きょくしんまつり②~車中~
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キャンピングカーは一定の速度で京都へ向かっていた。運転は自動運転なので一同は思い思いに車中の時間を過ごしていた。
「おーい……なぁ、聞いてる?」
陽キャが尋ねる。視線の先には陰キャ。陰キャはタブレット型端末にかじりつく様にして何かを操作している。
他の面々についても各々が自分の世界に没入しているようだ。
ジャージおじさんは指先で冷えた缶ビールを持ち上げながら、窓の外の風景に目を向けている。空いた方の手を握っては開いて、開いては握って、その度にパキパキと音が鳴っていた。
その音が少し気になった歳三が軽く目をやると、ジャージおじさんの手がボロボロ……というより、古傷だらけなのが目にとまる。
特に指先から第二関節辺りまでは変色すらしていた。鍛錬かなにかで傷ついたにせよ、異様な傷の付き方である。
歳三の視線に気づいたジャージおじさんは、申し訳なさそうに手刀を切って、不意に視線を外して、ビニール袋から缶ビールを取り出し、歳三へ差し出した。まぁジャージおじさんの個人所有物ではなくて冷蔵庫に入っていたビールなのだが……。
ともあれ歳三もジャージおじさんの満面の笑顔に押され、ビールを受け取ってプルを開けた。そしておじさん二人はエア乾杯をし、ビールを飲み下す。
スポーツ女はヘッドフォンをつけて音楽を聴いており、体が小刻みに揺れている。時折鼻歌らしきものを歌うのだが、その音がどうにも奇妙で、この音を耳にした陽キャなどはほんのわずかに意識が遠のくような心地を覚えた。スポーツ女の声が意識を遠のかせる程に不快なものだったわけではない。むしろ涼やかで、早春の朝を思わせる爽やかな声だ。
しかしそこは切り替えの早い陽キャ。気のせいだろうと首を振り、近くに座る陰キャを構い倒す。
車内の様子としてはこんなものである。
大会を前に五名の参加者は特に緊張する事もなく、思い思いに時を過ごしていた。なんだったら自己紹介すらしていない。
「おーい、何書いているんだよ。暇なんだ、少し話そうぜ……ええと……
陽キャがStermを陰キャに翳し、検索をかけた。Stermは協会が保有する探索者のデータベースにアクセスができ、カメラで写した相手の事を名簿検索ができるのだ。勿論個人情報全てがあらわになるという様なものではなく、名前、等級、そして登録支部くらいのものだが。
「ふんふん、丙級ね、まあこれも同じだな。ほ~、群馬に登録してるのか。俺は神奈川だ。横浜生まれ、横浜育ち! ……なぁ、聞いてる?」
剣 雄馬こと陽キャの言葉を、毛利 真珠郎こと陰キャは完全に黙殺している。タブレットになにやら文章を打ち込んでいるようで、陽キャの言葉などは耳に入らないようだった。
「なぁ、何書いてんの」
陽キャは陰キャの肩越しにタブレットをのぞき込んだ。
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──古い古い時計がある。どれだけ古いかもわからない、とにかく古い木製の時計だ。木の表面には年輪のような細かい傷が刻まれている。この深い茶色のパティーナが纏う尊厳は、長い年月の中でしか獲得し得ないものだった。この時計は"星の時計"と呼ばれていた。星の時計は降る星の山という高い山の頂上に置いてあり、世界に流れる時間の流れを……
「……ってなんだこりゃ? 小説か? 何々……"カクヨム"? 小説投稿サイトか? え、お前小説家なりたいの?」
陽キャの質問に、陰キャは凄く嫌そうな顔をして答えた。
体の線は細く、肌は白く、いかにも不健康な陰キャという風情の彼だが、その声は外見に似合わず低くどこかドスが聞いているというか、雰囲気がある。
「ねぇ、口に出さないでくれよ。恥ずかしいし。後、話しかけないでくれ。気が散って執筆できないよ。一日一回更新しなきゃ読者が減るじゃないか。あと小説家になりたいわけじゃないよ、趣味なんだ。それに、小説家になんかなれないよ。実家の道場を継がないといけないからね」
陰キャが陽キャに抗議する。
そこで陽キャは"あ、そうか、そういえばコイツも空手家? なんだった"と思い至る。
「道場を継ぐってすげぇな! 俺は我流だからなァ。お前、ハマ王って知ってる? 地元の先輩なんだけどよ、すげぇ喧嘩が強かったんだ。俺もあの人みたいに強くなりたくってビルから落っこちてみたり、体に火をつけてみたりしたんだけど……って、あれ? 聞いてる? あ、聞いてない感じ? 忙しそう? ごめんな」
陰キャは再び執筆作業に戻っていた。
陰キャの横顔は冷然としており、もはや陽キャの如何なる戯言にも応じないという強い決意すら感じる。
陽キャは少し落胆しながらも、それ以上陰キャに構うのを諦め、次の獲物を求めて車内を眺めまわした……
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