きょくしんまつり④~会敵~

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 静岡SAは新東名高速新静岡IC手前に広がる一大サービスエリアだ。規模と機能性に優れ、毎日多くの利用客が出入りする。


 敷地内にはドッグラン、展望広場、急な通話が必要な際に便利な公衆電話などが完備されていて、探索者向けには独自の休憩スペースや装備メンテナンスエリアも設置されている。ちょっとしたホテルなどもあり、ホテル屋上にはヘリポートまである。


 静岡SAだけが特別充実しているというわけではなく、この時代のサービスエリアはどこも似たような規模である。各地のサービスエリアを拠点として近隣のダンジョンへ出向く者も少なくないのだ。


 エリア内には騒々しく泣きじゃくる子供と、その子供をいらだった様子であやそうとする疲れ切った女性。そんな女性を見つめるも、どう対処してよいかを知らぬまま狼狽えるが、なんとか平静を保とうと努力するどこか萎れた表情の男性がいる。


 さらにはスーツ姿の男性、若い男女のカップル、そしてどう見ても学生であるにも関わらず、中年男性と何やら微妙な関係性を醸し出している怪しい二人組。これは恐らくは不味い感じの不倫であろう。


 威厳のある法衣に身を包んだ坊主、そして探索者と思しき青年…青いボディアーマーに身を纏っている。馬鹿でかい狙撃銃を背負う女性が隣で青年と笑顔で何事かを話している。


 平日にもかかわらず、一般人で賑わっており、さらには一般人以外の者達も各所で一息ついている。


 そんな多種多様な人々が交錯する空間に、突如としてキャンピングカーが侵入した。


 何台もの一般車を文字通り蹴散らし、地面との摩擦で火花を散らしながら、ついには轟音を立てて横転する。歳三たちはその横転する一瞬前、ころげおちるかのように車から飛び出していた。


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「やばいじゃん!やっば!どーすんだよこれ!警察か?消防?番号なんだっけ…やば!事故じゃん!…事件?」


 陽キャこと剣 雄馬つるぎ ゆうまがヤバヤバ言いながら端末を取り出そうとするのを


「後にしようよ。囲まれてる。隙を見せちゃだめだ」


 と陰キャこと毛利 真珠郎もうり しんじゅろう が制止する。その視線は陰のオーラに濁り、厭わし気に前方へ投げかけられていた。


 スポーツ女は落ち着かない様子で左、右とに視線を向けている。


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 ジャージおじさんこと李 宋文は隣に突っ立っている歳三にちらと目をやった。


 ──落ち着いている…。まるで何も考えていないかのようだ。胆が据わっているようだな。他の三人も余り動じていない。皆無事に切り抜けられればいいが…それにしてもなぜ誰も声をあげない?こちらを見ない?これはまるで…


 いつのまにか10人近い男女が歳三達を取り囲んでいた。


 周囲の一般人も探索者達は固唾を飲んで見守っている…ことはなかった。サービスエリアには多くの人々がいたが、なぜか歳三達と襲撃者達の周辺だけ人はおらず、キャンピングカーが突っ込んで一般車を蹴散らしたにもかかわらず、騒ぎにもなっていない。


 雰囲気も異常だった。

 営利目的での襲撃というより、仇討ちかなにかのような悲壮さすらも感じ取れる。


「佐古さん…彼らは銃をもっているようです。手元を注意して、撃たれる前に身を…」


「…………」


 ジャージおじさんの言葉を歳三は聞いていない。何が起こってるかもよくわからない。いや、一つだけ分かる事がある。


「ほうれん、そう…」


「なんて?」


 ぼそりと呟く歳三の言葉に、ジャージおじさんは思わず聞きかえしてしまった。


「ほう、れんそう…」


 再び呟かれる"ほうれんそう"という言葉。


 この時歳三の脳裏にはふくよかな中年男性の姿が想起されていた。同時に過日の過ちが歳三の胸中に苦い波動となって伝播する。


「佐古さん!危ない!」


 ジャージおじさんは叫ぶ。

 前方に佇む不審者が銃撃したのだ。


 緊迫の瞬間。


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 それは探索者となって数年程たったある日、歳三が誤って自宅でSterm端末を破壊してしまったという悲しい出来事があった。


 寝ぼけて握りつぶしてしまったのだ。だがそれは悪意あってのことではなく、事故である。

 協会で再支給をしてもらえばいいだけの話だ。

 だが歳三は壊した事を叱られるのではないかと不安に思い、破壊したことを隠蔽しようとしたのである。隠蔽といっても、壊してしまった端末を布団の下に隠し、数日間探索にも協会にも出向かなかっただけの事であるが。要するに引きこもっていたのである。


