巣鴨プリズン⑧
◆
この巣鴨プリズンダンジョンへいざなわれた罪人はすべて無限懲役が課せられる。その身と心が異形と化し、ダンジョンの一部となるまで出る事は叶わないのだ。
しかし例外規定もある。
罪人の抱える心の闇が完全に昇華した時、ダンジョンはこれを "更生" と見做してダンジョンからの脱出が叶う。
"看守" の役目はその見極め、そして
影めいたその身の内に無数の目をぎょろつかせ、"看守"は湿った足音を立てながら通路をゆっくりと歩く。
時折、鉄格子の隙間から囚人を凝視している様だ。
"看守"の視線に晒されている囚人達ときたら、まるで屠殺寸前の豚のように哀れな様子で見ていられなかった。
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──く、来るな
囚人の一人、カトウという男は囚人服の股座の部分を濡らしながら壁を背にして少しでも鉄格子から距離を取ろうとしている。
鉄格子の向こうに "看守" が立ち、じっとこちらを見ているのだ。
たくさんの目がカトウを凝視している。
カトウは"看守"の姿を視界に入れるのも嫌だったし、その影から伸びてくる無数の亡者の手も恐ろしかった。
亡者の手の内の一本は小指だけ赤いマニキュアを塗っている。
女の手だろうか。
──なぜ
カトウにはその手の持ち主が誰なのか、よくよく分かっていた。
なぜならその手の持ち主をカトウは犯し、殺めていたからである。
その手だけではない。
何本もの女の細腕がカトウに伸びてくるのが見える。
どれも青白く、皮膚は破れ中の肉が見えている屍人の腕だ。
しかしどれも同じというわけではない。
手首部分に刻まれた数本のためらい傷に、カトウは見覚えがあった。
「ゆ、ユカ……」
カトウはかつてユカという女を悪友と数人で犯し、殺し、コンクリ詰めにして建築中の現場へと埋めた事がある。
震える呟きに呼応するように、ためらい傷が刻まれた腕がぴくりと震え、そしてカトウの胸元まで伸び、襟元を掴んで──……
「ああ!?」
部屋の奥で震えていたカトウは、無理やり鉄格子の手前まで引きずられていった。
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元探索者カトウは大阪は西成特区の出だ。
片親育ちで、父親は薬物の摂取量を誤って死んだ。
西成特区は非常に特殊な地域で、ここには大小様々な探索者組織、グループ、徒党などが集まっている。スラムと言っては響きが悪いが、お世辞にも治安がいいとは言えない。
とはいえ、西成特区の出でも立身出世を遂げた者はたくさんいるので、ここの出だからといって悪辣だとは限らないのだが。
カトウもそうだ。元はと言えば彼も母親思いの好青年だった──……あの父、母からこの息子がうまれるのか、と驚かれる程度には。
そんなカトウの最初の殺しは中学校三年生の頃で、その犠牲者は母親だ。
昼間から男を連れ込んで、獣みたいに喘いでいるところを金属バットで頭をたたき割られた。
彼女にのしかかっていた男も同様に殺された。
問題は殺した理由である。
重度のエディプス・コンプレックスをこじらせていた彼は、いつからか母親を母ではなく女として見ていた。
後は簡単な話だ。
生臭い嫉妬を爆発させたカトウは怒りに駆られ、激情のままに母親と男を殺した。
そして自身の罪に慄き、逃亡したのである。
それからは転がるように人生の坂を転げ落ちていった。
放っておけばどこかで野垂れ死にしただろうが、運がよかったのか悪かったのか、安く使える駒を探していた非合法組織に拾われ、ダンジョンで探索者としての経験を積まされた。
西成特区はこういった非合法組織が幅を利かせているのだ。
更にカトウには才能があった。
探索者としての才能だ。
身の内にドロドロとした熱い何かを秘める者は伸びる素質がある。
ダンジョンでは願いが叶うという風評もあり、カトウはダンジョン探索に熱をいれるようになった。彼には願いがあったからだ。
母とやりなおしたいという願いである。
自分のモノではなく、他の男の男根を受け入れた母を寛大にも許して、再度チャンスをあげたいという願いがあった。
非常に歪んだ形ではあるが、彼は彼なりに非常に強い罪悪感を抱いていたのだ。では罪悪感を抱いているのになぜ卑劣な強姦殺人などに手を染めてしまったのか。
カトウの魔手に掛かった女が皆、彼の母親に似ていた事を考えれば答えは──……
◆
蒼島は慄然とした様子で "看守" を見ていた。
"看守" の目の一つに見覚えがあったのだ。
ハシバミ色の綺麗な瞳──……
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では歳三はと言えば、やはり蒼島と同様に "看守" を見ている。
だが、蒼島の様に震えながら見ているわけではなく、探索者の目をしていた。
──見ていると変に力が抜けやがる。しかもモヤモヤ系か。俺じゃあ相性が良くねぇかもな
もやもや系とは歳三の腐ったネーミングセンスで名づけられたモンスター分類名称だ。
要するに不定形のモンスターという意味で、それ自体はそこまで珍しくはないのだが、歳三はこれを余り好まない。
単純に殴打が意味をなさない場合が多いからだ。
歳三の目から見て "看守" は黒い煙が人型に凝縮したよくわからない姿をしていた。
じっくり見ているとなんだか不安になりはする。
なりはするが、蒼島の様に滂沱のごとく冷や汗を流すほどではない。心配だ、不安だ、これでいいのかという思いで胸の裡が冷えてくると、不思議とその部分を撫でてくれる誰かの存在を感じるからだ。
これでいいよ、そのままでいいよと誰かが囁いている様な。
──ここに入ったときはちと体調が悪くなっちまったけど、段々と慣れてきたな
歳三は拳を固めた。
込めることが出来る
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