日常2(金城権太、佐古歳三他)

 ■


 四宮真衣及び、飯島比呂、鶴見翔子が生還したのはその日の夕暮れである。三人とも各所に負傷は見られるが、ただちに命に別状があるという事でもなさそうだった。


 まあ当然だろうな、と権太は思いつつ端末を見る。

 件の丁級探索者からは断りの連絡が来ていた。


「真衣…皆も…」


 四宮由衣は感無量といった様子でぽつりと呟いた。


「心配かけてごめんなさい、姉さん…」


 開口一声、四宮真衣が謝り由衣に抱き着く。

 由衣はくぐもった声でバカだのなんだのといいつつ、それでも真衣を抱く力を緩めようとはしなかった。


 それを気まずい様子で見ていたのは飯島比呂と鶴見翔子だ。

 無茶してごめんなさいという念で胸がつまりそうであった。

 そして、自分達の自信が過信であった事を自覚し、赤面の想いで汗すら滲ませている。


「貴方たちも!もう!無茶して!」


 由衣は飯島比呂と鶴見翔子を叱責する事はなく、やはり強く抱きついた。感動の再会に三人の目の端には涙すらも浮かんでいる。


 ちなみに探索者センターには他の探索者達もいたのだが、その場で繰り広げられている寸劇めいたやり取りには誰も興味を向けなかった。


 探索者とは基本的には冷淡なのだ。

 普段のかかわりが無い者に対しては概ね無関心を通す。


 これは彼らが薄情なのではない。

 探索者として自分自身の成長を望むという事は、自身に強い興味を向けているという事になる。つまりそれは他者への関心より自身への関心を優先するということにもなる。

 となれば、ダンジョンは彼等の精神を "そういう方向" へ成長させてしまう。


 勿論限度はある。

 ダンジョンに潜っているうちにサイコパスみたいな人間が量産される…という事はない。

 例えば目の前で血まみれで倒れている他人がいれば、余裕がある時は手を貸したりはするだろう。


 ただ、干渉の度合としては非常に微弱なものではあるが、ダンジョン探索は探索者の精神にも干渉してくるという事は忘れてはならない事だった。


「まあまあ、再会の挨拶はその辺で。生還おめでとうございます。さて、Stermを紛失するか破損するかしてしまったのですよね?信号が途絶えておりますから。協会の規則でしてね、そういった場合には状況を詳しく教えてもらう事になっています」


 権太がそういうと、どこからともなくスーツの男女がやってきて三人に挨拶をした。どこからどう見ても役人の類で、堅苦しい雰囲気をこれ以上ない程放射している。


 飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子らはごくりと息をのんだ。

 無理無謀を押した事で、まさか罰則を受けるんじゃないか?と思ったからだ。しかしその不安は裏切られた。


「やあ!こんばんは!僕は協会の調査部に所属している久我善弥といいます。隣の女性は補佐官の新田ミヒロです。今回君達のダンジョン探索について、いくつか質問と聞き取りをさせてくださいね!色々と聞きますよ!君達が未踏査ダンジョンに挑もうとして動機、探索の手ごたえ、失敗の原因、改善案! ああそうだ、今回の件について協会からの罰則はありません。適正ダンジョン探索中の不運はよくある事ですから!むしろ、未踏査ダンジョンに果敢に挑んだ君達には協会から応急キットをそれぞれ2つ、合計6つ贈呈させていただきますよ!あれも高いですからね!精々活用してください。さあ!聴取室へいきましょう!」


 久我を名乗る青年が勢いよくまくし立てた。

 隣に立つ女性…新田ミヒロは何も言わずにぺこりと頭を下げただけだ。


 久我善弥の年の頃は20代後半だろうか。

 背は高く、細身の青年だった。

 髪は清潔に切り揃えられており、如何にも爽やか紳士といった様子だ。


 彼はダンジョン探索者協会の調査部に所属している調査官として活動している。彼の主な役割はダンジョン探索に関連する各種の出来事や事象を詳細に調査し、その情報を協会内で共有することだ。


