秋葉原電気街口エムタワーダンジョン④

 ■


 1Fは下品でありながらもコミカルであった。

 2Fは下品でありながらも淫靡であった。

 しかし3Fはやや様相が違っていた。


 薄暗い店内は所々荒れている。

 壁紙が剥がれ、天井の蛍光灯が明滅していた。

 棚は倒され、一つの大きい広間の様になっている。


 荒っぽく形作られた広間には魑魅魍魎の如きモンスターが闊歩していた。


 青白く膨れ上がった背広姿の中年男性然の怪物が居た。


 全身を雑巾絞りの様に絞りあげられ、人型の怪物が居た。服から察するに若い男性なのだろう。


 鍛え上げられた肉体の各所から陽根を生やしている怪物が居た。


 それだけではない。


 女を模した肉人形が四つん這いとなり、男性型モンスターの前で尻を広げて挿入を待っている。悍ましいのはその背に幾つもの赤子の顔面が浮かんでいる事だ。


 正しく、地獄絵図であった。


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『ヴィヴィヴィヴィ スットロイ ヤツラダゼ!カモウチ鴨撃ちカモウチ鴨撃ち…』


 鉄衛がごつい銃を両手に構える。


『アノコ ト チガッテ ブソウ カンタンニ カエラレマセン ユエニ』


 大口径ハンドキャノンが轟音を響かせる。

 吹き飛ぶ血肉!絶叫!!


 歳三は鉄衛の手際を見て、一人でも十分だと考えた。


 しかし奇妙な話でもある。

 モンスター達はただひたすら悍ましく、暗黒魔界の住人にしか見えないような容貌ではあったがしかし、鉄衛にバコバコ撃たれている彼等は、まるで自殺志願者の様にふらふらと歩み寄ってくるのだ。


 ──苦しいの、か…?


 歳三の胸がキュッと締め付けられる。

 歳三も相応に不細工であるので、ルッキズムに由来する生きづらさというものが何となくわかってしまうのだ。

 容姿の良し悪しなど大した問題ではない、と口では嘯きつつも、しかし鏡を見るたびに自己承認を司る何かが削られていく感覚。


「見ろやてっぺー、あいつなんてよ。目の穴、耳の穴、鼻の穴、口!全部塞がっちまってよ。何メートルもあるかもわからねえデカいチンポに顔が浮かんでやがる。あんな恰好じゃあ社会生活なんて送れねえよ。モンスターといっても生き物なんだろう、来世はもっとマシな姿になりたいって思って、俺たちに手を下して欲しがってるんだろうぜ」


 これは全く違う。

 この階層のモンスターは性欲に支配されており、雌性体だろうが雄性体だろうが構わず孕ませようとするピンク・モンスターだ。理性はない。近づいてくるのも遠距離攻撃、あるいは拘束手段を持たないからである。


 兎も角も歳三は決意した。

 哀れな弱者モンスターを苦しみから解放してやるのだ。


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 #国は安楽死を認めてください

 #逃げ場所のある社会に


 SNSにはそんなタグが溢れている。

 歳三はそれらを見た時、とんでもない話だと考えた。

 自死そのものに対して歳三は意見を持たない。

 しかし自身の最大の苦境に於いてすら選ばなかった選択を、敢えて選ぼうとする人々の苦しみを考えると…何とも堪らない気持ちになるのだ。


 かつて歳三がしんどくてしんどくて堪らなかったとき、精神という器に満ち満ちた苦悩の水が、表面張力一杯にまで張り詰め、零れ落ちそうだった時、歳三は旧友である所の望月の言葉を思い出した事がある。


『いいかい佐古君、辛くても死のうと思ってはいけないよ。佐古君は不器用だ、そして真面目な人だ。とことん辛い事があればきっと死を考える事もあるだろう。しかし多くの人はそこでとどまる。良い意味で不真面目だからさ。だが、君みたいに真面目な人はきっと本気で死のうとし、だがその不器用さゆえにしくじるだろう。要領よく生きられない者が、要領よく死ねるわけがないからだ』


 その時歳三は、なんと残酷な事を言う友なのだと反発をすら覚えたが、しかし心の奥底では世界とはそういうもので、人生もまたそういうものだと感得する部分があった。


 それでもなお、歳三は尋ねざるを得なかった。


『なら、本当に辛い時、どうすればいいんだい。どこにも逃げられないなんてひどいじゃないか』


 すると旧友はこのように答えた。


『簡単さ。助けを求めればよいんだ。個人でなくともいい、組織でも団体でもなんでもいい。いいかい、本当に辛い時、決定的な判断…つまり、自死を選ぶ前に本当に自分には何の助けも、助けとなるきっかけも与えられてないのかを』


 それは余りにもテンプレじみた答えだったがしかし…


 ──日常から非日常へ


 これはダンジョン探索者協会の探索者募集広告のキャッチフレーズだ。歳三はこれをみて、探索者を志す事にしたのである。なお、このキャッチフレーズは大変異以降、全く変わらず使われ続けている(蒲田西口商店街ダンジョン③参照)。


「うおおおおおー!!!」


 歳三は訳も分からず咆哮した。


「俺が!」

 ──ドン!


 歳三が一歩踏み出す。

 強烈な震脚が階層全体を揺るがした。


「あんたらを!!」

 ──ドドン!


 二歩目。もはや足は足首まで床に埋まっていた。歳三の震脚の強烈さを窺い知る事が出来る。


『ヤ、ヤメロォーッ!クズレル!』

 そんな鉄衛の言葉は歳三には届かなかった。


「ぶっ救ってやるころしてやる!!!」

 ──ドドドン!


 歳三は絶叫し、震脚により蓄えられた床からの反発力をそのまま腰へ、腰の捻りにより更に練りあげられた力を腕に通し、左掌を繰り出す。結句、とてつもない爆発力を秘めた必殺の一撃…発勁が、正面の巨大陽根・モンスターの竿の部分へ叩きつけられた。


 ちなみに発勁とは摩訶不思議な気のパワーで敵を倒す技ではなく、"力の発し方" を言う。

 歳三の発勁はそういう意味で正当発勁と言えた。光らないし、レーザーが放たれたりもしないので。


 ただし…


『バカモノ!ユカガ!ユカガクズレル!』


 鉄衛はただちに防御態勢を取り…3F部分の床が破砕され、歳三や鉄衛はおろか、ピンク・モンスターの群れともども階下へと叩き落とされてしまった。


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『え~!次は2Fですね、…っと、ここにも戦闘痕が…って…え?』


 ティアラが天井を見上げた。


 そこには大きな罅があった。

 爆発音のような轟音がする。

 そして、広がる罅。


『な!ななななな!何!?何なの~っ!?』」


 がらがらと瓦礫が落ちてきて…

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