特別な依頼②
◆
専属探索者という者達がいる
これは言ってしまえば企業の製品のテスター兼広告塔だ。
特定企業の製品のみを使用し、その製品を使ってどういう功績を為したかを喧伝して販売を促進する。
あるいは単純な使用感のレポートを企業に送ったりだとかもする。
歳三も以前は桜花征機の専属探索者であったが、現在では契約を満了している。
そして、そういうものとは別に "企業探索者" という者達もいる。
彼らは探索者協会ではなく企業に所属し、日本という国ではなく所属する企業の為に働く。
つまりは企業の私兵と言う事だ。
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旧天津重工工場ダンジョンの領域内を進む複数の影がある。
数は5、彼らは岩戸重工の特殊部隊の面々だ。
いずれも只ならぬ雰囲気を纏っているが、隊長である
一挙手一投足、目つきから何からまで鋭く、存在そのものが一振りの鋭い刃を思わせる。
背に一本棒がはいっているかのような姿勢の良さが、彼の軍人然とした風貌を更に助長していた。
短く刈りあげた髪の毛の一本一本にまで芯が入っているようにも見える。
兎にも角にも鋭い男という印象だ。
他の者たちの装備はといえば、これはまちまちだった。
岩戸重工製品の持ち味は重厚さと堅牢さだが、特殊部隊の面々はいずれも自身が使い慣れた装備を身に着けている。
特に隊長の
ちなみに岩戸イズムとは岩戸重工フリークによって提唱されている造語で、"装備とはとにかく硬く、そして分厚ければなお良い" というマッチョイズムが多分に感じられる思想の事を言う。
「確認するぞ。我々の目的は浦田技研が雇った探索者の排除ではない。あくまでも依頼を妨害する事が目的だ。しかし目的達成の為に
屍はそこで言葉を切り、腰に指す刀の鍔をチンと鳴らす。
「流された情報──……協会の専属オペレーターのワーク・スケジュール、提出された各種の届などの情報から察するに、
「勿論どのような事にも絶対はない。だが、
「我々はこのまま奴を追い、奴がチップを手に入れたなら交渉でこれを譲渡させる。大人しく譲渡しなければ交戦だ。相手は最低でも丙級。しかし依頼の性質からして乙級は覚悟しておけ」
屍が部下達を見回して言った。
そう、一部の情報は既に漏れていた。
協会内部に岩戸重工の息のかかった職員がいたのだ。
まあ古今東西、どこの組織を見ても外部から鼻薬を嗅がせられている構成員と言う者は存在しており、これの完全排除は難しい。
問題はある程度の情報漏洩は仕方ないとして、どこまで許容するかである。
今回に関しては浦田技研に対して協会の職員からコンタクトがあり、その職員がとあるパーツの回収依頼を受注したという事までは漏れていた。
少なくとも、オペレーターを含む職員個人個人のタスクを把握できる立場の者であるという事は確かだ。
しかし誰がその依頼を受けたのかまでは漏れていない。
オペレーター職員には依頼の詳細を報告する義務がないからである。
この規則が『ろ号計画』に於ける情報漏洩への対策の一環と言って良い。
"より高度な機密性"を売りにする以上、依頼内容やそれを受けた探索者の詳細は依頼を受注したオペレーターのみが知る所となっている。仮に当該オペレーターより職位が上の者であっても、情報を無理に聞き出す事は出来ない。
そして副会長が施行したこの施策には数多くの企業が賛同し、極めて短期間の内に協会へ莫大な利益を齎す事となった。
◆
「強敵を相手にする可能性があるのなら、消耗を避ける為に道中の戦闘も避ける……と。でも避けられない場合もありますよね?」
ショートボブの黒髪の女が言った。
美しい女だったが、その美しさにはどこか剣呑なギラつきがある。
ショートボブの女に反発する声もあった。
「ふん、黙りなよ
声の主はモヒカンの女である。
鋭いというよりは険しい目つきの女で、まるで口裂け女の様に口の端が大きく裂けていた。
「黙ってくださいね、下品なおフェラ豚。お前が口を開くと鳥肌が立ちます」
「突っかかるな
東条院はうなずき、ひゅうと口笛を吹いて暫し黙する。
耳を澄ませているのだ。
彼女の口笛はアクティブ・ソナーの役割を果たす。
アクティブ・ソナーとは音を発し、その反響を聞き分けて索敵する装置の事を指す。
ややあっておもむろに腰に吊るした特大のハンドマグナムを抜き、後ろを振り向くことなく後方へ射撃。
銃口がドラゴンの火炎吐息の様に火を噴くが、当然聞こえるべき轟音が聴こえない。
弾丸はやや天井へ向かって飛び、しかし急激に下方へ向かって軌道を変え、その先にいた一体の機械型モンスターの胸部をぶち抜いた。
IW-HGM500『
射撃音の発生と同時に逆位相の音波を発生させ、発砲音を完全に除去する。
当然値段も目が飛び出る程高く、いつかの三人娘の一人である民子が持っていたIW-HG044『印地』などとは訳が違う事は言うまでもない。
しかし何よりも驚くべきは魔銃の性能ではなく、東条院自体の性能である。
「東条院、お前っていつ見ても頭おかしいな! ……ぎゃっ」
一人の青年──……ノノムラがそんな事を言って尻を東条院に蹴り飛ばされる。ノノムラはどこにでもいそうなチー牛眼鏡だが、その実、組み技の達人でもある。まるで砂の様に捉えどころのない動きで標的を組み伏せてしまう。
「ノノムラは東条院に気があるからってモーションのかけ方が餓鬼くせぇんだよ。サイバネ手術が失敗したからじゃねェかっていつも思うんだよな、毎年少しずつ幼児退行してねェか?」
そんなノノムラに呆れたような声をかけたのは丸坊主の巨漢、
であった。全身日焼けした坊主の中年男性……口元から見える真っ白い歯がきらりとまぶしい。ノノムラと違って完全に陽の者と言った感じだ。
