蒲田西口商店街ダンジョン②
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佐々波は周囲を見回して頷いた。
蒲田西口商店街ダンジョンの周囲は人払いが為されている。
点々とスーツ姿の男女が散見されるが、これは周辺を警戒、警備するのは "桜花征機" の社員であった。
彼等は皆が皆、探索者としての資格を有している。
一般人のチンピラくらいならデコピン一撃で頭蓋骨を陥没させられる強者ばかりだ。この様子には流石の蒲田特有のイキった探索者達も遠間から眺めているであった。
"桜花征機" はこの日の為にダンジョンの貸し切りという形での使用許可を協会から得ていた。
佐々波は畏まった様子で歳三に向き直って言う。
「 個人通信でも送った事ですが、もう一度口頭で軽く説明させていただきます。"SKR-001"『鉄騎』、"SKB-001"『鉄衛』はそれぞれ前者がダンジョン内での戦闘、後者が探索・索敵を担当いたします」
「二機はどちらもAIによる完全自律行動、そして遠隔操作が可能です。今回はAIによる自律行動の性能評価試験という事になりますね。ダンジョンの環境に、そしてモンスターにどこまで適応できるのかデータを収集致します…しかし、二機には素材は勿論ですが、弊社のロボティクス技術がふんだんに使用されており、率直に言わせてもらえば非常に高額なのです」
「ですから、試験中にイレギュラーが発生した場合は佐古様が二機を護って下さい。報酬につきましては先日お送りした通り、依頼の完全な達成…つまり、二機が無傷であるなら満額お支払いいたします。ただし、損傷度に応じて減算となりますのでご注意ください」
佐々波の説明に歳三は頷き、軽く目線を二機のロボットに向ける。
"SKR-001"『鉄騎』も"SKB-001"『鉄衛』も、それぞれ黒い金属らしきもので作られており、各所に金のラインが走っているどこか高級感を感じさせるデザインで実に歳三好みだ。
歳三は黒色が好きなのだ。
格好いいから。
だが武装や外見は全く異なる。
"SKR-001"『鉄騎』の方は胴体部には鎧の様な装甲、そして腰部にスカート型のパーツを装着しており、なんとなく女騎士を連想させる出で立ちだった。ただし剣は持っていない。
頭部もバシネットの様な "それっぽい" 兜型の追加装甲を装着している。それらもカラーリングは黒だ。
というより、カラーリングをしていないといった方が正しい。
ロボットに使われている金属は "黒桜鋼" といい、ダンジョンで産出された希少金属である。
通常の鉄やステンレス鋼と比較して、"黒桜鋼" の強度はおおよそ10倍、耐熱性は3倍、軽さでは半分だ。それまでもダンジョンからは未知の金属が多く産出されてきたが、"黒桜鋼" ほどバランスが良い金属というものはいまだに発見されていない。
余談だが豆腐の様に脆い金属というのも発見されている。
ダンジョン産の何でもかんでもが既存のモノを上回るというわけではない。
"SKB-001"『鉄衛』の方は胴体と同じくらいの大きさのバックパックらしきものを背負っていた。佐々波曰く、このバックパックは大型のレーダーなのだとか。
また、外見も『鉄騎』よりメカニカルだ。
『鉄騎』と同じく人型二足歩行だが、瓜実型の頭部には前後左右、それぞれ一つずつ大きめのレンズがついている。
胴体についてはまあ人型と言えるが、『鉄騎』の様に鎧型の追加装甲を身に着けてはおらず、やはりメカメカしい。
歳三は『鉄衛』について、スター・フォースというSF映画に出てくるロボットを思い出した。R3D3と、D3POだっただろうか?あの二機を合わせて2で割った様な…。
歳三はこれでいてロボットアクションゲームや漫画、アニメは大好きだ。 特に年末はクロームフォースドウェア社のロボットゲームの最新作、ガイアードロアⅥが発売されるという事で、ロボという単語には過剰反応してしまうのだった。故に歳三は "桜花征機" の制作した戦闘・探索用のロボットに興味津々であり、自然瞳に力が籠る。余りにも格好いいロボットを前に、歳三のやる気がめらめらと燃える。
瞬間、佐々波の目は歳三の肉体からプロミネンスが迸るのを幻視した。それは人間としてではない、一個の生物としての歳三が内包する膨大な内力の発露だ。
「おおっ…!」
実際に歳三が発光したわけでもないのに、佐々波は思わず手を掲げて目を覆ってしまう。
" 気迫がどうとか、覇気がどうとか…その手の言は合理性失調患者の戯言だ " などと放言して憚らない佐々波だが、この時ばかりは自説を撤回せざるを得なかった。それだけ歳三の見せた気迫、気合…オーラのようなものが凄まじかったという事だ。
