廃病院エンカウンターズ⑥

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 岩戸重工製の回転式レールガンは先進的な電磁加速技術と高性能弾丸を組み合わせることで、従来の個人兵器を遥かに凌駕する破壊力を発揮する。


 しかし、必要電力の多さという致命的な弱点も存在した。

 前時代に於いては高射砲一門につき発電所2か所が必要だと言われていた程の電気食い虫であり、前時代の常識からすれば個人兵装、ましてやガトリング機構などはとても実装出来ないだろう。


 だが、岩戸重工はこの弱点を量子トンネル効果により克服した。量子トンネル効果とは一言で言ってしまえば画期的なエネルギー節約技術である。


 例えば山を登る際のエネルギーを考えてみる。

 通常、山を越えるにはその山の高さ以上のエネルギーを持つ必要がある。エネルギーが足りなければ、山を越えることはできない。しかし量子トンネル効果では、エネルギーが足りなくても山の下を通り抜けるトンネルを掘ることができる。この "トンネル" のメタファーは、粒子がエネルギー障壁を直接通過するという量子トンネル効果を象徴している。


 城戸 我意亞が構えているガトリング・レールガンにはこのエネルギー供給技術が採用されており、一般的なレールガンより遥かに必要電力を削減できる。


 だがレールガンの性質上、レール部分は非常にはやく損耗する上に、発射の際のジュール熱の排熱問題もある…というのはあくまでも前時代の常識である。


 ダンジョン素材の積極的採用により、熱の問題は完全超伝導を実現させて解決。さらにプラズマ発生に伴うレールの損耗も、素材そのものの耐熱性を以てねじ伏せる事に成功した。


 この恐るべき兵器の開発目的はただ一つである。銃火器などという子供の護身用のアマな武器を、ダンジョン攻略にあたってのメインウェポンと言えるほどまで地位を高める事だ。


 従来の銃火器では火薬による発射エネルギーが脆弱に過ぎて、強力なモンスターを斃す事ができなかった。殴った方が早い、刃物で切り裂いた方が早い、念動でバラバラに引き千切ってしまった方が早い…銃火器はあくまでもサブウェポンにすぎない…それが今日までの共通認識である。


 しかし火薬ではなく、電力とローレンツ力により弾丸をぶっとばすことができればどうか?巨大兵器はダンジョンからのラディカルな反応を招く危険があるが、それが個人兵装サイズなら?更に、弾丸を飛ばす数は多ければ多い程良いのではないか?


 岩戸重工はこのすべてを実現させた。

 ガトリング・レールガンの開発に当たり、東京都は千代田区の某所に本社を構える岩戸重工の幹部はこのように豪語する。


『紳士諸君、ダンジョンという未知の世界…その危険と魅力は人類にとって垂涎と言える。だがそこに挑むためには三つの要素が必要だ。それはいうまでもなく"心技体"である。まずは心…。それは対象を抹殺するという強い意志。次に体。それは異界の環境にも負けぬタフネスだ。そして残るは技。それは人類の叡智を束ね最先端の科学技術を結集した、我々岩戸重工が誇るIWG-1X 回転式レールガン…"剱岳つるぎだけ" である』


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 恋と剛はごくりと息を呑んだ。

 ミリタリーには詳しくなくても、我意亞が抱える代物が相当にやばいブツだという事が何となくわかってしまったのだ。


 小次郎はニヤニヤと、そして丈一郎は渋い顔をしている。

 丈一郎は探索者としては割とまともな方であり、そのまともな感性はこのような場所でそのような武器を使用する事の非常識さを咎めている。溶接された扉を焼き斬る為のバーナー・ブレイドも持ってきているというのに、わざわざレールガンをぶち込む必要性があるのだろうか?丈一郎はそんな風に思わざるを得なかった。


「ダン、そんな顔をするなよ。一応考えはあるんだ」


 我意亞が振り返り、苦笑しながら言う。

 まるで後頭部に目があるような察しの良さだった。


「分かってるわよ、こういうトコじゃ最初にガツンとやる方が後々仕事しやすいっていうのはね。でもちょっと派手すぎない?って思っただけ。それ使ったら絶対に建物壊れるでしょ?それって建造物損壊罪になるんじゃないかしら…。もっとこう、脅迫とかスマートなやり方もあるんじゃない?意思疎通が出来る相手なら有効な手段だと思うけど。ほら、最近名前を聞く霊媒上がりの人…古賀 琴美とか低級霊からは大分怖がられてるって話じゃないの」