屍 晃史郎を隊長として
銃使いの東条院
ナイフ使いの
地味なノノムラ
サイボーグ
これが屍隊の内訳である。
ところでノノムラが東条院に言った事は、実の所単なる誹謗中傷とは言い難い。
対象を目視する事なくPSI能力で干渉するというのは極めて難しいのだ。
少なくとも、彼女と同じ事が出来る探索者はそうはおらず、"これ" が出来る者はちょっと良い意味で頭がおかしいと断じても差支えはないだろう。
似たような事をする探索者に丙級の鶴見翔子がいるが、彼女もまだ東条院の域には達していない。
「おしゃべりは終わりだ。
屍の言葉に特殊部隊の面々は頷き、薄暗い通路を先へ先へと進んでいく。
──乙級か
屍は胸中で自身の言葉に疑念を投げかける。
果たして本当にそれで済むのか? という疑念があったのだ。
屍 晃史郎率いる部隊には多くの戦闘経験がある。
その中には乙級相当のモンスター、あるいは探索者との戦闘も含まれていた。
一つとして楽な戦いなどは無く、時には死者も出したが、最終的にその全てに打ち勝ってきた。
しかし、と屍は思う。
──死戦、死闘こそが己を磨き上げるのだ
◆
一方、先に入場した歳三だが、これまでの探索歴の中でもかなりの効率の良さで探索を進める事ができていた。
主に専属オペレーターの今井 友香のおかげである。
『佐古さん! あのモンスターは丙級指定『AMT-Type"C"003』です! 頭部の傷つけずに倒してください! お金欲しいですよね? 眼球部分が高く売れます! でも気を付けてくださいね! あのモンスターは両腕から強力なガトリング・ヒートニードルを放ってきます! 厚さ20cmの鉄板でも容易に貫き、融解させますが軌道は直線的です! いい感じで回避してください! ウィークポイントは胴体部、向かって左の緑色のランプ部分です! ここを割って……あ、倒したんですか?』
『佐古さん! 解体手順をバイザーに映します! AR空間に映し出される赤い指示文に従って解体してください! ……そうそう! その調子です! おっと! その部分は気を付けてくださいね! 指が震えていますよ! 深呼吸をしてください!』
『佐古さん! マップがバイザーに映し出されていますよね! それと赤い矢印も! 推奨探索順路を作成しました! その通りに進んでいたければ最高効率で探索ができますよ! 過去のデータを統合し、標的のモンスターとの遭遇確率を意識した順路になります!』
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──俺もこの仕事は長いからよ、俺なりのペースってもンがあらぁな。何でもかんでも指示されちゃあちとやりづらいかもしれねぇなァ
……などとイキりローンウルフめいた事を考えていた歳三だが、あれこれと指示してくれる今井のサポートには助けられていた。
ちなみに相手が乙級だろうとハキハキと明るくモノを言う今井の性格は、これは狙っての事ではなく生来のものである。
これが歳三とは相性が良かった。
歳三はこれまでも協会で何度もカウンセリングを受けており、その気質の殆どを協会に掌握されてしまっている。
「佐古歳三にはこの様な人物が相性がいい」と分析されて選ばれたのが今井なのだ。
◆
『それにしても佐古さんは強いですね! 乙級ってそんな感じでしたっけ? まあ私、佐古さん以外に乙級探索者さんの戦っている所を見た事がないんですけれどね!』
「ああ、まあそうだと思いますぜ。って俺も他の人の事はあんまり知らないンですがね……まあ多分そうでしょう」
『武器とかは使わないんですね! ベースは空手ですか?』
「え、ええまあ、空手みたいなかんじじゃないンすかね……」
『へぇー凄いですね! あ、前方左斜め上! あの浮いてる丸い奴を壊してください! 監視ボットです! 放っておくと工場がエマージェンシー・モードに入ってしまいます! そうなると、ええと……面倒くさくなりますからね!』
ポイポイと投げ込んでくる会話のボールを、歳三は歳三なりに受け取って投げ返していた。ついでに監視ボットもナイフを投擲して破壊する。
それにしても歳三の応答は出来の悪いAIの様にどこか適当だ。
勿論雑な応対をしようと思っていたからというわけではない。
致命的なほどに瞬発力が足りないだけなのだ。
身体のそれではなく、会話の瞬発力である。
この問いにはAと答えるべきか、それともBと答えるべきか。あるいはCがいいのか。
そういった言葉の取捨選択をする速度がそれなのだが、歳三はこの能力に酷く劣っている。
然して今井の瞬発力の高さときたら!
歳三もこれまでの出会いや経験で多少なり成長はしているので、以前の様にドモり散らす事が会話をクラッシュしてしまう大きな原因だと分かってはいる。
だからなるべく不自然にならないように会話を続けようとしているのだが、その考えが良くなかった。
無能が "自分なりに考えた" 努力というのは大概が害悪なのだ。
おかげで今の歳三は適当会話おじさんと化してしまっている。
『それにしてもこの分ならすんなり依頼達成出来そうで安心してます! 実はこの依頼、ちょっとした筋から頼まれた依頼でどうしても達成したかったんです! 佐古さんの専属になれてよかったなぁ! ちなみにどこから頼まれたか知りたいですか? ん~、でも内緒です! ただ、佐古さんとも関係が深い所ですよ! これ以上は話せません! 禁則です!』
「確かに、俺もそう思いますぜ」
おかげで今の歳三は適当会話おじさんと化してしまっている(2回目)。
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