きょくしんまつり③~襲撃~

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 ジャージおじさんは歳三に聞いてもいないのにぺらぺらと自身の素性をしゃべり散らした。酒の勢いもあるのだろうか?と歳三は缶を見るが、アルコール度数は5%。つまり色のついた水といった所である。


 李 宋文リー・ソンウェンといい、在日中国人である。中国は中国・河北省出身で、日本に移り住んで久しい。最近帰化申請が通ったようだが、名前は中国名のままだ。本人曰く、父母が名付けてくれたものだから、と。


「なぜ日本へ?」


 アルコールの勢いも手伝ってか、歳三が問うと、李はやや躊躇いながらも口を開いた。


「まあ国のね、方針が少しね。…それで、両親ももういませんし、いっそ日本に帰化してしまおうかと。私は中国で"覚醒者"…ああ、こちらでいう探索者だったものですから協会も色々世話してくれるそうで。こっちでも探索者をやらせてもらっていましてね。まぁ審査というか、検査みたいなのはありましたが何とかその辺はね」


 李の言葉に、なるほどと頷いてもう一口ビールを含む。なるほどとは頷いても歳三には話が良く分かっていない。あんまり景気がよさそうな話でもなさそうだな、程度の感想である。だが歳三は酒を飲みながらの会話というのは、雑で適当なくらいが良いのだと経験則で知っている。


「それで、佐古さんもやはり空手か何かを?差支えなければ流派などを教えていただければ…」


 李が興味深々といった様子で歳三へ尋ねた。李の見る所、歳三は体格に優れているというわけではなく、立ち居振る舞いに業の煌めきが見られるというわけでもない。しかし何か感じるものがあるのだ。それは非常に曖昧なイメージだが…


 荒れ果てた大地に脈々と流れるマグマ…そんなパワーを感じる。


 だが、ここで困ってしまったのは歳三であった。歳三は確かに"空手か何か"を修めていなくもないが、なんというか…真っ当ではない。


「え、ええ。そうですね、色々とね。自分スタイルというか…勉強をしてます」


 などとエアプめいた返答を返す歳三に、李は朗らかな笑顔を向けた。異様なほど真っ白い歯に歳三は驚く。歳三は歯磨きを怠ってはいないが、それでもヤニのせいで黄色いのだ。


「ほう、我流という事ですか」


 李の言葉に歳三は頷く。なるほどねえ、と李は何かを納得したかのように二度、三度と頷いて、そこで歳三の視線に気付いた。


 歳三は不躾なほどに李の口元を凝視していたのだ。正確には、驚くほど真っ白い歯列を。


「ああ、これですか。いや、どうもね。やはり私らは歯を食いしばるでしょう?力を込めたりするときは。だからやっぱりね、ボロボロになってしまうじゃないですか。歯が。私の奥歯なんてもう完全にすり減ってしまって。歯科医が言うのは、全体的にもろくなってるからいっそ全部取り換えましょうか、と。この年で総入れ歯はちょっとねぇ、私も悩みましたが、ありがたい事に入れ歯ではなかったんですよね」


 差し歯という事だろうか、と歳三が思っていると、李が続けた。


「人の幹細胞から歯を完全再生できるそうで…まあ詳しい話はわからないんですけどね」


 便利ですねぇ、などという月並みな返事を返し、おっさん二人はそれからも他愛ない会話を続けた。陽キャも暇を持て余したのか、いまは端末を弄りながら大人しくしており、スポーツ女も陰キャもそれぞれの時間を過ごしていた。


 出発から3時間弱。京都までは6時間少々なので、折り返し地点に入った事になる。


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 事態は静岡サービスエリアの手前で起こった。

 突然車体が大きく揺れたのだ。


「な、なんだぁッ!?」


 剣 雄馬こと陽キャが叫ぶ。

 その時車内に抑揚のない電子音声が流れた。


『襲撃ヲ受ケテイマス。襲撃ヲ受ケテイマス。襲撃者ハ銃器ヲ使用。ナノマテリアルアーマー、及び攻性防禦機構起動』


 ナノマテリアルとはわかりやすく言えば非常に細かい粒子の事だ。そして非常に細かい、非常に小さいということは質量あたりの表面積が大きくなることを意味する。小さければ小さいほど、表面に露出する原子の割合が大きくなるという事だ。


 表面積が大きくなれば一体なにが得なのかというと、より大きく、効率的に化学反応を起こせるという利点がある。


 化学反応とは結局の所、物体と物体の接触…原子と原子の接触から起こる事で、その面積が大きければ大きいほどに引き起こされる反応の規模が大きくなったり、より効率化されるというのは自明の理である。


 探索者協会が用意したこのキャンピングカーは防御機構としてナノマテリアルが採用されており、これは車体表面に塗布されたナノマテリアルが、キャンピングカーのバッテリーから流れる電流によって反応、硬化するというものだ。


