日常6(佐古歳三、佐々波清四郎)
月刊ダンジョン特別増刊号:
◆
~【今月の注目探索者】~
静岡県の閑静な田園風景を背景に、独特の存在感を放つ男がいる。その名も「岩清水 大吾」。27歳の丙級探索者だ。
なんと彼は、大相撲の元幕内力士という経歴を持つ。
人生の新たな挑戦先をダンジョンに定めた彼の姿は、土俵上で無数の戦いをくぐり抜けてきた頃と変わらない。相撲道という厳しい道を歩んできたことで身につけた強靭な精神力と鍛え抜かれた肉体は、ダンジョン探索の世界でも十分に通用している。探索を重ねるごとに彼の肉体はより一層逞しさを増していき、探索者となって早2年で戌級探索者から丙級探索者へと成りあがった。
戌級のダンジョンを蹴散らし、丁級のダンジョンを駆け抜け、丙級のダンジョンすらも今の彼には物足りないだろう。
しかし、彼はダンジョン探索を「相撲とはまた違った難しさがある」と語る。
しかし謙虚な言と裏腹に、その瞳には野望の炎が燃えている。
その熱量たるや!
彼が更なる高みを目指している事の証左であろう。
土俵の世界で培った技と精神力を活かし、ダンジョンの奥深くへと挑む彼の姿からは目が離せない。
◆
~【魔が潜む禁域・富士樹海ダンジョン】~
静寂が広がる富士山の麓、その裾野に広がるのが富士樹海である。"大変異" 以前、ここは元々、自然の豊かな樹海として知られていたが、大変異以後はダンジョンとして知られる様になった。
当初は丁級として探索者協会により認定され、その厳しい自然環境も相まって数多くの探索者が挑み、樹海由来の豊かなダンジョン産の素材、食物などを持ち帰り、山梨県富士河口湖町、及び鳴沢村は大いに栄えたという。
だがそんな日々はある日突然終わりを告げた。
とある探索者チームが挑み、帰ってこなかったのだ。
昨今の若年探索者に良く見られる、背伸びをした挑戦ではない。
ここでは詳しく書かないが、少なくとも丁級以上であった事は断言させていただく。
そしてその日以降、この富士樹海ダンジョンはその様相を一変させたのだ。丁級指定であった頃は自然の豊かさすらも楽しむ事が出来た件のダンジョンは、突如として惨憺たる雰囲気が漂う魔窟へと変わり果てた。
新たなる試練だと勇んで挑戦した探索者たちの多くが帰還せず、当時のダンジョン探索者協会は、ついに甲級探索者からなるチームを派遣して事態の究明を試みる。
しかし結論から言えば、その甲級探索者チームはたった一人の生還者を残して壊滅した。
信じられるだろうか?
確かに当時の探索者協会が定める所の甲級と、現在のそれとではあらゆる意味で差があるかもしれない。しかし、それでも甲級指定された者が探索者の最上位である事に変わりはない。
一人一人が常人を遥かに超える身体能力を有した超人達だ。
そんな彼等が壊滅し、あまつさえただ一人生還した者に至っては、仲間達の遺体を放置して逃げ出すしか無かったのだ。
──あのダンジョンは擬態していた
そう彼は言い残し、その後、命を落とした。
死因は縊死である。
だが衰弱死でもあり、出血多量死でもある。
餓死でもあり、全身を強く打った事によるショック死でもある。
実に奇妙な話だが、多種多様な死がその探索者の死因であった。
それでも死を決定づけた原因があるはずなのだが、協会調査部の調べでは件の甲級探索者は、様々な死の原因となる事象にほぼ同時に見舞われたとの事である。
それ以来、探索者協会は富士樹海ダンジョンを甲級と再認定し、厳格な管理下に置いた。
以降、現在に至るまで件のダンジョンは踏破されていない。
この記事を通じて、我々「月刊ダンジョン」編集部は改めて強く警鐘を鳴らす。たとえ甲級の探索者であっても、富士樹海ダンジョンに軽々しく足を踏み入れてはならない。
昨今ではこの様な慎重な姿勢を嘲笑う様な風潮があり、外部団体が富士樹海ダンジョンに挑戦するといった話も耳にするが、ダンジョン探索者協会に所属する探索者諸君が賢明である事を希求する所である。
■
夕暮れ。
歳三は月刊ダンジョン特別増刊号を閉じて大きく息をついた。
面識が薄い者と出会った時の精神的疲労がようやく癒えてきた様にも思える。
歳三は飯島比呂と改めて会い、彼に対して悪感情の類は一切抱かなかった。むしろ好青年だと思ったが、それでもただでさえ苦手な若者である。ましてや飯島比呂はやけに距離感が近く、去り際に握手などを求めてきた始末であった。それだけではない。個人連絡先であるコードも聞かれたのだ。
もっともコードについては教える事ができなかったが。
Stermが全損していたからだ。
Stermはちょっとした破損程度なら自己修復する便利なダンジョン素材で作られているのだが、歳三のそれは数千度の高温で炙られてしまって修復出来る損傷度合を超過してしまった。
だが握手については、悩んだものの応じる事にした。
これでいてモラリストな面もある歳三は、相手が友好を求めて握手を求めてきたのに、それを跳ね除けるという残酷な事は出来ない。単にNOと言えないヤワな精神だとも言えるが…。
結句、歳三は手汗をダクダクと流しながら飯島比呂と握手を交わしたのだが、飯島比呂は歳三の手汗に嫌な顔一つせず、真夏のラムネ・ソーダ以上の爽やかさを思わせる笑顔を浮かべて去っていった。
歳三は、飯島さんのコミュニケーション能力は甲級相当か、などと偉そうな事を思いつつ、窓から夕日を見る。
昼と夜の境界線と見られる部分はどこか紫めいた空色模様で、何とは無しに懐郷的な気分を覚える。
そんな風に歳三がロンリーでウルフな心境に浸っていると、病室をノックする音が響く。
またぞろ見舞いだろうかと歳三が応じると、看護師の女性がひょっこり顔をのぞかせて、 "桜花征機" の佐々波という人からお電話が入っていますが、などと言ってきた。
歳三はハア、だとか、ウン、だとかそんな返事をして電話を受ける旨を伝えると、なにやら端末を手渡してきたので受け取った。
『ご無沙汰しております、佐々波です。佐古様でしょうか?突然申し訳ありません。その後、お加減は如何でしょうか?暫くの間は面会謝絶だとセンターから伝えられましたので、お見舞いの方にも行くことが出来なかったのですが、先だって連絡した所、面会謝絶は解かれたとの事でしてこうして改めて連絡を差し上げた次第でして…いえ、実は少々相談があるのです。佐古様がこういった状況であるにも関わらず、相談などというのは如何にも不躾な事で恐縮なのですが…』
歳三は佐々波からの電話で、先日共闘した二機のロボット… "鉄騎" と "鉄衛" がなにやら妙な事になっている事を知った。
「はあ、言う事を聞かない…?」
歳三は小首を傾げる。
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