欲だ。しかし探索者が一般人と性交をしてしまうと、時として不幸な事故…例えば男性が一般人であるなら膣内で男根が引き千切れたり、女性が一般人であるなら下半身不随になったり、そういった事故も少なくはない。
そんな背景もあって、探索者向けの風俗というのはそれなりに流行っていたりする。一応は女性向けのそれもあるが、男性向けに比べて数は少ない。
ちなみに肝心のキャストについては、本当に元探索者かどうかはやや怪しかったりする。というのも、元々キャストであった一般人が協会の支援を受けてダンジョンへ潜り、探索者としての最低限の身体能力を得た上で仕事に戻る…というパターンが多いのだ。
これはキャストサイドにとっても不味い話ではない。整形なしである程度自分の理想の美に近づけるし、なによりも生物としての階梯を上がっていく快楽というのは得も知れぬものだからだ。それに、風俗をあがった後の人生設計もしやすくなる。まあだからといって命懸けで探索をしろというのはそれはそれで厳しいかもしれないが、協会職員がフォローをするし、基本的には銃器を使うので気合があればまあなんとかなる。それでも死人が出るには出るが…。
ともあれ、こういった裏事情もあって、探索者向けの風俗のキャストのプロフィールというのはこれはちょっと…信用できないものであった。いわゆるパネマジという奴だ。
そんな風俗で今夜は楽しい思いをしようと昼休みを利用してリサーチをしていた権太だが、メッセージが届いた事を示す通知音に気付く。
『こんにちは!大変な事がありました。秋葉原電気街口エムタワーダンジョンの一番上に中国語みたいな言葉をはなしてた沢山の男たちがいました。わたし達は無事です。人間がたくさんつかまtってまいた。たすけてあげたいのでたすけてください』
メッセージ検定というものがあればクソ雑魚級と判定されるだろう駄文だが、権太は大体の事情を察する。脳裏に浮かぶのは新宿襲撃事件だ。
──破壊工作の一環ってわけですか、こりゃ今夜の桃尻はお預けですねェ…
権太は歳三に捕まっていたという者達の安否、ダンジョン外への連れていくことは可能かなどを尋ね、"出来なくはない" という返事を確認すると、救援を派遣すると伝えてからおもむろに立ち上がった。
──沢山、となると念動使いが一人いればいいですかね…
派遣する者は誰にしようかと思いつつ権太は休憩を切り上げ、ドタドタとどこかへ駆けこんで行く。
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「人を寄越してくれるみたいだ」
歳三はティアラたちに言うと再び鉄衛のボディ磨きを再開した。
ぴら、と被膜の様な物をつまんで床へと放り捨てる。
人間の皮膚であった。
「ちょっとスプラッタすぎて動画は使えないなぁ…」
ティアラがアーだのウーだの呻いている全裸男女を眺めながら言った。当たり前といったら当たり前の話だが、大手動画配信サイトの
「やっぱりダメっスか?でも自社配信すればいいと思うんスけど…ほら、会員だけ見れるとかそんなかんじにして」
ハマオが言うと、ティアラは首を振った。
「そんな単純な問題じゃないわ。DETVとミューチューブとの間に何らかのビジネス関係があるのかもしれない。尾白はそのデリケートな関係を壊したくないのかもしれないわ。競合するよりも、協力して利益を追求する方が戦略的に有利だと感じているのかも」
ティアラはそういうと、ボディスーツの前を開け、胸の谷間からタバコを取り出した。D-specとよばれる低臭気タバコだ。女性喫煙者向けに開発されたものだが、近年は男性喫煙者からも注目されている。
「それに、ミューチューブと直接競合する自社配信プラットフォームを立ち上げることは、業界内での対立を引き起こすかもしれない。尾白はそうした対立がDETVのイメージに悪影響を及ぼすことを避けたいのかもしれないわね。市場の反応も読みにくいものだし、自社プラットフォームの立ち上げには法的な課題もある。尾白はそうしたリスクを慎重に評価しているのかも。まあ全部憶測だけどね。…あ、佐古さん、私のウェス使う?血油もきれいに拭き取れるやつ。使い捨てだけど、よかったらどうぞ」
