新宿歌舞伎町Mダンジョン⑫(終)
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不幸にも凌辱されてしまった全裸女ことDETV所属のダイバー、ハルはレベル77の高レベルダイバーである。これはダンジョン探索者協会が指定する所の乙級探索者にあたる。
ダイバーとは要するに探索者の事で、レベルは1~20、21~40、41~60、61~80、81~100の大区分に分けられており、それぞれがダンジョン探索者協会が指定する所の戌、丁、丙、乙、甲に該当する。
なぜレベル制などというけったいなモノを導入しているかといえば、これはいくつかの理由が挙げられるが、メジャーな理由といえばこの2つだ。
1.探索者協会の5段階分類が余りに大雑把すぎる
2.甲乙丙丁戌という段階名そのものがダサい
2は個人個人で感性が異なる為何とも言えない所だが、1に関しては至極真っ当だ。幾らなんでも五段階は雑過ぎる。
故にDETVでは "経験値制" を設け、これが溜まるとレベルアップするという仕組みをつくった。残り幾らの経験値を溜めればレベルアップするのかというものを可視化したのだ。
ダンジョン探索者協会でも似たような事はやっている。
"依頼" だ。協会もこの依頼を多くこなしていく事で実績がたまっていき、それが十分なものとなって、更に協会に認定されると等級があがる。
経験値が溜まればレベルアップするDETV、実績を積んで協会から認定される事で等級があがる探索者協会。
それぞれの組織にそれぞれのメリットとデメリットが存在する。
例えば経験値だ。
現在、DETVは一つの問題を抱えていた。
それは所属ダイバーの質の低下である。
DETVでは "動画のアップロード" がもっとも経験値が高い。
実の所ハルもそうしてレベルをあげていったクチだったりする。そういう養殖者はどこか脆い。だが本質的な問題はそこではない。
本質的な問題とは、DETVが探索者協会へ抱く対抗心がフィルターとなってしまい、ダンジョンに対しての認識がダイバーに対して歪んで伝わってしまっている点だ。
協会がこの新宿歌舞伎町Mダンジョンを乙級の中でも難度が低い方だとしているのならば、レベル70超えの探索者が2人も居れば、あとは60台が3人も居れば余裕で攻略できるだろうと勘違いしてしまったのだ。
探索者協会基準でいえば、丙級になりたての探索者が2名、あとはぎりぎり丙級に引っかかるか、或いは丁級の上位程度の探索者が3人と言った所である。
探索者協会がダンジョンの等級を定める際、どの様にして定めているかといえば、調査員が実際にダンジョンに踏み入って調べるのだ。職員は元探索者であったり、ダンジョン探索によって身体能力を向上させていたりする。それでも殉職者は日常茶飯事だ。
協会所属の探索者達は数多く、全員が全員いい子ちゃんという訳ではない。だのに、比較的協会に従順なのは最初に血を流しているのが協会だと知っているからである。
そういった基準で定められた "乙級指定ダンジョン" に、ちょっと甘な連中が挑めば結果は知れている。
壁を跳ね回るカタツムリヘッド・ヤクザモンスターにドスドスとドスを突き刺され1人が死亡し
何でも食べちゃう力持ち、暴食・ヤクザ・モンスターに2人がミンチ肉にされ
レベル79を誇っていたイケメンダイバーは頭部がドスのブレイドヘッド・ヤクザモンスターに会敵3秒で喉を搔っ切られて死んだ。
残るハルも只管逃げに逃げて、最終的には女衒・ヤクザモンスターにとっつかまって女の不幸を味わった。
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『つまり、貴女は調子に乗って酷い目にあってしまったという事なのですね』
ハルの事情…つまり、高レベルダイバー5人パーティで歌舞伎町Mダンジョンへ挑んだら、想像以上に手強いモンスター群に滅茶苦茶にヤられて、仲間達を惨殺された上に、ハル自身もモンスターに凌辱されてしまったという事情を聞いた鉄騎は完璧で非の打ちどころのない深甚な考察をのたまった。
床に座り込み、自分で自分を抱きしめる様にしてボロボロと涙を流しながら頷くハル。
カチャリ、と音がした。
鉄衛がハルの後頭部へ銃口を突きつけているのだ。
ハルの喉からひっ、と引き攣った様な声が漏れる。
『確かにそれも一案ですね。聞いてください、ハルさん』
鉄騎は頷いた。鉄騎は鉄衛とは電脳フレンズであるので、会話をしなくても互いの意図を伝えたり、理解できたりするのだ。
『我々は貴女を殺害しようと考えています。いえ、泣かないでください。理由があるのです。まず、マスター…はい、そこのソファで眠っている男性が起きたならば、我々はここを脱出したいと考えています。先程の極めて強力な個体はマスターが斃しましたが、同様の個体が出現した場合、我々では勝つことは出来ません。しかしマスターも負傷しており、確実に勝利できるかどうかは分かりません。二体いないとは限りませんよね。だからすぐに脱出しないといけないのです。ここまでの理屈は分かりますか』
