秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑤
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2F天井部が崩落をした瞬間、ティアラの口は狼狽の声を発したが、身体は即応態勢を整えていた。
降り注いでくる瓦礫を躱し、黒く太くゴツいマグナムを引き抜き、構えるのに1秒も掛からない。
傍らに控えていた "ハマ王" こと、ハマオも同様だ。
撮影機材を構えながら不測の事態に対してしっかり対応している。
「チッ!イレギュラー!?ハマオ!ずらかる準備しときなよ!…あっと…ンンッ…。た、大変です~!なんと、なんと天井が!いきなり崩れてきました!落ちてくる瓦礫の中に、いくつもの影が見えます!モンスターでしょうか!?イレギュラーとの遭遇だった場合、命懸けのチキンレースが始まっちゃいます!カメラマンさん!大急ぎで逃げる準備をして下さいねぇッ!」
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精神の性感を冷たい指でなぞるようなハスキーボイスが、たちまち向日葵を連想させるような明るく快活、それでいて庇護感情をよびおこされるようなモノへと変質する。
よくやるよ、とハマオは思い苦笑した。
ティアラはこの期に及んでなお動画のアップロードを諦めていない。動画をあげれば金がはいるからだ。
ここ最近、ティアラはレベルを上げようと考えていたのだ。
レベルを上げれば収益の取り分が増える。
レベルを上げる為には動画をあげるのが一番である。
ちなみに、これまではさぼっていたわけではなく、身体能力の向上に努めていた。
これはなかなか大変だ。漫然と探索するのではなく、強い意思を持って何度か死線を超える必要がある。
だがハマオはティアラに付き合ってきた。
というよりも、ティアラから言われればハマオはどうにも断れないのだ。
二人の関係はとあるSM倶楽部の
全員が全員そうだとは限らないが、水、あるいは風の仕事に就く目的なんて金以外には存在しないといっても過言ではないだろう。もっとも、男性従業員の場合は話が変わるが。少なくともこの大変異後の日本に於いて、水商売や風俗業の店の従業員に就く男などは大体が過去に瑕がある者が大半である。
そして基本的にそういう店の嬢というのは、男性従業員の事などは虫ケラの様なものだと考えている。それが益虫か害虫かという違いはあるにせよ、どうあれ自身と同じ人間だとは見ていない者が多い。
ティアラもその例に漏れず、ハマオの事を図体がデカい虫ケラだと思っていたが、ある日を境に多少見直す事となった。
ある日というのはSM店のオーナーのヤクザがティアラを気に入り、自分の店の商品なんだからロハで抱かせろと迫った日の事だ。それを断ったティアラを従業員たちが抑えつけ、すわ公開レイプかとなった時、ハマオがずんずんとヤクザと従業員たちに向かっていったのである。
生まれと育ちが悪いが為に暴力に対して忌避感がなく
頭が悪い為にトラブルの解決策を暴力以外に見出せず
要領が悪い為に木っ端とはいえヤクザに手を出したらどうなるかに思いを馳せる事ができない
それがハマオという男であった。
暴力をちらつかせて周囲を威圧するのがヤクザというものだが、ハマオの場合は暴力を振るう事で周囲を威圧する。
ハマオはたちまちのうちにヤクザと従業員を血祭りにした。
趣味で総合格闘技をやっているような巨漢に、心得もなにもない一般人がどうして敵うだろうか。
結句、ハマオは夜の世界でも働けなくなったどころか、ヤクザから付け狙われる身となった。ティアラも似たようなものだ。
大変異前ならあるいは二人とも野垂れ死んだかもしれない。
しかし時はダンジョン時代だ。二人は新進気鋭の探索者団体、DETVに潜り込む事にした。何をしていいか、どう生きればいいか、混乱していたハマオを誘ったのはティアラである。
『あんた、行き場所ないんでしょ?私もなんだけど、良かったら一緒にダンジョンいかない?バケモン相手にするなんて、いつくたばるか分からないけどさぁ…このまま
ダイバーになれば金は稼げるし、なによりも"強く"なる。暴力団が恐ろしい理由の大半はその暴力にあるからで、暴力団以上の暴力を身につければ暴力は怖くないというのは非常に合理的な考えであった。なお、探索者協会ではなくDETVを選んだのは、やはり金銭面での意味が大きい。ともあれ、探索者の組織に身を寄せる事が大事なのだ、とティアラは考えていた。
それは、暴力団と言えども探索者組織に手を出すというのは、相応の覚悟を要求されるという背景があるからだ。
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ダンジョン探索者協会の女性職員に手を出した暴力団員が所属する組織が、文字通り殲滅されたのは多くの国民の記憶に新しい。
探索者協会のマンハント部隊が一夜のうちに当該暴力団員の命を奪ったのだ。暴力団員とはいえ、数十人もの人命が一夜にして失われた事に対して、当然ながらマスコミは強い論調で非難した。
それに対して内閣官房長官の石田拓真は記者会見でこのように答えた。
『ダンジョン資源は今や日本国の経済全体に非常に大きな影響を与えています。国民生活のあらゆる場面でダンジョンから得られる資源が活用されており、これは国防の面でも同様です。そしてダンジョン探索者協会はそのダンジョン資源の回収に大きく寄与してくれています。その協会の職員に手を出すという事は、是すなわち日本国そのものへの敵対行動であると見做して差支えないでしょう。更に言えば、人権とは人間に適用されるものです。明確な敵対行動を取ってくる存在を政府は"人間"とは見做しません。有害鳥獣という扱いで処理して問題ないでしょう』
