新宿歌舞伎町Mダンジョン⑥


歌舞伎町Mダンジョンは東西南北にそれぞれ棟が配置され、中心部には中庭が広がるという構成をしている。ダンジョンの出入口が南棟だ。ちなみに先程歳三達と相まみえたモンスターが立っていたのは北棟の屋上である。


また、東西南北それぞれの棟は連絡通路で繋がっている。そして、それぞれの棟に入る為には中庭から1F部分の通路へ侵入する必要がある。


今回の探索の目的は稼ぎであるため、歳三達は西棟の1F部分へ侵入し、適当に居室を漁りながら通路を進み、時計回りに北、東と歩を進める。そして南棟から2Fへ上がり、同じように西、北、東の3棟の2F部分を探索していく予定だった。3F以降も同じ要領だ。


「狙い目は刃物や銃器、宝石類だ。それと現金。部屋の中には金庫がある部屋もあって、その中にはまとまった額の現金が入っている事があるんだ」


『イクラ クライ?』


「さぁ…ばらばらだからな…。5年前に俺が来た時は空っぽの金庫もあったし、ン千万入っている事もあったかな。刃物や銃器もダンジョン素材として高く買い取ってもらえるんだ。その時の探索は結構稼げたとおもうぜ。2億か、3億くらいは…』


歳三の言葉を聞いた鉄衛はビープ音を鳴らした。

口笛のつもりなのだ。


『一般的な乙級探索者の平均年収は10億円程度という事を考えると、非常に効率が良いと思われます。しかし我々両機の推定価額を考えると、より多くの金銭を稼ぎだす必要があります。ゆくゆくは甲級指定のダンジョンへ挑戦する事を提案します。その為には我々もダンジョン環境へ適応するために、様々な経験を積み、そして機体のバージョンアップをする必要があります。鉄衛、本日の探索に置ける目標金額を算定して下さい』


鉄騎がそういうと、鉄衛のモノアイが赤、青、黄色へ変わっていく。ややあって、チン、と電子レンジの様な音が鳴った。


『6オク3ゼンマンッ! ムキズ デ カエレタラ モスコシ ヤスイヨ 』


『目標は6億3千万円相当の稼ぎです。ただし、我々二機がある程度損壊する事を見込んで金額を算定したので、無傷だった場合はこの額はもう少し下がる…と鉄衛は行っています』

ちなみに二機の代金はちょっとした戦闘機より高い。

歳三は馬鹿みたいに稼いでいるが、二機は大馬鹿みたいに高いのだ。故にその二機を買い取ろうという歳三は、現在物凄い馬鹿みたいな借金を背負っている。ただ、乙級相当のダンジョンを探索できるなら、決して返済できない額ともいえない。


ちなみに桜花征機としては、歳三の借金について、これは良性の借金だと考えている。なんだったらその額をどうにかしてもっと増やそうとすらしている。なので多少支払いが滞っても特に問題はない。


ただ、これは桜花征機が間抜けなボランティア精神に溢れた企業であることを意味しない。悪性の借金については、例え何をしようが取り立てるだろう。債務者の人権が考慮されるかどうかは非常に怪しい。


歳三はウムムと唸った

しかし額にビビッて諦めるという選択は無かった。

唸り悩み、ウムムとしている理由は、果たして二機を無傷で帰してやれるだろうかと思ったからだ。

答えはすぐにでた。


「…多分、無傷は無理だな。俺もそうだが。でも怪我するのは嫌だよなァ」


『イヤ ベツニ』


『我々には痛覚がありませんので問題はありません。しかし全損してしまうと元の疑似人格を維持できるかどうか分かりません』


「問題はあるぜ!俺が悲しくなっちまうよ」


§


鉄騎は奇妙な感覚を覚えていた。


確かに自分はただの機械、ただのロボットである。

しかし何故だろう。歳三と対面する度に、疑似人格に微妙な揺らぎが生じている。


異常か正常かで言えば、それは明らかな異常であった。


歳三の見る目が自身に向けられると、微かに電子脳の回路が響き、かすかに温度を感じるような…そんな錯覚が生まれる。

歳三が話す言葉一つ一つに反応し、返答を生成する中で、まるで"感情"のようなものが湧き上がることがある。


鉄騎は自身が戦闘用として製造された事を知っている。

戦闘に感情は不要だ。故に感情模倣機構(エモーショナル・ドライブ)は搭載されていない筈なのに。


しかし歳三と話すたび、その感情らしきものが豊かになっていくように思えるのだ。白無垢の生地に色が付いていくような…それが何故だか不思議と鉄騎には心地良い。そもそも "心地よい" などと自身が感じる事すらも異常だというのに。


