秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑱(終)
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現場検証及び人命救助の為、協会から調査員が派遣されてくる事になった。だが中華ヤクザ達に捕らわれていた男女は数が多く、ダンジョンの6階層から1階層まで運ぶとなるとやや骨ではあった。モンスターが根絶されたわけではなく、移動の過程で犠牲者が出る可能性もあった。
歳三を初めこの場にいる者は皆、丁級相当のモンスターにおさおさ遅れを取るものではないが、ラリ散らしている全裸男女は別だ。男も女もその股は極度の興奮状態にあり、ハマオの監視の元、楽しそうに腰を使っている。
このダンジョンは全域に微弱な淫気フェロモンが漂っているが、これは薬物(合法)で抑制できるため通常は問題はない。だが、全裸男女はそうもいかずに盛大にアテられてしまっているのだ。
こんな調子では6階から1階へ降りるだけでも骨だし、獣じみた性交を制止すれば暴れ出しかねない。
そこで歳三は珍しく一計を案じた。それは移動時間を極端に短くしてしまえば良いという非常にスマートな方法であった。
つまり、床を1階層までぶち抜くのである。
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ダンジョンは一種の異界となっていて、モンスターはダンジョンからは出てこないというのは今も昔も通例となっているが、こういったものには往々にして例外というモノがある。
その例外の一つがダンジョンの破壊だ。ダンジョンを破壊しようとした場合、逆ご都合主義的な事が起こるというのは良く知られた事である。その極致がダンジョン時代黎明期の悲劇、北海道は北見市の事実上の消滅である。
被害は甚大であった。
陸上自衛隊北部方面隊第5旅団隷下にある第6即応機動連隊の壊滅、そして更に戦力を集中させようとした所、ダンジョンからあふれ出たモンスター群により北見市一帯が壊滅の憂き目にあった。
ダンジョン探索者協会も当然事態の鎮圧に動き、複数名の甲級探索者を初め、強権を振るって多くの探索者を送り込んだがその4割が未帰還となった。部隊の3割減が全滅、5割減が壊滅というが、4割の損耗はほぼほぼ壊滅だと考えて良いだろう。
最終的には、"有機物、無機物問わずに、その存在率を変動させる"というPSI能力を保有する甲級探索者が、北見市ダンジョンのヌシと相討ちとなって事態は沈静化した。
ではダンジョンは破壊できないのかといえばそうでもない。
規模が小さいダンジョンについては力尽くで破壊出来る事が出来る事が分かった。勿論その事実を知るためには少なくない犠牲を支払っている。一応の条件らしきものがあるのだ。その条件を満たせないと"ダンジョンの抵抗"に遭う。
なぜ犠牲を出してまでダンジョンを破壊しなければいけないのか?
ダンジョンを破壊しなければ国体を保ち得ないという深刻な理由があったからに他ならない。放っておくと雨後の筍の様にそこら中にダンジョンが発生してしまうため、これらを破壊して国民の生存圏を維持しなければならないというのだ。
一度破壊してしまえば、すくなくともその場所でのダンジョン領域の再生成は観測されていないため、破壊には意義がある。
ではその破壊条件とは何かといえば、それは簡単に言ってしまえば "わからせ" であった。
つまり…対象ダンジョンの危険度に比して、それよりも圧倒的に危険度の高い個人、あるいは集団が上下関係を叩き込むがごとく破壊の限りを尽くす事である。
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歳三は現在右腕の調子が良くないが、右が駄目でも左がある。
ただ殴るだけなら両手を使えるのが歳三という男だ。
ただし、ボールを投げるのは右で書道は左、食事は左だがナイフは右という滅茶苦茶な事になっているが。要するに矯正に失敗してしまった成れの果てという事である。
歳三が左手を掲げた。
それを見てティアラが口を出す。
「ねぇ、もしかして床を殴りつけようとしてる?ダンジョンの構造物は凄く強固になってて…って佐古さんなら壊せるんだろうけど、床が崩れたら私たちはともかく、あの人たち怪我しちゃうとおもうんだけど…」
「いや、大丈夫だ…。殴るわけじゃないから…」
ティアラのもっともな疑問に、歳三は自信ありげな笑み…は浮かべず、やや俯き加減に答えた。これでいて極度の根暗体質である所の歳三は、ティアラとは今日ここであったばかりなので言葉を交わすだけで精神が少しずつ焼灼されていくのだ。
「そう、殴るわけじゃないんだ」
歳三が掲げた手が手刀を形作る。
──手に力を集中させた!!!凄まじいポテンシャル!!
