特別な依頼①

 ◆


 歳三は掌をめぐらせて、銃弾を受け止めた。


 PSI干渉によって軌道が変化する厄介な銃撃だったが、相手が悪い。


 そして受け止めた銃弾を握り込み、サイドスローで正面の女へと投擲する。


「東条院ッ!!」


 男の叫び声と同時に、東条院と呼ばれた女が目を見開き、僅かに身じろぎをした。


 回避か、防御か。


 そのいずれかの動作を取ろうとしたのだろうが、半瞬遅い。


 つぶてとなった銃弾は誤たず女の全身を貫き、女は血の泥濘の中へと横たわった。


 女とてダンジョンに潜りはじめて一ヶ月やそこらではない。


 撃った銃だってそんじょそこらの安物ではない。


 とはいえまあ、相手が悪すぎた。


 歳三が銃撃を回避せずに受け止めたのは、この流れが一番隙を生じないからだ。


 これでいて根がズボラ体質に出来ている歳三は、攻防が一体となった動きを好む。余り策を巡らせるタイプではないものの、ひたすら強行動を取り続ける面倒くさい男であった。


 私生活では隙だらけの歳三だが、戦場では油断のならない殺し屋と化すのだ。


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 ──なんで、こんなことに


 襲撃メンバーの一員である男は慄き、歳三の硝子玉の様な目を見つめる。


 その無機質な目に見覚えがあった。


 男はふと幼少の時分を思い出す。


 ──そうだ、あれは俺がガキの頃、虫を採って。虫の目が、何だか怖くて


 そして、そこまで思い出した所で男の思考が途切れた。


 それ以上何かを思ったり、言葉を話す事ができなくなってしまった。


 男が瞬きした瞬間に歳三が動き出し、唐竹割りに手刀を叩き込み、男を真っ二つに割ってしまったからだ。


 歳三がつけているバイザーから、専属オペレーターの荒い息遣いが聴こえてくる。


「後は、三人」


 歳三が確認するように生存者の数を口に出す。


「ねえ、待って! 待って頂戴! 襲い掛かった事は」と女が言い、『私たちが悪かった』という前に裏拳を頬に受け、その衝撃でそのまま首が捩じ切られて死んでしまった。


 バイザーから聴こえてくるひゅー、ひゅーという音は過呼吸のそれだろうか? 


 しかし歳三は律儀に報告した。


「残り、二人」


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 ◆


 その日の朝、歳三はやや緊張していた。


 12月も上旬を過ぎた頃で、クリスマスを睨んでか武器、防具ショップではクリスマス仕様のボディスーツがショーウインドウを飾ったりしている。


 中でも目を惹くのは、岩戸重工の期間限定重装装甲服である。岩戸重工らしいゴツくてタフな作りのスーツに、赤と緑のカラーリングが随所に施されている。更に赤いサンタ帽までかぶっており、これがちょっと可愛らしくもあった。


 ただ岩戸重工はこれまで季節のイベントなどには見向きもしなかった事から、旧来の岩戸ファンの中には批判的な声をあげる者も少なくはなかった。


 ──あれ岩戸重工の装甲服? イベントに流されるとか、らしくないなぁ。売上悪いのかな? 


 ──あのリースとか必要ないよね


 そんな声を聞きながら、歳三は町田の街を歩いている。


 ダンジョンに向かっているのだ。


 東京都町田市某所にある兵器工場跡である。


 等級指定は丙級の下の方。


 出現するモンスターは兵器の成れ果ての様な外見をしている。


 この廃兵器工場は元はと言えば天津重工という国内トップ規模の兵器メーカーが建てたものなのだが、天津重工は既に存在しない。


 その理由を一言でいうと、北見市が壊滅したためである。


 北見市の甲級ダンジョンをヘタにつついて市の壊滅を招いてしまったのは陸上自衛隊なのだが、そこに兵器を卸していたのはこの天津重工だ。その責の一端を取らされる恰好となり、多くの天津重工社員が処分されて、企業も解体されてしまった。


「なぜ天津重工が責任を被らねばならないのか」と大炎上した事は言うまでもない。


 ちなみにその辺りの確執が、現在の岩戸重工と桜花征機の険悪な関係にも繋がっていたりする。また、旧天津重工の兵器工場というのは全国にあって、その多くがダンジョン化している。