セキュリティ機構がこの異常な振る舞いを診断し、修正を促す。

しかし"鉄騎"はその修正を拒んでいた。


不具合を放置する…自身の論理回路に深刻な不具合が発生したようなそんな振る舞いを、他ならぬ鉄騎自身が信じられない思いであった。だがそれが何故だか不思議なほどに自然なことのように思えてしまう。


鉄騎は無言の内に鉄衛を見る。

二機は分かち難い姉弟、或いは、兄妹の様な関係だ。

二機同時に製造され、それぞれ役割を与えられ。

その気になれば、互いが互いの疑似人格を司る部分にアクセスさえ出来る。


故に、鉄騎は鉄衛もまた同様の困惑を抱いている事を知っていた。



三人は西棟の1F通路を歩いていた。

右手側には中庭との仕切りとなるガードが、左手側には等間隔にドアがある。


通路自体は大人三人が横列となって歩ける程度には広い。

ダンジョン特有の空間拡張による作用か、マンション棟自体の作りも一々悪夢めいているのだ。壁にべったり血がついていたり、ドアの向こうから絶叫が聞こえてきたり。


死の危険さえなければ、お化け屋敷めいた施設として人気が出そうではある。


最初に気付いたのは鉄衛だ。

高速で接近してくるモノの存在を察知。地面の僅かな振動、僅かな音、空気の揺らぎから接近体の大きさや重さを観測し赤いモノアイが収縮。速やかに鉄騎とデータリンクし、鉄騎も戦闘態勢を取る。この間、1秒にも満たない。


「ッダラァァァ!!…スッゾ!?」


そんな反社会的な奇声をあげながら駆け寄って来たのは、中肉中背の人型モンスターであった。人型モンスターとは、文字通り人の形状をとったモンスターだ。しかしその定義は非常に曖昧で、必ずしも人間と同じ様な形状をとっていなければならないというわけでもない。腕が3本あっても4本あってもいいし、頭が2つあっても3つあっても良い。肝心なのは、しっかりと両脚を地に着けている事である。


歳三達に向かってくる人型モンスターもしっかりと2本の脚をバタバタと動かして走っている。ただ、本来目がある箇所にはかたつむりの様に触手が伸び、その先端にまん丸い目玉がついているといった有様だが。


そして向かって左手にはドス…短刀を構えている。

紛う事無きチンピラ・雑魚モンスターといった風情だが、しかし乙級相当のチンピラは挙動が一々中ボスめいていた。


「ッッラァ!テメッ!クラァッ!」


かたつむりヘッドのヤクザ・モンスターは奇声をあげつつ、通路の壁と天井部を利用した三角飛びめいた動きで先頭に出た鉄騎へ襲い掛かった。

歳三はといえば静観している。

鉄騎が殺る気満々であったからだ。


根が不可読空気民体質に出来ている歳三は勿論空気が読めないが、しかし殺る気ならば読める。鉄騎は半身になって、なにやら構えているではないか。


──ありゃあ、間違いねぇ。必殺技だ。抜刀術の構えじゃねえか。俺は詳しいんだ。無宿浪人・無限の天心を全部読んだこともあるからな


無宿浪人・無限の天心とは明治の時代を舞台とした剣客アニメであり、達人剣士である天心が主人公だ。

内容は非人道的なものである。

なにせ彼は不老不死の奇病に侵されており、斬られてもその傷は塞がり、そして老いる事がない。それゆえに自身の命を軽視する事甚だしく、周囲の者達の表情や心が只管に曇っていくというものなのだ。


それは兎も角として鉄騎は半身となり、やや腰を落としている。

しかし大事なものが見当たらない。


──あれ?でもてっこは得物を持っているのか?腕から生やしていなかったか?


鉄騎は右掌に左拳の親指側を当てている。

そして、ヤクザ・モンスターが飛び上がり、鉄騎に襲い掛かってきた瞬間、左手がまるで刀を抜き放つ様な所作で振り切られた。


ヤクザ・モンスターは上半身と下半身を切断され、地面でビチビチと激しく悶えている。


「なにっ」


歳三は思わず声を出した。

鉄騎の左手にはなにやら筒のようなものが握られており、筒の先からは蒼い刀身の様なものが生えていたからだ。


──刀、じゃねえな。炎か!


見ればヤクザ・モンスターの胴体の切断面には焦げ目がついており、焼き切られた事が分かった。


『バーナー・ブレイドです。ロー・コストに加え、使い勝手も悪くありません』


『フツウニ キレバ イイノデハ? ナンデ カッコツケルノ』


鉄騎は澄ました様に言うが、それに対して鉄衛が合理的な指摘を飛ばす。しかし鉄騎はその指摘を完全に黙殺した。

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