蒲田西口商店街ダンジョン

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 飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子の三人は、久我善弥にこれまでの経緯、ダンジョン内で何があったかなどを事細かく説明した。


 久我善弥が話を聴き、隣で新田ミヒロがノートパソコンに何やら打ち込んでいる。


 そうして話の大半が終わり、聴取室にふと弛緩した空気が漂った所で飯島比呂が口を開いた。


「あの、佐古さんという方はどんな人なんですか?」


 久我善弥と新田ミヒロが顔を見合わせる。

 二人の表情はやや困惑している様にも見え、飯島比呂は不味い事を聞いてしまったかと内心焦る。


「…いえ、別に聞いてはいけない事ではないので安心してください。ただ、どう答えるべきか少し悩みまして。佐古歳三、乙級探索者です。腕は非常に良いです。性格はユニークですが悪質ではありません。巷で散見される不良探索者みたいなものとはワケが違います。なんというか…修験者みたいな人ですね。名前が知られていないのは当人が実績の多くに対して、非公開の希望を出しているからですね。ああそれと、お礼を言いたいのでしたら注意して話しかける事です。特に若い女性は避けるべきでしょう。彼は若い女性に話しかけられると赫怒するのです。顔が真っ赤になる程怒るんですよ。ただ、それで手を出したり怒鳴ったりするという事はありません。しかし、常人があの気配を受ければまともに立ってはいられないでしょうね。きっと過去、女性から余程ひどい目に遭わされたのでしょう」


「そ、そうなんですか…」


 飯島比呂はごくりと唾をのみ込み、両隣の四宮真衣と鶴見翔子に目くばせをした。"分かったな?" という目だ。

 二人は真剣な面持ちで頷く。

 礼はすべきだとは思うが、それが原因で敵視されるというのはごめんだった。


 三人も探索者となってから久我善弥が言う所の "不良探索者" に絡まれた事はあるが、その全てを一蹴している。荒事が苦手というわけではないのだ。だが、そんな飯島比呂も佐古歳三と敵対するのは絶対に嫌だった。あのワケの分からない技で、あっという間に殺されてしまうだろう。


 三人の様子を観察していた久我善弥は内心ほくそ笑む。


 この久我善弥の言には真実と嘘が入り混じっていた。

 彼が見る所、歳三が女性を憎悪しているとは思えない。


 恐らくは照れか何かなのだろうが、しかし照れだけでもない。きっと畏れに似た感情なのだろう…とそこまで看破していた。

 だが、それをそのまま伝えるわけには行かない。


 なぜならば彼は、歳三の肉体的な強さと精神的な弱さを良く知っているからだ。眼前の女性探索者の容姿は二人が二人とも、一般的には美形に分類されるだろう。話しかけられるだけで赤面する程に女慣れしていない男なぞ、この二人ならその気になれば幾らでもたぶらかす事ができるだろう。


 佐古歳三はダンジョン探索者協会の池袋エリアでも有数の個人戦力である。まかり間違って女に溺れるといった事はあってはならなかった。


 歳三は戦闘能力だけでいうならば、甲級を名乗って余りある。

 しかし、それ以外の面…例えば精神面等に不安が残る…それがダンジョン探索者協会の歳三に対する評価であった。


 歳三はダンジョン探索者協会に従順だ。

 結構な無理も快くきいてくれる。

 職員に対して粗暴な振る舞いはしないし、素材の状態が悪くて買い取り価格が低くても文句ひとつ言わない。


 だから協会としても、それなりに歳三の精神面に配慮をしているのだ。


 ここまでだと協会がまるで人道的な組織の様に聞こえるが、久我善弥が先だって言った "巷で散見される不良探索者" に対しては非常に冷淡である。と言うより、そういった探索者はしばしば失踪をするのだが、それに協会自体が関わっているという黒い噂もある。


 なお、久我善弥の歳三に対する見立ては概ね正しいが、ほんのわずかにズレている。


 歳三は照れているのではなく、本当にしんどいと思っているのだ。

 キラキラと若い連中に話しかけられるだけで歳三は心苦しくなる。

 例えるならば、ニート歴30年の者が、自活して年相応に稼いでいる同年代の者を見るような気持ちになる。若者たちを畏怖するというのはそうだが、それ以上に自身のしょうもなさを自覚してしまうのだ。それは全く、自分の肛門を見るような気分に似ていた。


 だから協会側の精神的な配慮は、性格分析が正しいか誤っているかはともかくとして、歳三にとってはそれなりに助けとなっている。


 ■


『と、言う事なんですよ。どうでしょう、お願いできないものでしょうか?』


 歳三は "桜花征機" からの依頼を二つ返事で受けた。

 それは新製品の実戦テストだ。

 場所は東京都大田区蒲田にある "蒲田西口商店街ダンジョン" 。


 といっても、歳三が何かしらの製品を身に着け、ダンジョンに挑戦するわけではない。


 実際に挑戦するのは企業所属の探索者2名。

 歳三は彼等の護衛である。


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 歳三は仕事が入って嬉しくなった。

 探索者協会の依頼が仕事ではないとは言わない。

 ただ、協会の依頼は自身が選んだモノだ。

 勿論、協会が歳三を選んで振ってくる依頼というのもあるのはあるが、その頻度はそこまで多くはない。


 だが、自分という人間を選んで仕事を振ってもらうというのは、歳三の社会的承認を大いに満たした。


 歳三の脳裏に金城権太との飲み会の話が蘇る…


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『やあ、久しぶりの本物の生ですねぇこりゃ。最近はなんですか、第五のビールとかいうパチモンが流通してるでしょう?第三のビールとやらが出た時もフザケルナ!と思ったものですけどねぇ、どこもかしこも第五ですよ。さて、お味は…お、お、お!喉をビールが激しく、ほら、アレしてくれてるみたいです。参っちゃったなァ』


