きょくしんまつり①
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旭真祭2日前。
池袋から京都まではいくつかの乗り換えを経て、品川からのぞみを使う……というのが一般的ではある。あくまで電車移動の場合だが。しかし、今回の旭真祭参加にあたっては協会からの特命という事もあって、協会が足を出した。
というより、電車移動が原則禁止されたのだ。
理由は一同に説明されていない。
ただ、全員同時に現地入りするように、というお達しが協会からあった。
一同は知る由もないが、この時すでに協会は一部の反社会的組織の蠢動を察知していた。それが国内の反社会的分子ではなく、国外からの工作員の類であることも。
即座に"処理"をしないのは、情報の漏洩を防ぐことだけが情報戦ではないからだ。欺瞞情報を掴ませることも情報戦の範疇である。
ただ、これは日本だけの話ではなく、日本もまた各国に工作員を送っているのだが。
大変異以降の国際情勢は非常に剣呑で、不穏で、いつなんどき見た目上の平和が"弾け"るか分からなくなっていた。技術が進めば進むほど、経済が発展すればするほどにきな臭さが強まっていく。
なぜそれほどまでに急速にきな臭くなってきたかといえば、人々の価値観が変わってきているからである。
人々は争いを許容しつつあった。
大変異前、戦争に対する日本国民の価値観はといえば、戦争への嫌悪感が大を占めていたが、今はやや異なる。
国を、故郷を、友人を、恋人を、家族を、そして自身を守るためなら軍事力の行使……つまり戦争もやむを得ない、という価値観が主流だ。国がそう世論誘導したのではなく、ごくごく自然にそういう価値観へ変わってきているのだ。
ダンジョンの干渉は探索者だけに及ぶものなのだろうか?
現時点でその答えを知る者はいない。
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一般の道路を行く他の車両とは一線を画す大型のキャンピングカー。その名も"梟03"。
JR池袋駅東口の階段を下ると、頭部が猫で胴体が梟の不気味な怪物の彫像が目に入るだろう。
ともかくも、これが探索者協会が所有する高級キャンピングカーであった。
外見は落ち着いたネイビーのボディ、内部はそれなりに金がかかっている。大型の冷蔵庫、フルセットのキッチン、そして高級ベッドまで完備されている。また、運転席の背後にはミーティングスペースがあり、移動中も作戦を練ることができる。移動する高級ホテルと言ってもいい。
更にいえば、何を想定しているのか機銃まで装備してあり、窓ガラスはすべて防弾だ。協会の想定では戦車砲の直撃に3発まで耐えられるという。
歳三は車両の前で立ち止まり、暫時、その堂々とした姿を眺めていた。視線の先には同行する4人の探索者たちがいるが、歳三は同行者たちに注意を向ける余裕はなかった。彼の精神世界は荒涼とし、寒風が吹き荒び、黒い竜巻が各所で猛威を振るっている。
──俺は、どうして電車で行くと言えなかったんだ
歳三は自身の不甲斐なさに、いっそ自分自身を蹴殺してやりたい
とすら思っていた。
赤の他人(……というわけではないが、同じ組織に所属するとはいえ、やはり他人は他人だ)と長時間同じ空間にいなければいけないと思うと、心臓を無形の針で貫かれたかのような痛みを覚える。
自身のコミュニケーション能力を考慮できなかった歳三の自業自得なのだが、しかし何故断れなかったか、なぜ一人で現地へ向かうと断言できなかったといえば、そこには一抹の情状酌量の余地がある。
歳三は相手の親切心を無為にしたくなかったのだ。原則禁止なら、どうしてもと頼み込めばワンチャンあったかもしれない。しかし彼にはそのワンチャンにかける度胸がなかった。
これは歳三の優しさというよりは、心の弱さである。
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「大丈夫ですか? 随分体調が悪そうですが……」
涼やかな声が歳三の耳元に届く。
心臓が一際高く跳ね上がるのを感得し、顔を向ける。
そこには春の初風を思わせる軽やかな雰囲気の女性が立っていた。
彼女は運動靴とショートパンツ、Tシャツのカジュアルな格好で、健康的で瑞々しい肌が日差しに輝いている。8月の末、残暑の足音が聞こえてくる時期であるが、まだまだ気温が下がる気配はない。つまり服装としては正しいものなのだが、歳三にとってはその肌色は毒であった。
目に毒というような色をにじませる意味ではない。正しく毒なのだ。歳三の性欲は過去の過ちとその禊によって、いささか奇形化してしまっている。女体により誘発された性欲は、歳三の精神フィルターを通してトラウマと克己心へ転換される。
つまり、歳三はむらっときたらダンジョンでモンスターとぶっ殺し合いをしたくなるのだ。傷つけ傷つけられることでしか歳三のむらむらは収まらない。
燃え上がる闘争心!!!
この際に発されるフェロモンは、歳三と相性の良い者の性的欲求や隷属欲求を殊更に刺激する。
だが以前ならいざしらず、様々な出会いによって歳三の精神は僅かながら成長しているため、本能的に自身の精神を抑制させようとする。
「あ、ああ。大丈夫です。私は元気です。ただ、ちょっと車酔いが、ええ」
そんな事を言いながら、歳三はポーチから薬を取り出した。
それは表向き車酔いを鎮める薬のように見えたが、実際は向精神薬である。 "ちょっと心がざわざわしてるよ!! お薬飲んで!! "という本能の囁きに従ったのだ。
「おいおい、おっさん大丈夫かよ……」
呆れたような口調で言う青年は、見るからにガタイが良かった。太い腕や分厚い胸板、整ったマスク。まごう事無き陽キャである。
これもまた歳三にとって苦手なタイプの人種であった。
「ほら、これまだ封をあけてないから。おっさん、ミントとか平気? ああ、よかった。これ飲むといいぜ。かなりチルいからよ。車酔いにもよさそうじゃん? 雰囲気的にさ」
チルい……? などと思いながらも、歳三は礼をいって青年の差し出すペットボトルを受け取る。中にはやや青みがかった水がつまっており、いかにも涼やかだ。
歳三よりはやや年下に見えるが、十分中年である男性も心配そうな様子で歳三を見ていた。カジュアルにジャージでキメている。いかにも草臥れた中年スポーツおじさんといった風情であった。
もう一人は歳三が心配だからというより、この世界のすべてに無関心であるといった風情の青年である。年の頃は陽キャ青年と同じくらいに見えるが、醸し出す雰囲気は真逆だ。
長く伸ばした……というか、カットを怠った結果伸びてしまっている前髪が眼鏡の半ばにまでかかっている。ひょろっとした体格、全身から迸る陰の気配。まごうことなき陰キャだ。
スポーツ女、ジャージおじさん、陽キャ青年、陰キャ青年、そして歳三。
彼ら五人が今年の旭真祭に参加する探索者達であった。
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