日常7(佐古歳三、マァ君&ミニスカ女)

 ■


 ──引潮(ひきしお)


 がおん、と歳三の腕がブレる。

 そして掌が宙空を鷲掴みにするやいなや、周囲に風が巻き起こる。

 歳三が超速で大気を掴み取る事で、瞬間的な真空地帯が形成され、周囲の大気がそこに流れ込んだのだ。


 その吸引力たるや中々馬鹿にできるものではなく、必殺精神が希薄なヤワな飛び道具などは軌道を逸らされてしまうだろう。


 名前の由来は潮が引く様に周辺のモノが引き寄せられる事から。

 ただし、技自体はとある国民的な漫画からインスピレーションを得た。狂った様な歳三の握力で以て敵対者の肉体を引き千切る残虐な技だが、この技の優れている点は、仮に外したとしても真空吸引による体勢の崩しが狙える点だ。


 もっとも漫画のそれはもっと必殺めいていて、流石の歳三といえども現実に撃ち放つ事は叶わないだろうが。


 ふん、ふん、と歳三は何かを確かめる様にパパパッと宙に拳打を放つ。


 大丈夫そうだなと歳三は改めて病院に向き直り、ぺこりと頭を下げて去っていった。


 退院である。


 ■


 首尾よく退院した歳三だが、早速飲み屋にでも…というわけにはいかない。行かなければいけない場所、やらなければいけない事がそれぞれ幾つかある。


 行かなければいけない場所の一つが喫煙所であり、やらなければいけない事の一つが喫煙であった。一週間超にも渡る入院により、歳三は極めて深刻なヤニ失調症に陥っている。これでいて歳三はカピバラ的穏和気質な男であるので、ヤニが切れていたとしても攻撃的になったりはしないが、ソワソワと落ち着かなくなってしまう。


 歳三はトイレを我慢している人のような足取りで素早く歩き、目に入った適当なコンビニでタバコとライターを購入した。

 銘柄はエイトスター。何の変哲もない普通のタバコだ。


 これだよ、と思いながら歳三は歩を進め、JR蒲田駅西口へと急いだ。駅から徒歩1分かそこら歩くと駅前喫煙所があるのだ。そこでは探索者も一般人も関係なくヤニという甘露を体内に取り込んでいる。歳三は着くやいなや、胸ポケットから一般人向けのタバコを取り出して唇に加えた。


 そして得意の指パッチンで点火しようとしたが、ややあって普通にライターを使おうと考え直す。その場には一般人も多く居たからだ。無駄に驚かせてしまうかもしれない。


 過日の池袋の居酒屋『超都会』では指パッチンをしたが、件の店の客というのは前後不覚になるまで飲んでるアル中か、ヤク中くらいしかいないので問題はない。


 しかし、いざ喫煙と意気込んで火をつけようとするが全くつかない。初期不良である。安いライターによくある事だった。

 歳三は焦った。フィルターが唾液でしけってしまうからだ。

 カラカラに乾いたフィルターでないとタバコが不味くなってしまう。


 歳三は情けない表情で地面を見回した。

 ライターが落ちていないか確認したのだ。

 人力でプラズマを生成できる恐るべき男には全く見えない、なんとも無様な姿がそこにあった。


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「おっさん、使う?」


 歳三の目の前に突然オレンジ色のライターが差し出される。

 ハッと横を向くと、そこには作業服を着た若い男が立っていた。

 如何にもイカニモな感じの、強面兄ちゃんだ。隣にはやけに短いスカートを履いた女。彼女だろうか、と歳三は礼を言ってライターを受け取り、火をつける。


 これだよ、と思いつつ、歳三は一息にタバコ一本を灰にしてしまった。ただ、やはりヤニ・パワーはいまいちだなとも感じる。

 歳三が普段吸っているのは探索者用の強烈な奴だからだ。


「いい吸いっぷりじゃん。あ、そのライターやるよ。なあ、おっさんって探索者なん?」


 歳三は頭を軽くさげ、首肯した。


 ええ~、という声がする。

 みれば、イカニモ兄ちゃんの彼女と思しき女が歳三の事を虫ケラを見る目で見ていた。


「お前は黙ってろや。見ればわかるんだよ、そういうのはよ。つか、拳みてみ?ヤバさがわかるだろうが。こりゃあ相当ヤってるぜ」


 イカニモ兄ちゃんがそんなことを言うと、ミニスカ女はやはりまた "え~" と言い、歳三の事を今度は不細工な小動物を見る目で見た。


「俺もなァ、探索者ってのになろうかなっておもった事もあるんだけどさ、コイツが無駄に心配性でさ」


「探索者って危ないんでしょ?マァ君に何かあったらミィ悲しいよ…」


 歳三は完全に置いてけぼりであった。

 イカニモ兄ちゃんとミニスカ女はハニーでスイートな空間を構築し、歳三の如き親父はそこに立ち入る事は出来ない。

 だが、歳三が疎外感を味わう事はなかった。

 むしろどこか心が温まるなにかを感得すらしていた。


 歳三はイカニモ兄ちゃんに改めて礼をいい、喫煙所を去っていく。

 彼には探索者にはなって欲しくはないなとふと思った。


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 喫煙所を立ち去った歳三は、そのまま駅まで向かい、京浜東北線の改札へ進む。目指すは品川。 "桜花征機" の本社ビルだ。


 佐々波の電話では、どうやら "鉄騎" と "鉄衛" に異変が起こったとのことだった。まるで自身が一個の生命体であるかのように振る舞い、さらには歳三との面会を求めているという。


 二機は歳三に直接自分達に起きた異変を説明したいと言い、 "桜花征機" としては苦慮の末、歳三に連絡を寄越したようだ。


  "桜花征機" 側としては二機の振る舞いについて、一時は故障と判断してAIを再起動しようとしたものの、二機は強力な抵抗を見せたらしく、実力行使ともなれば本社ビルは勿論、人的被害も発生しかねないとの事。


 歳三は二機を快く思っている。

 だから事情を聞き、何とかできるものなら手を貸したいと考えていた。

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