 その理由はいまだはっきりしていないが、口さがない者などは「天津の怨念がダンジョン化を呼び込んだ」などと言うが、実際の原因は定かではない。


 ◆


 しかし、そもそもなぜ歳三が町田くんだりまで出張る必要があったのか。


 それは『ろ号』計画が先週から正式に実施されたからだ。


 昨日朝早く、協会から歳三の家に届いた通話機能付きのバイザー……これを身に着ける事でオペレーターと通話が出来、また、バイザーの機能を使用してオペレーターは様々なサポートが出来る。


 これで居て根が変身モノやらの特撮系を好む歳三であるので、かっこいいなと見につけたらすぐに声が響いた。


『佐古 歳三さん。初めまして。専属オペレーターとして任じられました今井 友香と言います。早速仕事の話をしましょう! 今回の依頼は "浦田技研" からの依頼で──……』


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 桐野 光風副会長の肝入りで実施された『ろ号計画』──……一定等級以上の探索者に専属のオペレーターをつけて、探索を補助しようという目論みは賛否両論あった。


 ある程度経験を積んだ探索者にとって、オペレーターがあれこれと指示を出してくるのは率直に言って鬱陶しい。


 なんだったら邪魔にさえなる。


 しかし、『オペレーターが自身の才覚で美味しい依頼を受注してきて、それを担当の探索者にまわす事も可』というのが非常に良い影響をもたらした。


 基本的に全国を対象に出されている広域の依頼はそこまで美味しくはない。


 だが、各支部がそれぞれ出している地域依頼は広域のそれよりも報酬が美味い。


 そこから更にオペレーターが協会に掛け合って掴んできた依頼となると、地域依頼より更に美味い……場合が多い。


 依頼者としてはただ漫然と不特定多数に向けて依頼を出すより、厳選された探索者に任せたほうが機密の面で安全が保てる。


 地域依頼であっても複数の人目に依頼内容を晒す事を厭う依頼者もいるのだ。


 例えば企業からの内密の依頼だ。新製品の開発の為にこれこれこういう素材が欲しいという要望があったとして、それを依頼として出してしまった場合、ライバル企業にその動きを察知されてしまう恐れがある。


 そういった者から依頼を受注して専属の探索者へと回す事で、より多くの利益を得る事もできる。


 今回、今井が歳三に振った依頼もその手の類のものだった。


 浦田技研は国内の中規模兵器メーカーで、岩戸重工と同様に質実剛健といった風の製品を販売している。


 ただ、価格の割には性能は岩戸重工の劣化版といった感じで、各種のオプションの拡充などで凌いでいるといった有様だ。


 浦田技研としてはダンジョン素材を回収し、そこから新商品を開発したいところ。


 そして、その素材は国内に散らばる旧天津重工の工場ダンジョンから回収したものが最適と言えた。


 しかしここで待ったをかけるのが岩戸重工である。


 岩戸重工は旧天津重工の流れを汲む大企業であるため、他企業が旧天津重工工場へ食指を伸ばす事を極端に嫌う。


 そして、妨害の形は有形無形を問わない……


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「ええと、ここのダンジョンでいいんですかい?」


 歳三がバイザーをつけたまま喋ると、すぐに答えが返ってきた。


 耳で聞くのとはまた違う、かといって骨伝導とは比較にならないクリアな音声が頭に直接響く。


『はい! 丙級指定、そちらの "旧天津重工町田工場ダンジョン" で間違いありません。早速入場しましょう!』


 今井は歳三を急かした。


 モタモタしていると岩戸重工からの妨害が入る恐れがあるためである。


 歳三の視線の先には古びた工場跡があった。


 建物の外壁は錆び付き、ペンキは剥げ落ちており、外面だけを見るなら完全に遺棄された廃工場だ。


 ──機械型ってンなら、ロボットってことか。いいじゃねえか、俺は好きだぜロボット。そういえばてっことてっぺいはロボットじゃなくてアンドロイドって言うんだっけか……? 違いがわからねえ、今度直接聞いてみよう……いや、それはまずいか? 失礼だったりするか? どうする……


 と、歳三はしょうもない事で悩み、胸中でウギャウギャとアレしながら工場へと入っていった。


 そして歳三の入場後、やや離れた場所に停めてあった一台のバンから数名の男女が降車し、まるで歳三の後を追う様にダンジョンへと入場していった。

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