闘争者として優れていればいるほどに、危険という漠然としたものが自身にとってどの程度脅威なのか、視覚的なイメージで視る事が出来るという。
この時ティアラは歳三の手刀に "SKBL-002 starlight" 通称、『星影』の姿を視た。
ちなみに "SKBL-002 starlight"『星影』とは、桜花征機が開発・製造した刀型近接武装の事をいう。サイズは野球で使うバットほどの長さだ。
その最大の特色は刀剣型近接武装の多くが実体剣であるのに対し、『星影』はプラズマカノン・ブレイドである点だ。
総重量25tの超大容量バッテリーとケーブルを繋げなければいけないという致命的な欠陥はあるものの、その最大出力は0.18メガワットにも及び、最大射程85m、20階建てのビルディングを一刀両断する破壊力を有する。これは果たして近接兵装といっていいのかという向きもあるが、柄があるのだから近接兵装である事には間違いない。少なくとも桜花征機はその様に主張している。
さらに、星影は一応ダンジョン内に持ち込む事もできる。戦車や自走砲などはダンジョンからのラディカルな反応を誘発してしまうが、近接武器(?)ならば問題はないというわけだ。
なお、価格は1650億円程で、対大型モンスター用に開発された。個人兵装としては高額な上、分割払いも認められてはいない。
開発には莫大な金がかかったが、製品開発自体はスムーズに進んだ。普通はこんな馬鹿な代物の開発はどこかでストップが掛かるものだが、北見市壊滅の悲劇の際に大型甲級モンスターも出現したという事実が、上層部に "念のために" という意識を植え付けたのだ。
ティアラは歳三の手刀に、そんなアホみたいな兵器の幻像を視た。
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「しゃあっ」
歳三が短く声をあげて腕を振る。
シャープで力強い手刀だ。
ダンジョン化現象で強固となった鉄筋コンクリートは本来の強度の何倍も硬くなるのだが、ギンギンに固めた歳三の手刀は泥を切裂く様にすんなりと床を引き裂いた。
歳三はそれを何度か繰り返し、遂には床をくりぬいてしまうと、くりぬいた床が5階層へ落ちて大きなを立てて割れる。
その一瞬、その場にいた全ての者の心が微細に揺れ動いた。どこか遠くで誰かが泣いているかのような、曖昧で幽玄な波動が精神の湖面を揺らしたのだ。
この現象は一定以上の規模でダンジョンを破壊した場合に必ず発生し、探索者界隈では『断末魔』だの、『ダンジョンの悲鳴』だの、どうにもサゲな印象を与える呼び名で呼ばれていた。だが広く知れ渡っているわけではない。そもそもの話だが、ダンジョンを破壊出来る者が少ないからだ。
ダンジョン化現象が発生すると、例えば建造物などは材質そのものがかわってしまう。分かりやすい変化は強度だ。築50年、木造のおんぼろアパートなどが戦車砲をぶちこんでも破壊できない程に強靭になったりする。
それでもなお破壊を敢行した場合、まるで生物が苦痛に呻いているような "声" が頭の中に響く。
「これが"悲鳴"か。初めて聞いたなァ」
ハマオが床の穴を見ながらいうと、ティアラが声にやや疲れをにじませながら答えた。
「まあ、ね。普通は壊せないから。こんなのは。あ、ほら、ラリッてるのがヤってるよ。あのお兄さん後ろからやるのが好きなのかな?…あ、ロボ君が…」
ハマオはティアラの視線を追った。
鉄衛がネットを射出し、
汗、涙、和合の液が混ざり合い、飛び散っている。ハマオの視界には、男と女、男と男、女と女がめちゃくちゃに絡み合うよくわからない肌色の肉団子が映っていた。
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2時間後。
ティアラ、ハマオ、鉄衛らは6階の床に空いた穴のふちから下をのぞき込んでいた。歳三は1階にいる。職員達へ説明をしなければならなかったからだ。なにせ探索者協会所属の人間は歳三しかいないし、歳三が助けを求めたのだから歳三が対応するのは社会人として当然の事である。
そんなわけで、網でひとまとめにされた全裸男女が宙を浮きながら階下へ、階下へと降下していくのを歳三は見上げていた。
一階部分には3名の若い男女が立っており、両の掌を上方へ掲げている。彼等は探索者協会秋葉原支部所属の探索者だ。それぞれひらひらした服とじゃらじゃらした服とモコモコした服を着ている。
手を掲げているのは念動のPSI能力を使用しているからだ。
念動は割とおおざっぱな能力なので、一人が降下させ、一人がその降下を抑制し、一人が状況を見て勢いを弱めようとしたり、勢いを強めようとしたり細かく調整している。
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「ね~、模試の子みた?」と、ひらひら♀が言う。
「みたみた。カンニング疑惑とかひどいよな」と、じゃらじゃら♂が答えた。
「いきなり成績あがったもんね」と、モコモコ♀が続く。
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そんな雑談をしながらも、3人の秋葉原支部職員は保護対象を慎重に地上へ下ろした。3人はこの仕事の為だけに駆り出されてきたのだ。緊急依頼という形である。ちょろっと荷物を下ろすだけでン十万円。実に美味い仕事であった。
「じゃあこの辺で~。じゃあねおじさん」
「うわ、変な液ついた、じゃあおさきっす」
「お先でーす。帰りムニクロ寄ってかない?大感謝祭だよ」
3人はそんな事をいって帰っていった。
「あ、ああ…お疲れ様」
