新宿歌舞伎町Mダンジョン⑦

 ■


 ただ、と歳三は地面でビチビチ悶えるカタツムリヘッド・ヤクザモンスターに視線を遣る。


 上半身と下半身が無惨にわかたれたにも関わらず、頭部の触角がうねうねと蠢いている。先端を歳三、鉄騎、鉄衛に順に向け、再び歳三の方へ先端が向いたかと思えばぴたりと止まった。


 まるで "お前に決めた" とでも言う様に。


「ムッ!」


 歳三が横を向き、片脚を上げた。

 膝に手をあて、まるで相撲の四股の様な体勢を取った歳三(162cm)からは、大正から昭和に架けて活躍した大関・大ヶ町(164cm97kg)の如きレジェンドなオーラが放射されている。


『マスター?』


「そのまま見ててくれ」


 歳三が鉄騎に言うなり脚を振り下ろす。

 同時に、ヤクザモンスターの頭部のうねうね触角が分離し、歳三の方へ飛んできたが、たちまちべちゃりと踏みつぶされた。


 力士は四股を踏むことで、邪気や悪魔を土俵から追い出すと言われている。邪悪なカタツムリ・ヘッドはどこからどう見ても邪悪だし、悪魔の様な姿をしており、さらに言えばヤクザだ。歳三の四股に踏みつぶされたのは道理と言えるだろう。


 まぁ、歳三は別に昨晩観た映画に影響を受けて遊んでいるというわけではない。触角から飛び散る体液が壁に付着し、ジュウジュウと音をたてている。歳三はこの液体を嫌ったのだ。


 歳三の皮膚は探索者用の大口径スナイパーライフルが直撃しても破れないほどにはタフだが、傷をつける方法がないわけではない。


 強力なケミカル・アタックはその一つでもある。


 ・

 ・

 ・


「根性があるんだよ、こいつらは。最後まで諦めないんだ。俺も見習うべきところがある」


 足裏を地面に擦りつけながら歳三が言うと、鉄騎が歳三の方へと歩いていき、歳三の足元に屈み、足首辺りをもって靴裏を観察しはじめた。


 歳三のブーツは当然ながら桜花征機の製品なのだが、割と高級品だ。抗菌、防臭、爪先部分にダンジョン素材である所の "黒桜鋼" が使用されており、何気に鉄騎や鉄衛のボディと同じだったりする。ちょっとした酸なんぞは屁でもないが、それはそれとして汚い。


「お、おい…」


『動かないで下さい』


 鉄騎は荷物からハンドタオルを取り出して、歳三の靴の裏を磨き始めた。


 ■


「ありがとうございました」


 これでいてエチケット尊重主義者である所の歳三は、しっかり頭をさげて鉄騎へ礼を言った。歳三としてはもっとカジュアルに "助かるぜ!" "ありがとよ!" などと声を交わしたいのだが、シルエットが女性っぽい鉄騎を跪かせて靴裏を磨かせたという事実は些か思う所がある様だった。


『いいえ、こちらこそ仕留め損ねました。申し訳ありません。次があれば少し違う方法を取ります。…ところで、戦利品は…そのナイフですか。鉄衛、解析はできますか』


 ドレ、と鉄衛がナイフを拾い上げてモノアイから光を照射する。

 歳三はちょっと尊敬の視線を鉄衛に向けた。


 歳三は鉄騎の様なスタイリッシュ・バトル・アクションも好きなのだが、鉄衛の様なインテリジェンスな雰囲気にも憧れる部分があったのだ。さて、桜花征機が誇る知の結晶はどんな解析とやらをしてくれるのだろう、と歳三はドキドキしながら見守る。


『ワカッタゾ、マァマァイイネ カイトリ ヨソウ…80マンエン クライカナ サイズ ガ チイサイヨ』


 だが歳三のドキドキは鉄衛の雑な言葉に裏切られてしまった。


『サイゾ、ナンダ ソノタイドハ。 モスコシ クワシク ハナス?』


 歳三が頷くと、鉄衛はやれやれとでも言いたげに首を振り、モノアイを激しく明滅させ始めた。


『かしこまりました。ナイフの解析を開始します』


 鉄衛のモノアイから、今度はナイフ全体を覆いつくすように細かいレーザーが照射され、ナイフの素材を分子レベルで読み取っていく。


『初期解析結果を報告します。素材はダンジョンで得られる特異な金属であり、独特な結晶構造を持つことが確認されました。各種特徴は "柴鉄" と呼ばれる金属と一致します。"紫鉄" とはその名の通り紫がかった鉄であり、しかし鉄よりはるかに高い硬度と耐久性を有します。さらなる詳細解析を行います』


 鉄衛の光はさらにナイフに集中し、ナイフの内部構造や表面処理、結晶構造の特徴を詳細に読み取っていく。


『詳細解析結果を報告します。この金属が最初に発見されたのはオーストラリア、バングルバングル国立公園ダンジョンであり、これはダンジョン探索者協会が指定する所の甲級ダンジョンにあたります。そしてオーストラリアの探検家、ティモシー・ヘイズがそのダンジョンの深部で未知の金属鉱石群を見つけました。鉱石は紫がかった色をしており、非常に硬く、通常の工具では傷一つつけることができませんでした。それがまさに "柴鉄" です。紫鉄はその名の通り紫がかった鉄であり、しかし鉄よりはるかに高い硬度と耐久性を有します。モース硬度は9で、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持ちます。また、融点は約3000度と非常に高く、非常に加工がし辛い事で知られています。結晶構造は通常の鉄とは異なり非常に密で、分子間の隙間が極狭となっています。これが紫鉄に高い硬度と耐久性をもたらしているのです。また………』