鉄騎がハルの頭を撫でながら尋ねる。
泣く子供には頭を撫でれば良い…そんな戦闘とは全く関係ない事をなぜか鉄騎は知っていた。
ハルは頷きながら、更に涙をボロボロボロと零す。
ハルはもう限界だったのだ。
仕事上の付き合いに過ぎなかったとはいえ、目の前で同僚たちがバラバラに刻まれ、銃撃でハチの巣にされ、ミンチ肉にされ、自分はと言えば目が顔の半分以上を占める様な悍ましい怪物に
──お、犯され…、も、私…だめ、だぁ…。いや、でも何となく…死にたくはないような…いや、生きたいかも…
とにかくもう何もかもが駄目だった。
現在に希望はないし、未来に希望もなかった。
しかし何故かそれでも生きたいと言う思いがある。
このガッツはやはり彼女がダンジョン探索者だからというものが大きいだろう。
『いい子ですね。続きます。ここを脱出するにあたり、可能な限り素早く脱出しなければなりません。素早さこそが重要なのです。だからハルさんの様に、心が折られ、装備も失った方を守りながらというのは少々都合が悪いのです』
鉄騎はまるで聞き分けのない子供をあやすような優しい手付きでハルの頭を撫でている。
『しかし放置という事もできません。何故ならば、万が一ハルさんが他の探索者に救出されてしまった場合、我々がハルさんを見捨てた事が露見します。そうなった場合、DETVと探索者協会との確執になる恐れがあります。故にここで始末し、口を封じるというのが一番合理的なのです。ここまでご納得いただけますか?』
鉄騎がそういうと、鉄衛は "もういいよね!" と言わんばかりにゴリリとハルの後頭部へ銃口を押し付けた。
「ご納得いただけないよぉッ!!」
全部が全部ひどすぎて、ハルは叫ぶ。
納得できるわけがなかった。
合理的だから納得できるというのは余りにも暴論だ。
自業自得だろうがなんだろうが、ご納得いただけないものはご納得いただけないのである。
ハルは、酷く頭にきて怒りの抗議をした。
ここで怒れるあたり、やはり彼女にはガッツがある。
『では命を買いますか?』
鉄騎が言う。
ハルは涙の痕を頬に残しながら、怪訝そうな表情を浮かべた。
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「ああ、なるほどな。俺は別に構わないぜ。助けてやるから金を寄越せって話だろう?」
歳三が鉄騎に言いながら、気が無い風にハルを一瞥した。
ハルは肩をびくりと震わせ、恐る恐る歳三を見る。
そして歳三の視線に一切の色欲が無い事に安心をする。
殊更に言う話でもないが、ハルは凌辱された身なのだ。
男というモノに対して、本当的な恐怖感を抱いてしまうのも仕方がない事である。
ちなみに別に歳三に色欲がないわけではない。
というより、歳三は若い頃、その色欲によりドロップアウトしただけあって、その手の欲求は人より強いだろう。
しかし歳三はマラを磨く代わりに業を磨いてきた男。
その手の欲求を抱くたびに、"俺はまだ虫ケラ野郎だ、鍛えて鍛えて、男らしくなるのだ" などと探索をしてきた馬鹿である。
ゆえに、歳三は日常という場ではポンコツだが、戦闘の場に切り替われば戦闘マシーンみたいな存在に切り替わってしまう。そして戦闘マシーン歳三が色にうつつを抜かす可能性は絶無である。
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『はい。他にも意図はあります。探索者協会が桜花征機と昵懇であるように…』
ここで鉄騎は歳三をちらと見た。
『探索者協会が桜花征機と仲良しであるように、DETV社も懇意…仲良くしている企業があります。また、協会の背後に日本という国があるように、DETV社にもそれを支える資金源というものがある…とされています。裏があるのか、ないのか。あるとすれば有害なのか、無害なのか。そういった事を探る為に、各組織へ駒を潜ませておこうと思うのです。その駒が木っ端であろうとも高位探索者…ダイバーであるならばより都合が良い』
鉄騎がそこまで言うと、ハルがワァワァと喚きだした。
「ねえ!待って待って!待って!私、そんな事聞きたくない…ですッ!それ絶対きいたらだめな話ですよね?それに私、会社を裏切れって…ばれたらどうなるか…」
鉄騎はそんなハルをちらと見て答えた。
『大丈夫ですよ。所謂表社会でも、SNSなどでまことしやかに囁かれている事です。それに自分からバラさなければ分かりませんよ。大丈夫です、安心してください。大丈夫ですよ』
『また、マスターも質問がありそうなのであらかじめ答えておきますが、"こういった貢献" が出来る事が甲級への昇格条件となりますので…大丈夫です、マスター。難しい事は我々にお任せくださいね。我々は自身の存在意義を示す為に
『ソウダケドサァ』
──メ、メンヘラ…?
