新月


これでいて根が小器用にも出来ている歳三は、戦闘の際は色々と猪口才な真似…例えば水圧カッターだとか真空地帯生成だとか、爆炎を迸らせたり、プラズマを作り出したりする。


これらの業の数々について、歳三は出来て当然だと思う。何故ならばやり方が示されており、その通りにやれば出来ると "納得" したのだから。それがどれ程頓狂な理屈であっても、歳三はそれを現実のものとなさしめるだけの身体能力がある。


歳三はそんな自分を器用だと思っている。

自惚れではなかった。

金城が、歳三のフレンドランキングで2位に位置する所の金城権太が言っていたからだ。


──なんだかんだで佐古さんは器用ですよね。機械系のモンスターは苦手だとか、人型は嫌だとか、虫はちょっと…だとかね、探索者にも好き嫌いってモンはあります。え?私ですかい?現役時代ィ?うーん、そうですなァ、女性型がちと苦手ですな。ほら、私はこんなんですから、少し優しくされただけで情が湧いてしまうんですよ。助けるのかって?まさか!仕事ですからね。そりゃあね。仕事ですから


だが、シシドと名乗る男…モンスターを前にして、歳三は己が根である所の小器用さを捨てねば、あるいは命を捨てる羽目になるだろう事を感得した。これはもう理屈ではなく直感、あるいは霊感である。


故に歳三が取った戦術は単純なものだった。

左腕で受け、右拳で全力で打つ。

要するに、相手が多種多様な手練手管を行使してくる前に、一手目で仕留めてしまおうという事だ。


対してシシドも歳三に対して同様の印象を持った。

眼前の中年男性…歳三からは、自身が例えどんな想定をして備えたとしても、その全てを超えてきそうな得体の知れなさを感じさせる。故に…


──初太刀で仕留める


奇しくも一人と一体が同じ肚を固めたのだ。

視線が交わる。

互いが互いの意図を知る。


シシドの殺意が部屋に充満した。


こうなればもはや刃物の幻視では済まない。

幾百万もの悍ましい怪物が、シシドの肉体を地獄の門と見立てて這い出てこようとしていた。無論、実際にはその様な事はない。ないが、そんな事があってもおかしくはないと思える程の凄絶さがシシドから放射されている。


ひ、と短い声が上がった。

女衒モンスターに囚われていた全裸女の声だ。

それが合図となった。


「カッ!」


シシドの裂帛の気合と共に、上段からの斬り下ろし…雷刀が歳三に迫る。

工夫の欠片もない剛刀であった。

いや、そもそも工夫などは必要ないのだ。

全身と全霊は、籠めれば籠めるほど飾り気が無くなる。

これは何も殺し合いに限った話ではない。


歳三は左の前腕部でそれを受ける。

リキを籠めた歳三の肉体は概念的な意味での金剛石の様なものだ。実際の金剛石は硬くはあれども、ハンマーの一撃で叩き割られる脆さがある。しかし硬さの象徴として語られるそれにはそんな脆さはない。


その金剛石ならぬ金剛腕の半ばにまで刃が食い込む。

血が飛沫しぶいた

しかし切断には至らない。次瞬、歳三の右拳が繰り出され、シシドの胸部を打つ。


シシドは胸に僅かな衝撃を感じたが、それだけだ。

幼子に叩かれた方がまだ衝撃を感じただろう。

当然ながら痛みもない。


──無傷とはな


シシドの胸中は無傷で済んだ事への安堵、そして無傷で済んだ事への失望が、それぞれ半々の比率で占められていた。


恐らくは先程の防御で全身と全霊を尽くしてしまったのだろう、とシシドは考える。


──だが、先につっかけたのが歳三、お前であったなら結果は逆になったかもしれない


飽きたりない呆気なさを感じながらも、シシドは歳三の腕から刀を引き抜き、強敵ともを嬲る趣味はないとばかりに止めを刺そうとする。


しかし当の歳三はといえば、腕から血を滴らせながらシシドに背を向けていた。


シシドの顔がに染まる。

理屈ではないが、歳三の態度は侮辱に思えたのだ。

死闘に対しての、シシドに対しての。

負けたからと言って、諦念混じりにさっさと殺せという様な態度は看過する事などは出来なかった。


「貴様ッ!」


何の真似だ、とか、何の積りだ、とか、様々な罵声がその怒声には籠められている。


それに対して歳三は、小さい声でぽつりと答えるのみであった。


「もう、死んでいる」

歳三の声にはどこか寂しさの様なモノが混じっている。


「何がだ!誰がだ!貴様がかッ!」

シシドは自身でも説明しがたい焦燥感の様なものに襲われ、感情のままに歳三を詰問した。


そこで漸く気付く。


──なぜ、あの連中はおれを見ている


──奴等が見るべきなのはあの男の筈だ。仲間が殺されようとしているのだから…助けようとするなり、見届けようとするなりするはずだ


──カラクリ共は知らんが、あの女は絶望で瞳を濡らしている筈だ。歳三が死んだのならば、次は自分なのだから


シシドは何か嫌な予感がして、思わず後ろを振り向いた。

何か恐ろしいものが背後から迫ってきている気がしたからだ。

しかしそこには何もない。


生臭い匂いがする。

それは血の匂いだ。


シシドは訝し気な表情を浮かべる。

確かに歳三に流血はあるが、これほど匂いが強くなるほど流血しているわけではない。


──つまり


シシドは生唾を飲み込み、恐る恐る自身の体を見遣り…

そうか、と思う。


「し、死んだのは、お、おれだ、ったか」


シシドの胴体はその大部分を喪失していた。

胸の中央に人の頭の二回りほども大きい穴が空いていたのだ。

歳三が全力で拳を固め、継戦の一切を考えずに全力でそれを打った場合、相手はどうなるか。


概ねこの様なものである。


認識と同時にシシドのすぐ後ろにぴたりと張り付いていた "死" が追いつき、シシドはどちゃりと音をたてて斃れ伏した。


「新月、と俺は呼んでいる」


もう聞こえないだろうが、と歳三はゆっくりと鉄騎と鉄衛、ついでに全裸女に向かって歩いて行った。



歳三の恐るべき魔拳、新月に特殊な技巧は必要ない。

要するにもの凄く迅く殴ってやればいいだけだ。打たれた者は、その余りの迅い一撃の為に自身の死にも気付かない。


死が追いつくまでは、歩いたり喋ったりも出来るだろう。

胸にぽっかりと、新月の様な綺麗な穴を開けながら。

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