 古賀 琴美とはフリーランスの霊媒・除霊師であり、同時に乙級探索者の女性だ。ブギー・ONEと呼ばれる強力な怪異を鎮めた事で知られており、高野グループも一目置かざるを得ない女傑である。それだけでなく、都市伝説系の強力な怪異を次々と鎮め、祓い、その人気は留まる所を知らない。基本的に一匹オオカミ気質の彼女だが、そんな彼女がなぜ協会に所属するに至ったのかといえばやはり理由がある。彼女には美琴という妹がいるのだが、その妹が強力な悪霊に殺されかけ、探索者向けの極めて上質な治療を受けねばそのまま死ぬといった状況に協会がつけこんだのだ。


 余りの人気さから『ブギー・ONEが来る!』という映画の制作企画があがったが、結局制作される事はなかった。当の古賀 琴美が拒否したからである。


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 丈一郎の言葉に我意亞は首を振った。


「いや、建造物損壊罪にはあたらない筈だ。ここはどう見ても悪性心霊領域だからな。いや、ダンジョンかもしれない。それに一般人数名、協会所属の探索者も囚われているんだ。これはまずいぜ!かなりヤバい霊がいるに決まってる。救助のためには障害を排除しなければいけないよな?そういう場所をぶち壊す場合は超法規的扱いを受けるんだ。夏春屠総理もそんな感じの事をいってたはずだぜ」


 我意亞の言は事実である。


 過日、北見市事変にあたって探索者協会、及び陸上自衛隊の一部連隊、更に高野グループの高僧たちは相応の戦力を投入し、結句、北見市は科学的な呪いとオカルト的な呪い塗れとなってしまった。


 科学的な呪いとはすなわち放射能を初めとした有害物質であり、オカルト的な呪いとは言葉そのまま呪詛の類なのだが、これに対して当の北見市の住民や各種人権団体だとかナントカ団体などは声高く政府、協会、高野グループを糾弾した。


 モンスターの撃破、及びダンジョン領域の抑制に成功しても、その地域が絶滅領域とかしてしまっては意味がないとの言で、事態は訴訟沙汰にも発展した。


 しかし最終的に政府や協会、高野グループの咎は認められなかった。同年、ダンジョン領域拡張の末路がどうなるか、その証明を同盟国、アメリカ合衆国がしてしまったからである。


 アメリカ合衆国、メイン州のケリーという街がまさに北見市と同じ状況に陥り、100万人近い人命が犠牲となったのだ。ケリーの下水道を中心にダンジョン化現象が発生し、アメリカ政府が手をこまねいている内に領域は凄まじい速度で拡大。最終的にはメイン州一帯を飲み込む超巨大ダンジョンと化してしまった。建築物は全てねじくれ前衛芸術のようなモノへと変貌し、動植物も遺伝子変異を発したかのようなグロテスクなモノと成り果て、人々も全てモンスターとなってしまった。


 結論からいえば、その超ダンジョン領域の深層に巣食うモンスター…アメリカ至上最悪の怪物、"ファニー・ワイズ" を、ビリング・デンブロウら数名の最高級探索者チーム "悪ガキ倶楽部" を初め、当時アメリカ最大最強の発火能力者パイロキネシストであったキャリエル・ブラックなどが討伐し、事態は収束する。


 アメリカはひとまずは救われたのであった。

 ただし、メイン州という91,646 km²もの広大な領域を犠牲にして。メイン州はダンジョン化現象から解放されたが、土壌は触れれば爛れる程に汚染され、もはや人が住む事は叶わないだろう。モンスターと化した人々はファニー・ワイズの討伐と同時に死んでしまい、というよりメイン全体が死の大地と化してしまった。ここまで甚大な被害が出たのは、そもそもファニー・ワイズ自体が恐るべき、そして特別な異常存在だったからだというのが専門家の見立てである。日本でいう所の土地神のような、非常に大きな力を持つ存在。そんな異常存在がダンジョン化に巻き込まれる事によって、被害の規模は指数関数的に跳ね上がったのだとのことだった。