ハルはごくりと息を呑んで鉄騎を見つめる。
ちなみに歳三は右腕をぷらぷらとさせて、ハァとため息をつく。
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歳三達は出口へ向かって引き返し始めた。
『マスター、腕はやはり…?』
歩きながら鉄騎が聞いた。
歳三はウンと頷く。
「数日はうごかないかもしれねぇ…。シビシビがずっと続くんだ。痺れているアレだ。つつくと電気がながれるんだ」
『サイゾ、ダイジョブソ?』
「だめだ…。左手はまだいいんだけどよ、すぐに治る。右手は駄目だ。片手じゃ端末が使いづらくて仕方ないんだ。俺もマインドデスクトップ?を使える様にならないと駄目かなァ』
マインドデスクトップとは脳波で端末を操作するアプリケーションである。歳三はこれが苦手で、天気予報のページを開くにも30分は掛かる。
『我々が一緒にいて上げられれば良いのですが、バッテリーの問題があります』
二機は無限に活動できるわけではない。
現在のバージョンでは、戦闘行為をしなくても連続20時間しか稼働できないのだ。勿論戦闘行為をすればもっと短くなる。
『チヅ ニ レンラク シテアルカラ スグ テアテ デキルヨ』
ああ、と歳三は頷く。
そして、いつもこれだと歳三は思う。
歳三の肉体では歳三の全力に耐えられないのだ。
いつだったか歳三は "なぜそこまで力を求めるのか" というような事を同業者から尋ねられた事がある。
この問いへの答えは簡単で、ちょっと気取った言い方をすれば "
男の中の男とは結局何なのか、と歳三は数限りなく考えてきた。結句、導き出した答えは己を超える事だ。
全力を出して自分が傷つくなんてのはこれはもう
──俺がまだ弱いからだ
強くならなければ、強くならなければ、強くならなければ。
そんな純粋な思いで歳三は探索を続け、そして強くなる。
だがそもそも人間が後先考えず全力を出した場合、別に男の中の男でなくても怪我したり、体を痛めたりするものだ。
何かを殴ったりしなくとも、例えばその場で全力で後先考えず思い切り宙にパンチをうてば、肘だの肩だのが痛くはならないだろうか?
そんなもの、痛くなって当然なのだ。
しかし根がアニメ漫画ラノベ体質に出来ている歳三は、現実ではなくどちらかといえば妄想の世界に生きている人なのでいまいち合理的な考えができなかったりする。
歳三が年齢に比して幼く、年齢に比して無知で、年齢に比してしょうもないからこそ超人的な能力を得るに至ったという事実。
強くなりたいと思う探索者は数限りなくいるが、もしそんな者達が歳三の秘を知れば、その余りのしょうもなさに呆れて狂ってやるせなくなって、最期には怒って死んでしまうだろう。
「あ、あの!」
ハルが声をあげる。
歳三達は無言でハルの方を向き、その圧にハルはややたじろぐ。
「助けてくださって、ありがとうございます…っ」
ハルの礼に三人は無言だった。
鉄騎が無言なのは当然だ、ハルを助けたのは歳三なのだから。
鉄衛が無言なのも当然だ、ハルを助けたのは歳三なのだから。
歳三が無言なのは、鉄騎か鉄衛が発言してくれるのを待っているからだ。
込み入った話だとか、少し考えなければいけないことだとか、そういうのは全部鉄騎とか鉄衛がやってくれると思っている。
これは当然ではない。
しょうもない。
結句、無言の時間は歳三が "どういたしまして" と答えるまでの数分間続いた。
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長くなりましたが、新宿歌舞伎町Mダンジョン編は終了です。
性的表現は悩みましたが、ヤクザダンジョンでレイプがないなんて嘘だとおもうので敢えていれました。
次からは歳三の治療にかこつけた日常編になります。
なんかバトル多すぎたので、日常編はほんとどうでもいい話が増えると思います。
キリがよいのでポチポチポチーって感じの、アレください!ありがとうございます!ありがとうございます!
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