 その防御力は確かなもので、120mm滑腔戦車砲の直撃に耐えられる…とまではいかないものの、対人用の銃器程度ならかなり長い時間耐え抜く事ができる。


 だが問題は、相手が使用している銃器はどうもただの対人用の銃器ではなさそうだ、という点にあった。


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「大変だぁ…こりゃあ…」


 歳三がまるで他人事の様に言う。

 アクション映画のワンシーンのような事態に思考が追いついていないのだ。

 窓から外を見ようにも広がる罅のせいでよく見えない。


 明らかに車体は損傷を受けていた。

 揺れる車体、耳を劈く様な銃声、火薬の匂い。


 幸いにも歳三を含む5人の探索者達はパニックを起こしてはいないが、襲撃という剣呑な事態、そして走行中という事もあって、取るべき手が見当たらないという焦燥感に頬を焼かれているようであった。


「困った、な」


 歳三がぽつりと言うと、ジャージおじさんが頷いて言った。


「襲撃なんて一体ドコが…旭真大館でしょうか?いや、流石にそれはないか…。すると、まさか…」


 ジャージおじさんは一つの可能性に思い至る。

 彼もここ最近、日中間の関係が急速に冷え込んできている事には気付いていた。特にダンジョン周りの事で殺伐とした足の引っ張り合いをしている事も知っている。


 ──党はとにかく日本の探索者協会を目の敵していたが…


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 ジャージおじさんが考えているのは、つまり中国からの横槍ではないかという懸念であった。旭真大館が開催する旭真祭は世界中が注目する格闘技イベントである。そのイベントを不首尾なものにしようという中国の工作ではないかとおじさんは考えている。


 たかが格闘技イベントではないか、と大変異前の者がみたなら思ったかもしれない。だが、現在はやや状況が変わる。


 大変異前、格闘技のイベントは格闘技ファンくらいしか注目しなかったのだが、このダンジョン時代において世界中の人々の認識が少しずつ物騒なものへと変わっていった。


 力こそ正義、というようなあからさまなものではないが、弱肉強食イズムというか、生物的な力の多寡が重視されるシーンが少しずつ増えてきたのだ。学者の中にはその意識の変化はダンジョンにより齎されたものだと唱える者もいる。


 ともかくも、そういう世界共通意識下に於いて旭真大館の開催する旭真祭に限らず、世界各国で催されている格闘技のイベントは、手っ取り早く"強い人間"を見る事の出来る最高の娯楽と化していた。


 そのようにして各国の視線が注目する中で、仮に探索者協会が送り込んだ探索者達が全員不参加であったらどうか?有体に言えば、"舐められる"という事態にならないだろうか?


 極論だが、各国からのスパイの類は増大し、重要な機密を抜かれ放題という可能性もないではない。世界はどんどんきな臭くなっており、いずれは探索者を戦争の際の戦力として使用する時代は来るであろうということはどの国も予想はしている。その時代にそなえて、力を示しておく必要があるのだ。真に弱肉強食の論理がまかり通る時代がくれば、弱い国はただ餌場になるしかないのだから。


 更に、日本ダンジョン探索者協会と旭真大館という二大武闘派組織に対する離間工作と見る事もできる。まあこの点については、そもそもが関係はよくないため、余り意味がないかもしれないが。


 だが、とジャージおじさんこと李 宋文は考えた。おじさんは器用なので襲撃によって車体がバチクソに揺れていても考え事ができるのだ。


 ──確かに国際的な注目度は高い。しかし、恥をかかせるためだけに襲撃をするだろうか?リスクも大きい。もし捕縛されれば、表面上は問題無い様に装っている二国間の関係に亀裂が走る


 おじさんの中にはそんな疑問がある。


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「襲われるのは、困る…」


 スポーツ女が力無く言った。

 流石にヘッドフォンはもう外しており、心配そうに白く罅がはいった車窓を眺めている。


「これは!!!」


 陽キャが叫び、続けていった。


「もしかしたら、大変なんじゃねえか!?」


 陽キャの言う通り大変な事態である。

 何せ襲撃されているのだ。それでもパニックに陥っていないのは、この場の者達全員が一度ならず死地を経験してきた為である。


「分かったよ、取り合えず困ってないで脱出しない?車が停まってしまったらそれこそハチの巣にされちゃうよ」


 と、陰キャ。走行中の車から脱出かぁ、と一同がげんなりしていた所、事態は更に変転した。


『車体損傷、許容量ヲ超過。当車ハ間モ無ク爆破・炎上シマス。乗客、乗務員ハ速ヤカニ脱出シテクダサイ』


 そんな不穏なアナウンスが流れ、一斉の左右のドアが開いた。

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