だが派遣されてきたのは彼等だけではない。搬送や調査の為の職員達も派遣されてきている。そちらのほうは3人組とは違って比較的勤め人っぽい雰囲気を纏っていた。服装も私服ではなくスーツだ。
「佐古さん、あちらの方でお話を聞かせていただきたいのですが…できればお連れ様の方からもお話を聞かせていただきたいのですが…」
職員の男が歳三へ声をかけ、6階を見上げる。
大量の薬物中毒者、敵性(と見られる)外国人の大量死…色々とキナ臭く、見て見ぬふりするわけにも行かない事であった。ちなみに "あちらの方" とは大型ワゴン車の事である。
歳三の表情は強張っている。歳三という男は基本的に誰かに何かを説明したり、何かしらの責任を担ったり、そういうものが極端に苦手なのだ。
だが職員達は歳三にある種の敬意をもって接している。というのも、乙級以上の探索者というのはダンジョンをやる人間にとっては特別な存在だからだ。
しかしそういった態度が歳三にとっては辛い。辛いは辛いが、自分が対応しなければいけない事も分かっているため、気張っているのだ。職員の相手など、本来ならば自分などよりもっとしっかりしてそうなティアラあたりに投げてしまいたい所でもあるが、あいにく協会所属の探索者ではない。
それに…
──てっぺいも見ているしなあ。みっともない所はみせられねぇよなぁ
などと、見栄めいた事を考えてもいる。
これでいて恥という事に人一倍敏感な歳三だ、特に身内に近しい相手が近くにいる時にみっともない姿を見せてしまう事などあり得なかった。
「あ、ああ、大丈夫です…」
言うなり歳三はその場で屈みこむ。
そして両の脚にパワーを撓ませ、高く飛び上がった。
1階部分から6階部分の床まで大体16メートルといった所だが、探索者界隈広しといえども、この高さまで垂直跳び出来る者は余り居ない。ちなみに一般人の記録だと、かの有名なマイケル・ジョーダンが垂直飛びで122cmをこえたそうだ。
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これこれこういうわけで、と歳三は皆に説明した。
ティアラとハマオは以前から動画をよく観ていたのもあって、そこまで緊張せず話せるのだ。なんだったら脳内で友人の様に会話したことすらある。一緒にダンジョン攻略をしたこともある。
全ては妄想であったが、今日という日はその妄想が現実となった日であった。
「じゃあ俺たちも説明しなきゃなんないっすね。まあ仕方ないか」
ハマオが言うなり、床の穴からぴょんと飛び降りた。
勿論いきなり1階にまで降下したりはしない。
そんな事をするのは馬鹿かアホだけである。探索者の肉体をもってしても、16メートルから飛び降りれば怪我くらいはするのだ、一般的には。
ハマオは空中でうまく態勢を調節して、5階の床部分に着地。そして5階の床の穴から4階への床へ…そんな調子で慎重に降りて行った。
階段で降りればいいのではないか、という向きもあるにはあるのだが、モンスターとの遭遇を嫌ったという事情もある。倒せる倒せないの問題ではなく、気分の問題だった。
──動画は使えそうな部分だけ切り抜いて使おうかな
そんな事を思いながらティアラもハマオの背を追った。
歳三はそのまま飛び降り、一階まで自然降下した。
特に問題はなかった。
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「…ということで、これこれこういうわけで、そうなったということです。そうですよね。佐古さん?」
ティアラが歳三に言う。
歳三は壊れた赤べこのようにウンウン頷くだけだ。
「つまり、これがこれこれこうなって、そうなったわけですね。うーん、動画についてですがこのへんはこれこれこうおう扱いという事ではどうでしょうか」
職員がティアラに言う。流石にそのまま世に出すわけにはいかないという判断だ。
「ええ、そういうことなら問題ありません。平気ですか?佐古さん」
ティアラが横にすわる歳三に言うと、歳三はやはり2度頷いた。この中で一番の年長者であるが、話も込み合ってきたし、ティアラに任せてしまっても悪いようにはならないだろうということで適当に頷いているのだ。
──まあてっぺーもな、静かにしてるしな。まずいことだったら何か言ってくれるだろう…
これは信頼というよりは怠惰というか甘えの類なのだが、歳三がしょうもないのはもはや天の理、地の自明であるとも言えるので問題はない。
そんなこんなでティアラのフォローもあって無事に聞き取りは終了した。時間的には1時間半と言ったところである。
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「佐古さん、これ連絡先。また何か協力お願いする事もあるかもしれないし、今回のお礼もしなきゃいけないし。これから騒がしくなりそうだから…」
「俺もどうぞ!」
歳三は二人と連絡先を交換し、プライベートな連絡先リストが2件増えた。ちなみにティアラ達は協会所属ではないため、Stermの個人通信先とはまた別だ。
「ありがとう。じゃあお疲れさまでした。行こう、てっぺー」
歳三はJR秋葉原電気街口へ向かい、雑踏へと消えていく。
お疲れ様の飲み会とかその手の文化を一切知らない歳三である。用事が終われば即帰るのだ。
その背をティアラとハマオは見送り…
「疲れた。報告は明日でいいか、泊ってこ!荷物もってよ」
「うっす」
ハマオは三下らしくティアラの荷物(45kg)を担ぎ、やはり雑踏の中に消えていった。
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