 ダンジョン領域がそこまで広がるというのはかつてない現象だった。ちなみにメイン州は、州そのものが呪われているのかと思われるほどに厄事が集中している事で有名な地域である。


 兎も角もそういった事が現実に起きている以上は、北見市壊滅は致し方ない犠牲として受け入れられる事となったのは至極当然であった。北海道は広い。北見市がダンジョン領域を拡張させ、北海道そのものを飲み込むというような事になれば悪夢という言葉ではなお足りない地獄が顕現するだろう。


 時の総理はその辺の取捨選択を冷徹に判断できる男であった。

 北見市粉砕と引き換えに、残る日本国の領域を安堵しようとしたのだ。そしてその試みは成功した。


 当時の内閣総理大臣、夏春屠げぱると 雷獣太らいじゅうたの『緊急事態に於いては手段を選ぶべからず。法的根拠は後からついてくる』という言は今日に至っても有名で、特に法的根拠は~…の部分は各所で使用される名言となった。


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 六連装回転バレルにパワーがたわみ、ガトリング・ガンはゆっくりと銃口を回転させ始める。驚く程に音がない。


 狙いをつける必要はなかった。


 IWG-1X 回転式レールガン…"剱岳つるぎだけ" にはアシスト機能が搭載されており、岩戸重工のサイバネティックオペレーションを受けたユーザーであるなら、IWG-1Xとの同期が可能だ。同期を行う事でスマートターゲッティング機能を扱う事ができ、この機能は分かりやすくいえばオートエイムである。マインドデスクトップという脳波によってパソコンを遠隔操作するという技術を応用し、ユーザーがターゲッティングしている対象に対して自動で狙いをつけることができる。ちなみにこの機能は岩戸重工のサイバネ手術を受けていない者には利用できない。


「DIYの時間だぜ」


 DIYとはDo It Yourselfの略語であり、専門業者ではない素人が大工仕事をしたりする事を意味するが、それはあくまで一般人界隈での話だ。


 探索者界隈でのDIYとは、" Die Instant You "(今すぐ死ね) の略語である。


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 甲高い音が幾つも響いた。

 それは弾丸の発射音だ。


 火薬ではなく、電力とローレンツ力により射出された弾丸は2230m/秒(約マッハ6.6)の速度で射出され、霊的施錠がなされたドアを壁ごと破砕した。


 霊的施錠とは霊体がドアや窓を念動でロックする事を意味する。異常心霊領域ではよくある事で、通常はドアや窓を念動により保護もするため、一般人では脱出が困難だ。しかし、念動力とは万能の力ではない。所詮は精神の筋肉である以上、限界もある。力自慢だからといってこの世のありとあらゆる重量物を持ち上げる事が出来るとは限らない、そんな所だろうか。当たり前の理屈である。


「ハァーッハッハッハッハッハ!!居るんだろう、悪霊共ッ!堂々と掛かってこい!超鋼タングステンβ弾をお見舞いしてやるぜ!鉛じゃなくて悪かったなぁ!通常銃弾は使えねぇんだよ!」


 我意亞はゲラゲラと笑いながら、射撃しつつ通路を進んでいった。これは廃病院の悪霊からしたらたまったものではない。


 悪霊にも悪霊で種類がある。例えば群体型だの特定の家屋に取りついたタイプだの…この病院の悪霊は群体型で、更に取り憑き型である。自殺した院長の霊がその他の霊を支配し操っているのだ。


 だが他の霊は皆院長の暴虐、虐待的前衛実験の犠牲者ばかりである。つまり院長を恨んでいる。恨んでいる相手に従ってやる義理など、霊の間にだってあるわけがない。力尽くで従えるにせよ、その為には明確な力の差が必要である。キのままの院長の霊体ではいかに邪悪悪辣であろうともそこまでの力の差を示す事は難しかった。


 だから院長は自身の矮小な霊体を脱ぎ捨て、この廃病院を新しいボディとしたのだ。この廃病院自体にも多くの犠牲者の怨みつらみのエネルギーが満ちており、院長はこれを利用する事で己を高め、他の霊を従えるだけの支配的な力を手にした。


