巣鴨プリズン⑦

 ◆


 どこか怯える蒼島を見て、歳三が首をかしげた。


 歳三には蒼島の事がよく分からない。なぜ怯えるのか、なぜ自分に襲いかかってきた者を返り討ちにしたことを悔やんでいるのか全く共感ができない。


 まあ歳三が誰かの心情に共感できたことなど、47年間の人生で果たして一体何度あっただろうか。


 歳三は蒼島のことをまるで初見のモンスターを観察するような目で眺めた。姿形は違えど、歳三の目には蒼島がまるで別の生物のようにみえる。


 ただそれを言ってしまえば、歳三は極少数の人物を除き、自分以外のほとんどの人間を別の生物のように見ているのだが。


 おそらくはそういう視線が相手にも伝わるのだろう、歳三の周囲の者は畏怖するか忌避するかして、彼の隣で共に戦おうとはしない。


 探索者稼業は危険と隣り合わせであるので、大抵の者はチームに所属したりしている。


 対して歳三はぼっちだ。


 その原因は彼の外にあるのではなく、彼の内にあるのだ。


 とまれそんな視線に居心地の悪さを覚えたのか、蒼島は話題を変えて才蔵に尋ねた。


「あの、佐古さん。あなたもここにいるという事は、何か罪を犯したのですか?」


 達人は達人を知る。


 かつて蒼島が歳三に声を掛けた(日常68~70)のは偶然ではない。


 蒼島は歳三のこれまでの功績、その人柄をリサーチしていたし、対面してからも、歳三が身の内に秘める煮え滾るマグマの如き膨大なエネルギーの一端を感じ取ってもいた。


 蒼島の単刀直入な問いに対して歳三は無言を貫く。


 しかし、その態度こそが蒼島に確信を抱かせた。


 ──ストイックな探索者の様に思えたが。力に飲み込まれたのか、それとも 


 一体何人殺したのか、どんな惨い殺り方をしたのか、そんなうすら寒い想像が蒼島の脳裏をよぎる。


 嫌悪、恐怖、畏怖、憧憬。


 様々な感情が複雑に入り混じり、蒼島の背筋がなぜだか僅かにぶると震えた。


「ここがどういう場所だか知っていますか?」


 蒼島の問いに歳三は頷く。


「ああ、巣鴨プリズンダンジョンだと思うけど」


 歳三の答えはどこかピントがボケたものだった。それはダンジョンの名称であり、巣鴨プリズンダンジョンの内実を示す答えではない。


 続けて歳三が蒼島に問いかけた。


「なぁ蒼島さん。俺は、えーと。 在監証明書っていうのが欲しいんだけどよ、どこにあるか知っていますかね? ……というか、どうすればこの牢屋から出られるのかってのもわからなくて参ってて」


 ここを出る? 


 その愚かな考えに、蒼島は首を振った。


 常ならばいざ知らず、では満足に戦えるとも思えなかった。


 何故かといえば──……


 途端、この牢獄エリア全体に異様な気配が広がった。


 気配とは匂いに似ている──……鮮明ではなく、それでいてはっきりと存在を感じさせるもの。


 蒼島が口を開く前に、牢獄エリア全体にひんやりとした空気が流れ込んだ。


 金属が擦れるギイという音とともに、部屋の気温が一瞬で下がるのを感じた。


 精神的にも肉体的にも "冷え" を感じる。


 それは冬の夜、無風の中にふと立ち込める霜の匂いのようで、肌を刺すような冷たさがあった。


 蒼島は皮膚に蟻走感を覚え、こみ上げる吐き気を必死で堪える。


「"看守"……」


 蒼島が呻く様に呟いた。


 ・

 ・

 ・


 何かが入ってくる。


 歳三は目を凝らしたが、その姿は判然としない。


 "看守" は揺らめく影が凝り固まった様な姿をしていた。


 人型の影──……その闇の中に何十何百もの目玉が浮いている。

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