特別な依頼③~今井友香という女~

 ◆


 協会には岩戸重工の息がかかっている職員がいる様に、桜花征機の息がかかっている職員もいる。


 この場合の "息" には様々な意味合いがある。


 直接的に関わりがある者


 間接的に関わりがある者


 あるいは非常に迂遠なやり方で "結果的に企業を利する様に動かされている" 者


 などが挙げられる。


 まあ桜花征機の場合は岩戸重工他よりもっと大っぴらに社員を送り込んでいるのだが。


 なぜそれが看過されるかといえば、ダンジョン探索者協会も桜花征機も国営だからだ。


 そして協会に目と耳、手足を送り込んでいるのは何も企業だけではない。


 政府も職員を送り込んでいる。


 今井 友香は政府の官庁職員だ。


 要するに出向してきたと言う事だ。


 政府職員が国営企業に出向する場合、その目的は多岐にわたる。


 例えば企業経営に政府の視点を反映させたり、公共政策の実施に必要な専門知識を提供したりだとか、そういった目的で出向は行われる。


 ちなみに友香は元々とある政治家が有する私兵部隊のオペレーターをやっていたのだが、その政治家は副会長派と懇意であり、その辺の絡みもあって協会出向がきまったという背景がある。


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 薄暗いモニタールームでは何枚ものディスプレイが様々な情報を映し出している。


 友香はそれに目を遣り、5機からなる小型のガン・ドローン群がプラズマの炎に飲み込まれて融解・爆破する光景をにんまりとした様子で眺めていた。


 初見は驚いたが、次から次へとバカみたいな事をしているので流石に慣れたのだ。友香は歳三が派手にメカモンスターをぶち壊している様を、映画を観ている様な感覚で楽しんでいた。


 ──面白いおじさんだ


 友香は歳三をそう評する。


 見た目はしょぼくれているが、実力はこれまで友香が見てきた探索者の中でもピカイチなのは間違いがなかった。


 人間かどうかも怪しい。実はモンスターなのではないか?と少し疑っていさえする。


 友香は個人情報にアクセスし、歳三のデータを閲覧した。


 これまで積み上げてきた功績の数々、賞罰や性格分析、家族構成、学歴、職歴……とにかくそういった諸々が記録されていた。


 このデータ群にはそれぞれ閲覧レベルが定められており、与えられた職権に応じて閲覧範囲が変わってくる。


 例えば旭ドウムで歳三が推定甲級とされるモンスターと交戦し、これに勝利したという情報は彼女の権限ではアクセスができない。


 協会会長望月が最高度のセキュリティロックをかけた為だ。


 それを公開してしまうと、歳三の甲級昇格は防ぎようがなくなる。


 そして歳三が甲級となればこれまでの様な生活が出来なくなる。


 いずれ力を貸してもらう日は来るが、と前置いた上で、望月は歳三に今暫くのモラトリアムを与えた。


 ◆


「実力に疑いようはないけれど、このメンタルの弱さが見てて面白いですよね」


 年間のカウンセリング回数は実に50回を超えている。


 それでもかなり落ち着いてきた方で、何年か遡ると年間180回を超えるカウンセリングを受けていたりする年もある。


 内容は将来への不安、未来への不安、自分はうまくやれているのかどうか、今のまま努力していいのかどうか……そんな事ばかりだ。


「可哀そうなおじさん。心はとっても弱いんですね。でも力はある。おじさんには少し簡単すぎましたか?このダンジョン、この依頼は」


 友香は笑みを浮かべながらつぶやいた。


 友香としては歳三にもう少し苦戦をしてほしかったのだ。


 なんだったら死に至らない程度の重傷を負ってもらってもよかった。


 友香は外見こそ男根経験5本未満というような感じの清楚系で、重傷どころか切り傷にも叫び出しそうに見える。


 しかしその実、彼女のメンタルは恐ろしくタフだ。


 オペレーター経験も豊富で、死体やらなにやら、グロテスクなあれこれは沢山見てきている。


 目の前で殺人事件があっても彼女は悲鳴一つあげないだろう。


 興奮するかもしれないが、それはそれとして。


 ともかく、彼女としては歳三が命の危機にあってどういう光を魅せるのかに興味があった。


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 シャーデンフロイデという言葉がある。


 人の不幸は蜜の味とでもいうべきか、そういった意地悪な悦びの念が人にはある。


 歳三の、涙が出る程のしょうもない半生を楽しく閲覧していた友香の性癖はそれに似ている。


 シャーデンフロイデ──……傍目から見ればそっくりだが、実の所は少し違っていた。


 心というものは磨けば磨くほど光り輝く。


 その美しさは宝石の比ではない。


 では心はどのように磨けばいいのか。


 手段は様々だが、絶体絶命の状況でしか磨けない箇所がある。


 その箇所は安穏とした場所、平穏な環境では決して磨く事ができないのだ。


 そして、そこを磨かなければ完璧な輝きは拝めない。


 友香が見たいのはその完璧な輝きだ。


 彼女がこうなってしまったのも勿論理由はあるのだが、ともかくとして人は命をもっと粗末にするべきだと友香は考えている。


 命を投げ出さなければ活路を見出せない──……そんな命懸けの死闘の末に心が、魂がギラッギラに磨かれる!!!


 友香はそんな状況が観たくて見たくて仕方がない。


 だが自分で命懸けの戦場へ赴く事は出来ない。


 友香に戦う力はないのだ。


 自分でやらず他人任せなあたりが甚だクソではあるが、それはそれとしてオペレーターとしての能力、有するコネクションの豊富さは非常に有能と言わざるを得ない。


 また生来の察しの良さで対象をイイ気分にさせる事も簡単だし、と性格さえ除けば優秀なオペレーターなのであった。


 ◆


「こんなに強いんだったら岩戸の特殊部隊を待って、カチ合わせても

 良かったかな?まあいいか……次の依頼はもっとハードでエキサイティングなものを用意しておきますねっ」


 友香は一人ごち、モニターへ意識を戻した。

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