 歳三は "えっ" と思わず声を出してしまった。

 片言じゃなかったのかと驚愕したのだ。

 そして、驚いている間にも延々と説明が続く。


 数分後、ようやく鉄衛の説明が終わった時、歳三は精神的にやや疲弊してしまった。鉄衛がピカピカとモノアイを明滅させながら言う。


『ジュウデン ヘッタ ダンジョン カラ アクセス ヨクナイ…』


『 鉄衛はこの様に言っています。桜花征機はダンジョン探索者協会と業務提携をしています。それは両機関とも国営であるという所が大きいです。それゆえにダンジョン内からでも外部への通信が可能なのですが、これは非常にリソースを消費します。Stermの様に起動時のみにリソースを消費するならば兎も角、鉄衛は常時周辺をスキャンしており……』


 などという鉄騎の長い説明を歳三は聞き切り、そこでようやく鉄衛が普段からなんだか雑な理由がよくわかった。要するに、節約だったのだ。


 ──なるほどな、てっぺーはここぞという時に全力を出せるよう、普段は脱力しているってワケか


 だがそこで歳三は "あれ?" と思う。


「なあ、じゃあダンジョンの外でもちょっと雑なのは…どういうことだ?」


 歳三が尋ねると、鉄衛が答える。


『コセイ』


「個性、か。個性なら仕方ないか…」


 歳三は物分かりが良い。


 ■


「ここちょっと漁ってみるか。114号室だ。誘ってる様な部屋番号じゃねえか」


 歳三が下らない事を言いながらドアを指さすと、鉄騎は無表情なロボットヘッドにも関わらず困惑しているという事が分かるような "?????オーラ" を放射した。


『?』


 軽く小首を傾げる事までする。


 根が見栄坊にできている歳三はにわかに恥ずかしくなり、いや、と小声でいいつつドアを捩じりあけた。

 基本的にこのダンジョンでは全てのドアは施錠されており、お宝漁りをしたいならば物理的にドアを破壊する必要がある。


 そして、捩じり開けると同時にムッ! と前方に向けて正拳を打ち放った。咄嗟の手打ちではあるが、歳三の手打ちとなると威力はお察しだ。


 妙にくぐもったドボッという気持ちの悪い…例えるならばぶよぶよの肉の50mプールに、10メートルの高台から小柄な少女が飛び込んだ様な音がして、何か巨大なものがぶっ飛ばされる。


「アイツは少しタフだ。逃げれば追ってくる。通路でやりあうにはちと狭い。部屋の中で仕留めよう」


『生体反応がありませんでした。そうですね?鉄衛』


 鉄騎が聞くと、鉄衛はビカビカとモノアイを光らせながら答える。


『ウン ドアノソト ドアノナカ チガウ クウカン カモネ スマンナ』


 いいよいいよと軽く手をあげ、歳三はずんずんと入室する。

 出会いがしらに歳三に吹き飛ばされた件の巨影は、広いリビングで待ち構えていた。


 身の丈は2mか、或いはそれ以上か。

 バツンバツンに張り詰めた黒い背広を着こんだ巨漢だ。

 ただし、例によってまともな姿をしていない。

 頭部には目もなければ鼻もなく、耳もない。

 だが口のみがあった。

 そう、巨漢の頭部は巨大な口そのものといった風情だったのだ。


 先程歳三が拳を打ち込んだ部分は背広が破れ、赤黒くぬらぬらとした肉が覗いている。しかしみるみるうちに傷跡が塞がっていく。


 暴食ヤクザ・モンスターだ。

 ヤクザ・モンスターの中でもタフさに定評がある。

 馬鹿みたいな名前だが、その辺の丙級探索者程度なら手も足もでないくらい強い。


『サイゾ ガ ナグッテモ イキテルネ ヤバ』


 200cmという巨漢を誇る暴食ヤクザ・モンスターはグブブブと嗤っていた。自身の暴の大きさを知っている者が浮かべる類の笑みである。


 そんな相手に、162cmである歳三は件のスモウ映画のとあるシーンを想起する。


 主人公の最大のライバルであり、シーズン1の大ボス的存在が、にたりと不敵に笑って主人公を見ているシーンだ。両者の力量差は歴然で、哀れ主人公は完敗してしまう。トラウマを残す程の圧倒的完敗である。そこからまあトラウマを乗り越えたりとドラマがあるのだが…


「やるかい」


 歳三はデンジャラス・ウルフ気味に呟き、腰を屈める。

 かがめる、屈めていく。


 ──はっけ、よい






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本更新に置ける "大正から昭和に架けて活躍した大関・大ヶ町(164cm97kg)"は、大正から昭和に架けて活躍し、"相撲の神様" とまで呼ばれたほどの大関・大ノ里(164cm97kg)とは関係ありません。


また、『主人公の最大のライバルであり、シーズン1の大ボス的存在が、にたりと不敵に笑って主人公を見ているシーン』という描写については、ネットフリックスが配信している"サンクチュアリ"のあのシーンとは一切関係はありません。


何もかもフィクションです。

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