大磯海水浴場ダンジョン⑥

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 海と空が織りなす調和が途端に歪んだ。

 風が止み、あれだけ飛んでいた海鳥も見当たらない。。


 元々大磯の海なんてものは然程綺麗なものではないのだが、それでも海水浴には堪える程度には綺麗であった。ちなみに環境省が定める所の水浴場水質判定基準ではA判定である。この上にはAAがあり、上から2番目に綺麗だという事だ。勿論お役所判定なので、透き通るような水質を期待していた者は手ひどく裏切られる事になる。


 その大磯の海がいまや深緑色の沼めいた色合いへと変わってしまっていた。浜辺には悪臭が漂い、砂浜には点々と白いモノが見え隠れしていた。この浜辺に迷い込み、命を落とした犠牲者たちの骨だろう。しかし何より印象的なのは、海上を浮遊するようにして揺蕩う何十何百もの影だろう。


 夏の風物詩、クラゲである。


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 基本的にゴリ押ししか出来ない歳三だが、どうしても苦手とする手合いがいる。それは空を飛ぶ相手と、"アルジャーノン" の様な群体である。歳三はどこぞのPSI能力者の様に念動力やら発火能力やらを有していないため、空を飛ぶ相手に対してはどうしても手が限られてくる。


「…石でも投げるか」


 歳三は浜辺に転がる石を拾い、力の限りクラゲに投げつけた。

 しかし当たらない!

 ノーコンというわけではない。

 宙空で燃え尽きてしまうのだ。

 それだけではなく、力加減を間違って投石前に石を握りつぶしてしまったりもした。色々とコントール出来ていない。

 人生をコントロールできなかった47才中年男に相応しい駄目っぷりだった。


 普段であればここで歳三は意気消沈し、もしかしたら自身の情けなさに泣いてしまっていたかもしれない。だが今は違う。


『マスター。当機が対応します』


 そんな "鉄騎" の声に、歳三は頷いた。

 するとなぜか "鉄衛" の手が肩に置かれる。

 その冷たい金属の感触は、まるで歳三に≪元気を出せ≫と言っているようで、歳三の心が温かくなった。


 これまで歳三は孤独なダンジョン探索を余儀なくされてきたが、ついに仲間と呼べる相手と困難に立ち向かう事が出来たのだ。

 歳三は根がうさぎちゃん気質に出来ているため、一人は好んでも独りは好まない。要するに、歳三だって孤独なダンジョン探索よりも、仲間とダンジョン探索したいのだ。


 かといって、他の探索者達の様に仲間を募ってダンジョンに挑むなんてこともできない。断られたら心が傷ついてしまうからである。といっても、他者目線での歳三は非常に気難しい探索者にうつっているので、誘っても応じてもらえる可能性は低いだろう。

 飯島比呂辺りならば二つ返事で受けるだろうが…。


 そこへきて、 "鉄騎" と "鉄衛" が仲間として加わってくれたのだから、これはもう歳三としては非常に嬉しい。ニコニコ探索ライフが約束されたのだ。二機がロボットだからというのもあるのかもしれないが、 "鉄騎" と "鉄衛" に対しては対人恐怖症スキルは発動しないのであった。


 空には浮遊するクラゲのような物体がゆらゆらと漂っている。 "鉄騎" のセンサーがその存在を捉え、進行方向と速度を瞬時に計算した。


 ゆっくりと膝を曲げ、地面と接触する足の位置を微調整する。それは投石をするための最適なバランスを保つためだ。右手がゆっくりと地面へ伸び、大きな石を掴む。


 クォンタム・キャパシタシステムが瞬間的に起動し、 "鉄騎" 全体が一気に活性化する。石を握った右手が後ろへ引かれ、それから一瞬で前へと振り出される。その力強さと速度からは、計算以上の力が生まれ、石は空中を高速で飛び、一匹のクラゲを木っ端微塵にした。


「ブラボゥ!」


 歳三が妙な発音で歓声を上げると、 "鉄騎" はモノアイを僅かに明滅させる。ギギギと "鉄衛" の顔が "鉄騎" の方を向いて言った。


『テレテナイデ、ハヤクナゲレ』


  "鉄騎" は "鉄衛" に何か言い返す事もなく、淡々と投石を続ける。


 歳三は宙空でぽんぽんとはじけ飛ぶクラゲを眺めながら、そういえばそろそろ今年も花火の時期がきたなぁなどと考えていた。

 この時期歳三は、金城の自宅の庭で酒を飲みながら花火をやる事が多い。おっさん二人きりのしょうもない手持ち花火大会である。


 ──今年はこの二人も連れて行こうかな


 鉄騎に撃墜されたクラゲの肉片がべちゃべちゃと海面や地面に落下していく。


 ──夏だな


 歳三はどこか浮きたった気分を覚え、どれ、俺もちょっとやってやるか、と投石してみるが、歳三の投げた石はやはり宙空で燃え尽きてしまった。





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クラゲの画像を近況ノートにのせときます

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