秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑥
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『ナノッチャウノ…?』
モノアイがティアラとハマオを一瞥する。
1秒にも満たない僅かな時間、その間に探索者協会のデータベースへアクセス…名簿と照合し、該当者なしとあれば各種探索者団体・組織の公開名簿へアクセス、照合。ここまでを瞬時に完了させる鉄衛はとても偉かった。
そしてDETVのダイバーである事を割り出した鉄衛だが、それを歳三に伝える事はしない。なぜならば鉄衛が瞬時に相手の情報を把握したことがわかれば、仮に相手が敵対者であった場合に余計な警戒心を生むからである。
まあDETVのダイバーとして顔だししているのならば問題ないとは思うが、あるいは整形で顔を変えて悪だくみをしているという可能性もないわけではない。極小の可能性ではあるが…。ともかくも鉄衛のスキャンは整形で目鼻を多少変えても看破してしまう為、敵味方が不明な状況で手札を晒す必要はない…そう鉄衛は結論づけた。
それに、どのみち歳三がその手の駆け引きが出来るとは鉄衛にはとても思えなかった。歳三にできる事は戦闘のみだ。それ以外はてんでダメだと鉄衛は考えている。
だが、それはそれでいいというか、逆にその方が良いとも考えている。なぜならば歳三が完璧な存在であるなら、自分達の存在意義が無くなってしまうからだ。
──危険度は小。観察を継続。危険度が上昇すれば排除
『モモモモ!モンスタ!サイゾ!ココハマカセナサイ』
鉄衛は銃を構えた。
AIにより軌道計算がされているため、撃てば当たる。
鉄衛は戦闘能力では鉄騎より2枚、3枚は劣るが、手札に関しては鉄騎より多い。とはいうものの、雑魚にリソースを使ってはいられないのでここ最近は銃を多用している。
『
桜花印の廉価リボルバー "梅星" が火を噴き、モンスター達を銃殺していく。安く軽く火力に優れ、すぐ壊れるという如何にも桜花征機らしい銃器である。なお上位モデルに "竹槍" があり、ハイエンドモデルには "
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「そう、佐古さん。それで、これは…一体全体なんでこうなっちゃったんです?あ、私たちはダイバーをしています。DETVは知っていますか?私はティアラというのですが。こちらはハマ王です」
ティアラはぐるりと周囲を見渡しながら言った。
2F部分は瓦礫が降り注ぎ、"補充" されつつあったラブドール・モンスターも潰されてしまったり、3Fから落下してきたピンク・モンスターに圧し掛かられたりしている。
そんなモンスターを、どうみても人間には見えない人型の何かがバンバンと銃撃していた。
──サイボーグ?
すわモンスターかと思えば、どうにもこのダンジョンに似つかわしくないシルエットだ。モンスターの姿形は基本的にダンジョンとなった場所に由来するものとなる。あからさまなメカメカボディはアダルトショップという場にはちょっと似つかわしくない。
更にいえば、佐古を名乗る眼前の男と会話らしきものをしている事から、モンスターではない…ティアラはそう判断した。
とはいえ、モンスターではないからといって敵じゃないというのは早計である。ティアラは警戒心を押し殺しながら歳三へ事情を尋ねてみた。
だが歳三はその質問に答える事はなかった。
無視しているわけではない。
ティアラとハマ王が歳三のお気に入りダイバーであったからだ。ちょっと舞い上がってしまって、何て答えたらいいかわからなくなってしまったのである。
ティアラの動画は丁級ダンジョンの解説が主であるが、解説内容が丁寧で歳三としても学ぶ所が多い。だが慎重に過ぎるという事はなく、ダンジョン攻略の際はかなりアグレッシブなスタイルな攻略を敢行していたりする。キック・ボクシングと銃撃術の融合である "トリガー・コンバット" なるハイカラな格闘技を操るティアラは、歳三の憧れだったりするのだ。
ハマ王もいい、と歳三は思っている。
恵まれた体格を活かして豪快にモンスターと戦う姿は如何にも恰好良い。特にハマ王の大技、背後からの裸締めとアームロックを片腕ずつで行い、そのままバックドロップをする…締めて極めて投げるという凄まじい技、"阿修羅・ボンバ"は、いつか歳三もやってみたいと考えている。
「佐古さん?」
怪訝そうなティアラに、歳三は僅かに後退りながら視線を合わせた。放射される芸能人めいたオーラに圧されてしまったというのもあるが、それ以上になにより、ティアラの質問が歳三にとってはかなり難しい類のものであったからだ。
「あ、ああ、色んな事が…そう、あったんです。奴等…モンスターはゆっくりと、歩いてきた…。まるで死にたがっているように。俺は、そんな奴等を楽にしてやろうと…」
歳三の表情筋がびくりびくりと震える。
歳三は苦悩していた。
彼は漠然とした質問というものが苦手なのだ。
──…一体全体なんでこうなっちゃったんです?