──戦闘用ロボを見ただけで闘争心を燃やしている…。成程、この男は戦いの中に生き、戦いの中に死んでいく、そんな類の人間。見ろ、奴の瞳を。まるで真っ黒い太陽みたいじゃないか
内心畏れ慄く佐々波だが、彼もまた大企業のエリート。
精神がバランスを崩している様子をおくびにもださないで、二機のスペック説明をする。これは個人通信では送れない内容であるため、口頭で説明せざるを得なかったのだ。
「飛び出し式の湾曲ブレードが…」
「連続稼働時間は8時間ですが、道中の…」
「『鉄衛』の索敵範囲は…」
「『鉄騎』は瞬間的に…」
佐々波はワァーっと色々と説明をしたが、歳三はいまいちよく覚えられない。メモをすればいいのだが、"メモさせてください" の一言が言えない。どうしても言えないのだ。
かつて歳三はとある難関ダンジョンのイレギュラーである巨竜と三日三晩の死闘を演じた。しかし "メモさせてください" などと大企業の役職持ちと見られる社員に言うのは、それこそ竜殺しより難しいと歳三は考えていた。
何故言えないのか。
恥ずかしいからだ。
四十路男の見栄の下らない見栄である。
愚かしく、滑稽なアダルトチルドレンめいた歳三の見栄である。
歳三はこれでいて見栄っ張りで、しかもメンタルが余り強くない。
20年以上前の大炎上は歳三のメンタルをこれっぽっちもタフにしてはくれなかった。まあ、火事で大火傷を負った経験がある者が火に強くなるわけではないというようなものだ。
買い取りセンターで素材を換金する時など、他の探索者から自身に対しての陰口が叩かれていると思い込んで聴覚の機能を制限して心が傷つかない様にする程にメンタルが弱い。もし、"あいつ20年以上前に痴漢で捕まったらしいぜ" なんて聞こえた日には、恥の念が歳三の心をズタズタに引き裂いてしまうだろう。
先立って、髪の毛がよりあつまったような化け物と戦った際には、戦車の複合装甲を貫通するような槍状の一撃を足刀で叩き切った彼ではあるが、その精神強度は肉体強度を全く反映してはいなかった。
ちなみにダンジョン探索者協会は歳三の前科を承知しているが、はっきり言ってどうでもいいというのが協会の総意である。
欲望のままに多数の婦女子を強姦したとかならともかく、若気の至りで一度尻を揉んだくらいが一体何だというのか。勿論良くない事ではあるが、味を占めて何度も続けているわけでもなし、被害者が激昂し示談こそならなかったが、罰金である20万円は既に支払い済みだ。
更に歳三は社会的制裁も受けており、協会は "委細問題なし" としていた。というより、歳三がそれを気に病んで延々とウジウジ悩んでいる事が問題だと考えている。
ついでに、他の探索者達は歳三の前科を知らないが、もし知ったとしてもどうでもいいと思うだろう。いや、女性探索者などは歳三を色でたぶらかして悪だくみなどを企むかもしれないが。
しかし、当人にとってはそうもいかない。
見栄っ張りだが根が真面目な彼にとって、痴漢の前科があるなどというのはとんでもない事であった。
やむを得ない理由があったわけではない。
欲望の発露のままに尻を揉んだのだ。
生き恥以外の何者でもない。
悪逆暴虐の色キチレイプ・モンスターと言っても過言ではないなどと思っている。
はっきりいって考えすぎ、卑下しすぎ、ウジウジしすぎであった。
真面目である事は良い事だが、歳三の真面目さは自らを精神を破滅させる悪性の真面目さである。
金城権太は、そんな歳三の内面をどうにかしたくて接触したという経緯があった。そう、"仕事" だったのだ。
まあ最初は仕事ではあったものの、現在は歳三に対してそれなりの友情めいた何かを感じてはいるが。
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佐々波はダンジョンに向かっていく歳三を見送ったが、その背に並々ならぬ気迫が籠められている事に警戒心を抱く。
歳三に対するモノではない。
その警戒心の出所は、歳三程の探索者があそこまで気合を入れなければならないほどの事態がダンジョンで発生しているのか?という危惧にある。
勿論、佐々波の危惧は全く的を射てはいなかった。
二機のロボの詳細スペックに関する佐々波の話を余りよく覚えられなかった歳三は、とにかくもう何があっても二機のロボットを護るという決意をみなぎらせていただけである。
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