新宿歌舞伎町Mダンジョン①

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 夜、二機と向かうダンジョンの目星をつけた歳三は、明日以降の段取りについて考えていた。


 ── 桜花征機に連絡を取って、ダンジョンに向かう事を報告して…どういうダンジョンなのかも伝えておいた方がいいのは勿論、俺もできるだけ準備をしよう


 部屋の隅に置いてあるボディアーマーにお掃除スプレーをシュッシュと吹きかけ、布で磨き上げる。 歳三は桜花征機の企業専属探索者でもある為、当然このボディアーマーも 桜花征機製であった。


 この企業の特色としてはとにかく攻撃偏重である事があげられる。

 そして総じて脆い。


 例えば刃物ならば、非常に鋭いが武器破壊などには極度に弱いだとか、防具であるならば最低限急所は守れる上に軽量だが、割とすぐに壊れるだとかだ。零戦を彷彿とさせるピーキーな仕上がりは非常に扱いづらく、桜花征機の製品は国営企業であるにも関わらず初心者にはお勧めできないものとなってしまっている。


 一応企業側の言い分もある。


『そもそもモンスターを相手にした場合、被弾を前提に考える事は緩慢な自殺と同義です。着用者の安全を第一に考えるならば、1秒でも早く対象を斃す事が何よりの安全策となる。武器ならばより鋭く、防具ならばより軽量に。先手必勝、見敵必殺こそが桜花征機のスピリットで御座います』


 オタクの製品、ちょっとピーキーすぎるんじゃねえかというクレームに対して、担当官が返した言だ。


 ともかく、歳三はそんな桜花征機と契約し、ボディアーマーは欠かさずに装着している。武器については同じく桜花征機製ナイフを所持しているが、こちらはほぼ使っていない。持っているだけだ。蛮族スタイルである所の歳三としては、ナイフを使うより殴った方が早いのだ。別にナイフがポンコツという訳ではないのだが…


 ──なんか、桜花征機の武器っていうのはモンスター向けじゃねえ気がするんだよな


 歳三はふとそんな事を思うが、まあいいやと道具磨きに戻った。


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 時刻は午前0時を過ぎた頃合いである。

 睡眠時間偏重主義に出来ている所の歳三は、この時間は大抵は寝ているのだが、今日ばかりは色々と思う所があり、何となく眠れない夜を過ごしていた。


 ──思ったんだが、今もあの時のままなんだろうか。俺があのダンジョンを探索したのが大体5年前だ。あの時会った奴はちょいとばかり手強い奴だったが…。ダンジョンは "変わる" 事があるって聞く。滅多にねぇことだが…。あのマンションも変わっていないとはいえねぇ。なんだか不安になってきたな。もう少し調べてみるか。ふふ、俺も成長してきたな、なんだかモリモリと社会人パワーが湧いてきた様な気がするぜ


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 西新宿1丁目にあるエイルタワー。

 この地上31階、地下5階の超高層オフィスビルがダンジョン探索者協会新宿支部である。


 素材買い取りセンターは25階だ。

 壁には " 素材が一杯、残高も一杯!みんなニコニコ、明日もハッピー探索 " という狂った標語が掲げられている。

 25階というのがニコニコと関係あるのかどうかは定かではない。


 そんな買い取りセンターは、当たり前の話だが24時間開いている。職員達も健全なシフトで職務に就いており、オフィスの雰囲気は深夜であるにも関わらず澱んでいる事はなかった。


「榊さんたち、そろそろ戻ってくる時間だよな」


 男性職員の声が響いた。彼はカウンターの向こう側に座り、目を細めて時間を確認している。時刻は午前1時。


「うーん、そうね。ヤクザダンジョンだよね。だったらもうすぐかな。出発したのが20時くらいだっけ」

 

 隣のカウンターに座る女性職員が答えた。


 ヤクザダンジョンとは乙級指定 "新宿歌舞伎町マンションダンジョン" の事で、ダンジョンと化す前も余り普通のダンジョンではなかった。というのも、暴力団の組事務所の巣窟であったからだ。


「怪我してないといいけど」


 男性職員が言うと、女性職員はハンと鼻で笑った。


 ──彼、昔から心配性なんだよね。ほら、私が少し咳をしただけで大慌てで龍作散のど飴を買いに走ってたっけ


「あの榊 大吾だよ?なんたって旭真空手8段なんだから!しかも元プロ格闘家なんだよ!191cmの身長から繰り出される "天空墜とし" で何人の選手を沈めてきたと思ってるの!それに彼の仲間達だって大したもんよ、探索者登録してたった3年で丙級にあがったんだからね。紛れもなく天才だよ。そんな天才を2人、超天才の榊 大吾が率いているんだから乙級ダンジョンだってあっという間にドカーンだね!」


 女性職員はやけに早口でまくし立てる。

 彼女は重度の格闘技オタクであった。

 まあ皮肉な事に、その辺の段持ちなどよりも彼女の方が大分肉体強度は上なのだが…。それはそれ、これはこれという事らしい。


「まあ確かに格闘技経験者が探索者に転身して結果を残すっていうのは良く聞くし、榊さんなら滅多な事はないとおもうけどね」


 これは事実だ。乙級探索者、榊 大吾(さかき だいご)は甲級秒読みとまで言われており、探索者協会新宿支部のエースである。



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 む、と榊 大吾は飛び退いた。

 眼前を白刃が横一文字に薙ぎ払う。

 190を超える身長であるにもかかわらず、榊の動きは非常に俊敏だった。


 ──少しでも遅れていれば危なかった。イレギュラーか


 身体は熱く。

 心は冷たく。


 榊は焦る事なく、とびずさるなり両の掌で宙空に円を描いた。


 ──廻し受け


 人型モンスターが撃ち放った銃弾が榊の掌に払い落される。

 銃弾を素手で叩き落とすというのは乙級と言えども中々できる事ではない。表皮で受ける、という事ならば出来る者は多いかもしれない。肉体強度に対してのダンジョンの干渉は強力だ。


 しかし反射神経となると、向上の度合は肉体に比して遅い。

 榊は長年の修錬とその才覚により、この曲芸じみた業でも十全に扱う事ができる。


「榊!」


「怪我は!?」


「大丈夫だ!それより奴は手強いぞ、フォーメーションを組み直す!」


 2人の仲間の声に榊が指示を飛ばす。

 応、という頼もしい声を聞くなり、榊は駆け出した。


 下半身だけ。


「は?」


 そんな声を出したのは榊か、それとも仲間達か。

 べちゃりと音をたてて榊の上半身が床に落ちる。

 同じように下半身もバランスを失って床に横たわる。

 残された者達の鼻腔を擽る血臭、広がる血液。


 悲鳴は聞こえず、代わりに響いたのは銃撃音だ。


 ばん、ばん。


 榊の仲間達の額には黒々とした穴が空いていた。

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