ティアラはポーチから黒い布巾を取り出して歳三に渡した。
外国企業が開発・製造したブラッディ・イーターと呼ばれる探索者向けの使い捨て布巾である。名前の由来はその用途から。
これは刃物などに付着した血油を一拭きで綺麗に拭き取る事を目的として開発された。
血液やよくわからない体液を一瞬でふき取ってくれる事から、止血帯としても有用だ。吸水性、速乾性などはマイクロファイバークロスの比ではなく、使い終わったらパタパタと振り回せばあっというまに乾燥してしまう。
ただし値段は32×32cmのサイズで1枚3000円とやや高い。ちなみに、一般で使うマイクロファイバークロスは同サイズで12枚入りで約2000円だ。
「ありがとうございます…おおっ。か、化学のチカラ…」
血油でべたついていた鉄衛のボディがキュッと音を立てるほどに磨き抜かれていく。汚れていたボディが綺麗になっていくことに快感すら感じた歳三だが、これでいて根が調子ぶっこき体質に出来ている事も忘れてガシガシと更に熱をいれて磨き始めた。
だがそれが災いしたか、左胸に描かれていた桜の花弁が剥げ落ちてしまった。これは桜花征機のロゴだ。普通なら布巾で擦った程度では落ちないのだが、一時的に強力な電流を流した事が原因かもしれない。
「なにっ」
歳三は呻くが、鉄衛が剥げ落ちた部分を見ながら言った。
『ロゴ ハ アッテモナクテモ モウ ドッチデモイイヨ』
何気なく言われたその言葉に、ティアラは眉を顰めた。
それは確かに鉄衛にとっては何気ない言葉かもしれないが、多少なり聡い者にはかなり大きな意味を持つ言葉だったからだ。
──あれは桜花のロゴ。つまりあのアンドロイドは桜花征機製。なのに"どっちでもいい"?それはつまり、あのアンドロイドの帰属意識が既に桜花征機には無い事を意味する。自律意識を持っているっていう事?
「ねえ、あなたってロボット…っていうかアンドロイドなのよね?サイボーグではなくて」
鉄衛はティアラの問いに答えない。
聞こえないのではなく、無視をしているのだ。
「てっぺー?ロボットじゃなくてアンドロイドなのか?すまねえ、俺には違いが良くわからん…」
歳三が言うと、鉄衛は呆れたようにモノアイを明滅させて答えた。
『ヒトガタロボット ガ アンドロイド ダト オモッテクレレバ ヨイ デスヨ。 ソシテ ボク ハ アンドロイド デス』
ちなみにサイボーグとは人が簡単に言えば機械化改造人間だ。そちらの技術については岩戸重工が日本の最大手と言える。
──やっぱり、あのアンドロイドは佐古さんに従属している。ちょっと面白そうだけど…余り首を突っ込むと火傷しちゃうかな?
ティアラは無視された事を不快には思わなかった。
むしろ、自身の考えがある程度的を得ている事に満足した。
だがその時、鉄衛の意識が自身に向いている事にティアラは気づく。意識が自身に向いている事を察知するにはそれなりのコミュ力が必要で、この辺は歳三には到底無理な芸当なのだが、ティアラならそれが可能だ。
『まぁそれが賢明でしょう。今後も上手くやっていきましょう』
鉄衛が敢えて口に出していった。口調が変わっている。この場に居る鉄衛以外の者の中で、ただ、ティアラだけがその意味を理解した。
「おう!一生懸命磨くぜ!ぬうっ」
いや、歳三も理解した積りではいた。意味は些か異なるが。
賢明を一生懸命の省略だと誤解したのだ。しょうもない曲解をした歳三は一層の熱を入れて鉄衛のメカメカボディを磨き続け、しかしそんな歳三を鉄衛は止めようとはしなかった。
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