 久我善弥は買い取りセンターの右手奥の扉に向かって三人を引きつれ、ドアを開ける前におもむろに権太の方を振り返って言った。


「そうそう!金城先輩!佐古さんに、こういう事はなるべく協会を通す様に言っておいてくださいよ!個人で勝手にやられると報酬を出せないじゃないですか!功績には報酬を!ウチはブラック企業ではないのですから!それに協会を通さないでダンジョンに行く人数と死者の数は相関関係にあるのですからね!頼みますよ!」


 それを聞いて、残された四宮由衣ははっと権太の方を振り返る。

 権太は内心で舌打ちしながら、口止めを忘れた事を後悔した。

 権太としてはたまさか雑司ヶ谷ダンジョンを訪れた歳三が、偶然にも三人を救ったという形にしたかったのだ。


 それは権太が四宮由衣を余り好いていないという事とは関係なく、どういう形であっても職員が探索者に対して個人的な便宜をはかった事を明るみにしたくなかったからである。

 何故ならばそれが横行してしまうと、やれ賄賂だのなんだのという悪だくみをする者も出てくるからだ。


「あ、あの…もしかして…佐古さんが?」


 四宮由衣がおそるおそる尋ねると、権太は鷹揚に頷いた。

 権太はこれでいてべしゃりが得意なので、世間知らずの小娘などは3秒で煙に巻ける。しかし仕事に関する事で嘘はつかないと決めていた。


 ただ、個人的な心情としてはごまかしておきたかった。

 なぜなら、四宮由衣が歳三に感謝感激の言葉を伝えようものなら、歳三は喜ぶどころか表情を歪めて苦悶するだろうからだ。

 権太は歳三の歪んだ自意識に気付いている。

 歳三はメサイアコンプレックスの亜種の様なモノを患っており、それが彼の社会生活を大いに阻害しているのだろうなと権太は分析していた。


 ──ま、仕事だし仕方ないですね。すまんこってすよ、佐古さん


 ■


『はい、はい…データの方は受け取りました。なるほど、データを見てもちょっと挙動が分かりませんね。佐古さんの格闘技はきっと数字や何かからは分からないものなんでしょうね。重量はどうでしたか?…そうですか。はい、はい…その程度の破損でしたら使用に問題はないですよ。いえ、そのままお使いになって構いません。…ええ、そうなんですよねえ、当社としては今後、ハイエンドモデルとして上級の探索者様方向けの製品を出そうと思いまして。そうなれば、着用者の動きについていけなければ意味がないので…。ではこのまま使用を継続してください。仮に使用が出来ない程に破損すれば連絡をいただければ担当者を向かわせますので…。ええ、では今後とも『桜花征機』をよろしくお願いいたします…』


 歳三は通信を切り、大きくため息をついた。

 安堵のため息だ。

 破損の事で叱られると思っていたので、少しだけ心配だったのだ。


 彼はコミュニケーション障害を患ってはいるが、他者と全く会話ができないという訳ではない。

 公私の内、"公" に属する会話ならまあ出来なくはないのだ。

 "私" は相手による。


 歳三は大仕事…つまり、桜花征機の担当者への連絡を終え、緊張で疲弊した精神を慰撫する為に一服する事にした。


 電子タバコなどという惰弱なモノが広まって久しいが、歳三は紙巻を愛用している。何かしらのハードボイルドめいたこだわりがあるからではない。充電を忘れてしまうからだ。例えば自宅の施錠、例えばカードキーを閉まった場所、例えばゴミの日。

 歳三はそういった細かい事をちょいちょいと忘れてしまう。


 その点、紙巻なら安心だ。

 指さえ生えてるなら火をつけられる。

 勿論、ライターを使わない理由はすぐ無くしてしまうからである。

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