『そうそう、最近は連日ダンジョンにいっていますねぇ、体は大丈夫なんですか?…おお、それはまた…パワフルですねぇ。まあ全然ダンジョンに行かないヒトもね、いますから。そういうヒトらと比べれば全然協会としても助かりますよ。ただ、極端っていうのも良くないですよ、疲れってのは気付いてから休むってのだとちょ~っと遅いですからねぇ。とはいえ、全く仕事しないってのも良くない』


『仕事はね、程ほどがいいんですよ。仕事しっぱなしだと体も心も壊れますからね。え?全く仕事しないとどうなるかって?そりゃあもちろん頭がおかしくなるんですよ。承認欲求っていうのかなぁー、人間は誰からも必要されなくなった時、頭がこうね、くるくる~ってね。なっちゃうんですよ。なぜだかね。だからね、どういう形であれ "承認" を摂取する事は大切な事なんですな。仕事をすれば社会的な承認が得られますからねぇ』


『程々っていうのは、まあ仕事だけに限った話じゃあないんですけどねぇ…ほら、私の様にね、アレな店にハマってしまうと…ね?女房子供にも逃げられちゃいますからっ!ぶふふふっ』


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 歳三は部屋で胡坐をかき、ヤニをふかしながら頷く。


 ──程々に仕事をする


 護衛というのは程々の仕事だろうと歳三は思う。

 難関ダンジョンの油断ならない魔物との死闘、一秒を争う様なシビアな救援任務…そういったものと比べればスローペースとすら言える。


 ましてや戦闘は護衛対象が行い、歳三の出番はといえば彼等が動けなくなった際の備えだ。


 歳三は再び頷き、しっかり歯を磨いて眠った。



 ■


 翌朝。


 歳三はJR蒲田駅に到着し、西口の方に向かった。

 件の商店街ダンジョンは西口にあるからだ。


 駅ビルには大量の探索者がたむろしている。

 これは蒲田の駅ビルであるグランデュオが国に接収され、探索者協会の支部となったからである。


 とはいえ、旧グランデュオはその階層の全てが探索者協会が占めているわけではなく、協会の支部ともいえるのは東館である。

 グランデュオは東西二館に別れており、屋上階と地階を含めて12階層ある西館は各地の企業が支店を出している。


 探索者協会支部があり、そして物資も購入できるとあってはこれはもう探索者が集まらないはずがない。

 中には柄の悪い者もいるが、所謂不良探索者というわけではない。

 蒲田という地域の土地柄とも言うか、この辺の探索者は大体チンピラっぽい恰好をしているのだ。


 ともあれ、歳三が集合場所へつくとやや困惑気に首を傾げた。

 そこには二体のロボット、そして桜花征機の社員とみられる中年男性が立っていた。探索者と聞いてはいたが、まさかロボット探索者だったとは歳三の想像の埒外の話であった。科学技術の進歩の速度に、歳三の童心は喜びでぴょんぴょんし始める。


「佐古様、本日はご足労頂きありがとうございます。私は桜花征機ダンジョン探索用ロボット開発部門の主任、佐々波清四郎(さざなみ せいしろう)と申します。本日は我々桜花征機が試作開発したダンジョン探索用の戦闘・探索ロボット、"SKR-001"と"SKB-001"の、ダンジョン内での稼働テストの護衛につきまして、何卒宜しくお願い申し上げます」


 佐々波清四郎はきっちりとしたネイビーのスーツを着こみ、ジャケットの下には白いシャツと、落ち着いた色合いのネクタイを締めている。


 細身だが不健康な印象がないのは髪のせいだろうか?

 歳三の短髪には白いものが混じっているのに比べ、佐々波清四郎は艶々しい黒色であった。


 佐々波の丁寧な礼に対して、歳三もまた頭を下げる。

 その様子に佐々波はやや意外そうな表情を浮かべた。

 彼の知るかぎり、探索者という "猛獣" は傲岸無礼を常としている。まあこれは偏見ではあるのだが。

 佐々波は蒲田の探索者を多く見ているので、どうしても偏った見方になってしまうのだ。


 ──彼が言っていたのは本当の事だったのかな


 佐々波が思う "彼" とは、普段歳三と通信している桜花征機の担当者である。佐々波は "彼" から歳三について、ちょっと蒲田っぽくない人、という雑な説明を受けていた。


 ──成程、確かに蒲田らしくない


 佐々波がそんなことを考えていると、ふと目の前に手が差し出されていることに気付いた。

 歳三の手だ。


 佐々波はやや困惑したが、すぐにその意図に気付いて歳三の手を握った。


 握手である。

 歳三は最近学んだ社会人のマナーを実践にうつしたのだ。

 ちなみに、学習先は漫画である。

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