これは異様に過ぎる会見であった。
だが、世論は政府に同調する。
暴力団が女性に手をだし、それで皆殺しにされたとして何がどう問題なのか?という論調が主流であった。
勿論政府の強硬姿勢に危惧を抱く者達も少なくはなかったが、それでも暴力団の存在そのものを擁護する事は非常に難しかった。
奇妙な話でもあった。いくら日本人が付和雷同しがちな国民性だからといって、自己責任論の声が大きくなりやすいからといって、だからといって虐殺が許容されるというのは奇妙と言わざるを得ない。
マスコミにしても同様であった。
当初こそマスコミは各メディア媒体で政府の人権無視と、世論の政府よりの態度に激しい批判を展開していたが、そのうちそんなマスコミの調子は鳴りを潜めてしまった。
──"力こそ正義"
そんな時代も確かにあった。
あったが、現代はそういう時代ではない筈だ。
だが、大変異以降、日本…いや、世界で何かが変わってしまった。
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ともあれ、ティアラとハマオは探索者となって命を永らえた。
DETVに所属して以来、ティアラとハマオは金に困る事が無くなった。社長の尾白は銭ゲバで会社もブラックめいてるが、過去の生活を思えばワケはない。
「やっぱりモンスターかッ!ハマオ!バケモンの姿がみえたら撃ちな!」
うす、とハマオは銃を構える。
やがて土砂煙の向こうから一体のピンクモンスターが姿を表した。ブヨブヨと青膨れした気味の悪い化け物だ。
背広がばつんばつんに張り詰め、全身の各パーツが倍するほどに肥大している。
下半身はスラックスを身に着けているものの…
「うぇっ…あいつおっ勃ててますよ…」
ハマオが表情を顰めて言う。
ブヨブヨ・ピンクモンスターのスラックスを突き破るものがあった。成人男性の肘から先程の太さ、長さのマラだ。
ティアラはぺっと床に唾を吐いてマグナムを構えた。
「はんッ。私の好みの形じゃないね。撃て!」
轟音が響く。
ブヨブヨ・ピンクモンスターに何発も銃弾がぶち込まれ、悪臭を放つ血がまき散らされ、悍ましい絶叫…例えば豚を尻尾の方から摺り下ろしていったならこのような絶叫をあげるだろうか。そんな声が部屋に響き、ブヨブヨ・ピンクモンスターはその場に斃れた。
だがまだ影はいくつも見える。
その数は5つか、6つか。
「弾は?」
ティアラが短く問うと、"あと三つあります" とハマオが答える。27発入りのマガジンがあと3つという事だ。
ちなみに、なぜ小銃を使わないのかといえば単純に高額だからだ。これらを気楽に購入できる層というのは、小銃より高い攻撃力の高い手段を持っている可能性が高いというのもある。
──足りるだろうけど、多数を同時にはうまくない、か。なら退く。視界も悪い
「ハマオ、逃げるよ!」
ティアラは素早く判断し、踵を返そうとした所で足を止めてしまった。影が次々破裂していったからだ。肉片がティアラたちの足元へ飛び散ってくる。
──誰だ!?モンスターを殺したという事は、同業者か…?
ティアラは険しい表情で前方を見つめた。
ハマオは腰からドでかいタクティカル・ナイフを引き抜いて逆手に握り、ティアラの前へ進み出た。
ティアラはダイバーレベル34、ハマオは60で、それぞれが丁級、丙級探索者相当だとされているが、これは正確ではない。かなりガチよりの探索をするティアラの実力はレベル以上に高い。
ただ、DETVでは動画のアップが何よりの "経験値" となる為に、十分な休養期間を取りながら探索するティアラのレベルの伸びは遅々としている。
ハマオはティアラの様に"ガチ"な探索をする事もあれば、金目当ての動画撮影媚び媚び探索をすることもある為、ティアラよりは大分レベルが高い。しかし、ガチ探索の頻度がティアラより低いため、単純な強さでいえばティアラの方が大分上だ。
ちなみに媚び媚び探索とは、ここ最近ティアラがあげていた動画のような探索の事である。
美少女所を揃えてゴミ屋敷を掃除したり、エロダンジョンを探索したりなどだ。そんなもの何が媚びなのかという向きもあるが、ツラが良い者が汚い、もしくは淫靡な空間に赴くという事に価値を見出す者も少なくはない。
なお、ハマオの場合は格闘技系の動画をあげている。
モンスターに対してプロレス技をかけたり、ボクシングを挑んだりとかなり舐めた探索をしているが、そういうものも案外に人気は出る。
ともかく、そんな二人であるからこそわかるのだ。
ちょっとこれは逃げ切れない、と。
「誰だい!名乗りな!」
それで馬鹿正直に名乗る奴はいないだろうが、とティアラは考えながらも誰何した。
モンスターか、人間か。
人間なら悪意があるのか、それともないのか。
最低でもこの辺りは知っておきたいとティアラは考えていた。
単純な質問一つの答え方にも性質というものは出るもので、その辺りの感情の機微を読み取る事にかけてはティアラは人後に落ちないと自負している。
なぜならば何年も何年もS女王様として君臨してきたのだ。
オス豚が尻穴をいじられて喜ぶタイプか、乳首を弄られて喜ぶタイプか、目つき一つから感得してきたという自負がある。
そんなティアラの誰何に対し、暫時の沈黙の後…低い応えが返ってきた。
「佐古歳三、47歳…」
と。
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