 だがそこで問題が起きた。


 Sterm端末は所持者のバイタルサインも協会に送っている。それが数日間途絶えたとなれば、所持者の死亡を意味する。


 歳三の様なケースの場合、破損が確認されたならば速やかに協会へ連絡をすることが義務付けられているが、歳三はそれを怠った。


 たちまち協会から生存確認の意味も兼ねて、職員が歳三宅を訪れ…そして事態をしった金城権太は懇々と歳三に説教をしたのである。


 ──『良いですか、佐古さん。失敗に限らず、想定外の出来事は誰にでもあるし、どんな時でも起こり得ます。そこで大事なのが報告、連絡、相談…"報連相"です。社会人として最低限これだけは出来なければなりません。大切なマナー、ルールなのです。…しかし、かなしいかな、実社会において、それは往々にして破られがちです。そして、意外な事に責任感があると思われている人が"報連相"を守れない事も珍しくないのです。それは、失敗を取り返そうと自分一人の判断で原状を回復しようとしたり、被害の多寡を主観だけで見積もって、これくらいなら自分だけでどうにか出来る、と判断してしまったりするからなのです。同僚に、上司に、所属する組織に迷惑をかけたくない、だから自分で問題を解決してしまおう…そんな意識がクドクドクドクド…』


 歳三、32歳の夏の出来事だ。


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 歳三は慌てた。こんな事態になってしまっては時間通りに現地へ到着できないのではないか、と。それはすぐにでも協会に伝えなければならない事だった。


 サボタージュだと思われてはたまらない。


 歳三はあわてて端末を取り出し、眼前に迫る銃弾を手の甲ではたき落としつつも、金城権太への通話要求を送信した。


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 んん!?っとジャージおじさんは目を見開き、歳三を凝視する。自分達を取り囲む不審者と思しき集団は事もあろうに銃を取り出し、こんな公衆の面前で発砲までした。


 銃火器というのは一般人にとってはもちろんのこと、探索者にとっても警戒に値する凶器である。正しい姿勢、正しい心持ちで正面から向かい合えば、銃弾をいなせる者というのも珍しくはないが、不意打ちや体勢が崩れている状態で銃撃を完全に防ぐというのは中々難しい。


 銃弾のいなし…それはジャージおじさんにとっては然程難しい事ではないが、それが相応の技術と練度を必要とする業であることを彼は理解している。


 ──あの人は読めない人だ


 ジャージおじさんはあらためてそう思った。

 彼の見る所、男二人、女一人はそれぞれそれなりに"使う"ようだが、まだまだ立ち居振る舞いには未熟な部分が多く見受けられる。よくわからないのが歳三であった。


 この辺り、彼の見る目がないわけではなく、歳三が余りに自身の引け目を全面に押し出しているのが悪い。


 例えば凄まじい切れ味を持ちながらも物持ちも良い素晴らしいバトルナイフがあったとして、それを売り出す文句がこのようなものであったとしたらどうか。


 ・手入れのコストが高すぎる

 ・柄の部分がべたついている

 ・なんだか変な匂いがする

 ・デザインが貧乏くさい


 切れ味が鋭く耐久性にも優れているのならそれを全面に押し出せばよいのに、全く関係ないネガティブな面を押し出す…そんな商法を取れば売り上げは激減するだろう。


 歳三の"読めなさ"とはつまるところそれが理由である。


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 歳三達を取り囲む襲撃者の一人が、ゆるりとした足取りで前に出た。


 女である。


 黒いシャツ、黒いスカートを着こんだ陰気なスタイルだが、立ち居振る舞いがどこかファッショナブルだ。


 ポケットに手をいれ、やや俯き加減に歳三達に向かって歩を進めていく。


 陽キャ、陰キャ、スポーツ女は女に気付くとすぐに警戒の姿勢を取るが自分からは仕掛けない。いや、仕掛けられなかった。


 女の全身から放射される鬼気に気圧されたのだ。


 濃密な死の予感が不可視の鎖となって、若者たちの足に絡みついていた。


 ジャージおじさんは気圧されている風はないが怪訝な様子だ。


鉄手ティエショウバイリェン…なぜ、日本に」


「…我要为你妹妹报仇,我要杀了你」


 ジャージおじさんの言に、女がぼそりと答える。


 鬼気が、膨れ上がった。

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