なぜこうなったのか。
"こう" とは何なのか。
なぜ2F部分の天井が崩落したのかと問われれば答えられる。それは歳三がぶち抜いたからだ。
なぜモンスターが降ってきたのかと問われれば答えられる。
それは歳三が3F部分の床をぶち抜いたからである。
だが、『一体全体なんでこうなっちゃったのか』などと言われると、歳三は困ってしまう。何をどんな順番で説明すればいいのか分からなくなってしまう。この辺りの融通の利かなさは歳三の、ある意味でパーソナリティであるとすら言えるだろう。
例えば歳三は、これをしてこれをして、こうしてプラズマを発生させて、と言われれば出来る。それがアニメで見たトンデモ理論であろうと、大抵は出来る。余程身体能力が足りていなければ難しいかもしれないが…。
しかし"火の出るパンチを打って"と言われるとこれは出来ない。漠然としすぎているからだ。
この特性は自閉スペクトラム症(ASD)の一部の特徴と一致する。ASDは社会的コミュニケーションや相互作用の困難、反復的な行動や興味、活動の制限などを特徴とする神経発達疾患だ。ASDの人々はしばしば具体的な指示に対しては適切に対応できる一方で、抽象的な指示や問いに対しては困難さを感じることがある。
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ティアラとハマオは表情筋をびくりびくりとさせている歳三を見て、ああ、なるほど、と感得した。
──この手のタイプの相手は慣れている
そう、ティアラもハマオもコミュニケーション不全中年の相手には慣れているのだ。
「ごめんなさいね、質問を変えます。佐古さんは探索者協会の探索者ですか?はいかいいえで答えてくれればいいですよ」
「はい」
「あの…銃を撃っているロボットは歳三さんの仲間ですか?」
「はい」
「歳三さんは3Fでモンスターと交戦していたのですか?」
「はい」
「それで、戦闘中に床を壊してしまった?」
「はい」
「歳三さんの目的はモンスターから採取できる素材ですか?」
「はい」
「他には目的はない?」
「はい」
「本当ですね?たとえば…私たちを襲撃する意図もない?」
おい、とハマオがティアラの腕を叩いた。
歳三は答えず、代わりにその目がぎょろりと動いた。
ウッとハマオが後退る。
この時ハマオは、熱されたキッチンフライヤーにピッチャー一杯の水をぶち込むが如き絵面をイメージした。
油が灼熱と煮え滾るフライヤーに水をどばどばぶち込めばどうなるか。
乗れるわけがない、そんな灼熱に煮え滾る怒りの油のビッグウェイブには。
──うわああ!俺たちは大やけどをしちまう!だが!
ハマオは咄嗟にティアラに正面から抱き着き、その逞しい背で歳三の凶手からティアラを護ろうとする。
──大丈夫だ!一発までなら!背中は人体で一番防御力が高い!だから一発なら耐えられる!やれるもんならやってみろ!俺の背筋力は720kgだ!
そんなハマオの事を、やっぱり馬鹿だなぁと思ったティアラだが、その目は歳三の挙動を観察していた。歳三の下半身にパワーが
3F部分から襲い掛かってきたピンク・モンスター数体を、歳三の "望月" が蹴り、斬り、祓う。
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やるわね、とティアラは思った。
上部からの奇襲にティアラは気付いていた。
しかしそれを放置して、ぎりぎりまで歳三がどう対応するかを確認したのだ。敵対的ではないにしても、急に気が変わる事はないとはいえない。一枚でも相手の手札を多く見ておきたかった。
「助かりました。ありがとうございます」
抱き着いたままのハマオの手首を180を超える握力でぎりぎりと締め付け、引き剥がし、ティアラはぺこりとお辞儀して礼をいった。
「ああ、ええと…そうだ、襲撃はするつもりはない…ええと、無害だ!害がないっていうことだ…」
『君たちが先に襲い掛かって来たりする事がなければ、の話だ』
モゴゴゴと歳三が言うと、鉄衛が後を引き取る。
「えっ!?てっぺー!?」
歳三が思わず鉄衛の方を見た。
『ナニ?』
だが、そんな鉄衛の返事をきいて、何かが腑に落ちないとでもいうように首を傾げた。
そんな二人を見ていたティアラは、あからさまな作り笑顔で「勿論」と答えた。
歳三に、ではなく、鉄衛に。
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