 つまり、この廃病院は院長の肉体も同然。

 だのにそんな体内でレールガンを乱射されてはこれはもうたまらない。


 悪霊の抵抗の意思の現れだろうか、突如として気温が低下した。恋や剛といった一般人は身を縮める。15℃、いやそれ以上の気温が一瞬で低下し、更に低下し続けてやがて10℃まで下がった所で止まった。季節は夏だが、我意亞たちの周囲はまるで冬の寒さだ。所詮冬の寒さとも言えるが。


 丈一郎と小次郎は荷物からクロークを取り出し、それぞれ恋と剛へと渡す。二人の一般人も同行するというのは人質に取られるのを防止するという観点で理にかなっている。


「え、凄くあったかい…あ、ありがとうございます」


 小次郎からクロークを受け取った恋が礼を言う。剛も丈一郎の笑顔に目を奪われ、顔を赤くしていた。


 悪霊が探索者仕様のクロークの防寒性能を突破する為には、マイナス20℃近くまで気温を低下させる必要がある。そして、そこまで気温を低下させることができる悪霊というのは中々いない。いるとすれば寒冷地由来の妖怪などだろうか。


 妖怪と霊は似て非なるものだが、探索者界隈では妖怪は野良の実体モンスター、霊は野良の非実体モンスターくらいの感覚で捉えられている。ちなみに一部の怪異と日本政府は協力関係にある事も知られている。


 ともかくも、気温を低下させるにせよノーコストでやっているわけではないのだ。手を開き、握るといった簡易な動作にでさえエネルギーは使われている。ホラー映画などでは悪霊の類が無差別、無軌道、無制限に心霊現象を引き起こしているが、実際の心霊現象ではそういった事はない。エネルギーを際限なく消費し続ければ畢竟存在を維持できなくなるだろう。


「おいおい、サス、気温計を見てくれよ。今何度だ?」


「あァ?…あー…9℃だな」


 9℃!!!!と我意亞と小次郎は嗤った。

 抵抗にしてはささやかすぎる気温低下現象がツボってしまったのだ。


「俺の恋人、深雪っていうんだがよ。兎に角良い女なんだ。どこが良い女かを悪霊風情に説明してやる義理はねぇ。だが兎に角な、性格、身体、ツラだけじゃなくて色々な意味で有能なんだよ。例えば深雪は一般人だがPSI能力を持っているんだ。気温低下の能力だぜ、まあ珍しくはねぇ。でもよ、暑苦しい夜…エアコンをつけるにもエアコンの風はどこか気持ちが悪い…そんな時!」


 我意亞は突如として語りだし、銃口を天井に向けて乱射した。

 べちゃべちゃと黒い何かが落ちてくる。黒い手の様に見えるそれを我意亞は踏みつぶし、更に語り出した。


「そんな時、深雪が頬に手を当ててくれるんだ。俺には理解わかるぜ!彼女の繊細なPSI能力の起動波形が!俺の熱した頭はたちまち冷えていく。いきなり低温にするんじゃない、皮膚がびっくりしないように少しずつ、少しずつ冷やしてくれるんだ。冷気に愛を込める!…お前にできるか?いいや出来ないね!」


 我意亞の鼻の穴がぴくぴくと動き、目つきはどこか陶然としている。それでいてノンストップで襲い掛かってくる異常心霊現象の数々を蹴散らしている。


 例えば真っ白な皮膚をした3mはあろうかという巨大な化け物…目と口の部分に真っ黒な穴が空いており、みているだけで正気が失われてしまうような恐ろしい怪物なども、岩戸重工が言う所の心技体…その"技"の結実たるガトリング・レールガンによって一瞬で木っ端微塵となって消し飛んだ。


「冷気とは冷たい気と書く。そうだ、冷たいんだ。だが深雪の手から感じる冷気は冷たくない。冷たいんだが冷たくない!なぜか!!愛があるからだ!愛だよ!俺は愛に応えないといけないよな。というかまだ彼女のご両親にも挨拶をしていないんだ。ちなみ実家は青梅にあるらしい」


 ブツブツと呟き、銃を乱射する我意亞の下半身では、その陽根が盛大な自己主張をしていた。そんな我意亞を小次郎や丈一郎は呆れた目で、恋や剛は恐るべきキチガイを見る目で見ている。


「気にしないで…ただの、馬鹿だから」


 丈一郎が首を振りながら言う。

 小次郎はどこか悲しそうだ。

 友人の知能が低下してしまったことを悲しんでいるのかもしれない。

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