日常33(四宮真衣、鶴見翔子)
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「ええ~?これは小太刀だよ。私が欲しいのは太刀なの。もっと長いやつだよ」
四宮真衣は口を尖らせて言った。
真衣の正面のテーブルの上には大きめの端末…ノートパソコンが開かれて置かれている。
ここは鶴見翔子の家だ。翔子は比呂と同じ様に一軒家に一人で暮らしている。それは真衣も同じで、飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子らの両親はダンジョンの闇に消えたまま帰ってこない。
「でも柄のボタンを押すと刀身が飛び出しますって書いてあるから、射程距離が伸びるんじゃない?ほら、値段も安いよ。6万円。商品名は…ええと、
答えたのは鶴見翔子だ。
真衣と翔子は隣り合って座りながら、ああでもないこうでもないときゃいきゃいやっている。ちなみにパソコンにはキーボードもマウスもない。かわりに二人は耳に小型の端末をはめこんでいる。脳波発信機だ。マインドデスクトップ型の端末を操作するために必要なデバイスである。
マインドデスクトップとは大変異前から存在していた技術で、ニューヨーク大学の博士研究員やイスラエルの大学の研究者たちが開発した汎用の脳コンピューター・インターフェイスである。当時の技術水準は、ユーザーは1文字あたり20秒のタイピング・スピードでWindowsパソコンの大部分を制御できるといったものだった。
元はといえば麻痺患者向けのインターフェイスなのだが、ダンジョン時代においてはユーザーの適正にもよるがマウスとキーボードを使うよりも素早く正確にコンピューターを操作出来る様になっている。
翔子がちらと空になったグラスを見ると、冷蔵庫から冷やした紅茶のボトルが飛んできて二つのグラスに注いだ。ボトルは再び空中を飛び冷蔵庫へ戻っていく。
「ありがと!っていうかね、刀身が飛び出るってそれ駄目じゃん!飛び出しちゃだめだよ、よけられちゃったらどうするわけ?」
「私だったらエイッて念じて引き戻すけど」
「私はそういうの使えないの!知ってるでしょ。それに口コミ見てよ」
翔子はどれどれと口コミを見た。
§
★☆☆☆☆
桜花征機の悪ノリ製品。これを購入するくらいなら銃を買おう
★☆☆☆☆
スペツナズナイフと同じ原理です。勿論まともに中りません。中ったとしてもこれで倒せるモンスターは戌級指定のものに限られるでしょう。もしくは対人を想定した物と考えられます。いずれにしてもダンジョン探索に於いては実用性はありません。
★★★★★
(コメント欄記載なし)
★★★★☆
(コメント欄記載なし)
★★★☆☆
★★★★★
(コメント欄記載なし)
★☆☆☆☆
ゴミ!!!!!この製品を致命的な欠陥ある。ブレイド飛びます。もどらなくなります。使い捨てだ、詐欺!
§
「うーん…駄目そうだね」
翔子が重々しく頷きながら言うと、でしょ、と真衣は答えた。真衣は桜花征機の専属探索者であり、装備品の全てを桜花製品で統一しなければならない。
専属探索者は契約先企業の製品を格安で購入でき、定期的に試供品を受け取る事が出来、大きな旨味がある企業依頼を優先して受ける事ができる。また、人気が出やすいフラッグシップモデルやハイエンドモデルなどの優先購入権が与えられる。ついでに言えば些細な役得もある。記念日などにちょっとしたプレゼントをもらえたりする。例えば、等級の昇級などの際に等級に相応しい武器をプレゼントされるのだ。
四宮真衣も丙級に昇級した際、桜花征機から『
紅葉斬り花禅は丙級向けのスタンダードな太刀で、当然ながらダンジョン素材が使われており、花禅という名の調律師が作成した刀である。調律師とは鍛冶機械の調整をする者を意味する。基本的に武器はが大型鍛冶機械を使用して作成しているのだが、調律師とよばれる役職の者が鍛冶機械の各種パラメーターを調整する事で味というものが出てくる。
ちなみにクラシック・スタイル…つまり、自分の手で鍛冶仕事をする者もいないわけではないが、素材がバチクソに硬く、また加工の過程で生物を溶解させるガスが発生したりすることも珍しくない為、一般人鍛冶師では少々荷が重い。刀を鍛えるにせよ、槌を振るった瞬間に爆発する殺意に満ちた金属も存在する。まるで加工されたくない、いじられたくないとい意思がある様な厄介な金属はダンジョン素材には珍しくはない。
これに対して昔ながらスタイルを貫こうとする刀匠…自然派刀匠は、素材の反逆にも耐えうる肉体を備える事で対応しようとした。つまり、ダンジョンで生物としての階梯を上がる事で毒ガスや爆発に耐えるのだ。
しかしこの手法は多くの問題を孕んでいた。
まず、この手法を取ろうとした名のある刀匠の多くが死んだのだ。ダンジョンで死んだ。よくよく考えてみれば当たり前の話なのだが、当時は誰も気づかなかったのである。死ぬかもしれないという事に。馬鹿な話であった。
ともあれ、既にメイン武器があるというのに真衣は予備となる武器を探していた。まあ形あるものはいずれ壊れるので、まさかの時に備えてサブウェポンを用意しておくという考えは間違ってはいない。特に刀は人気の武器種であるため常に品薄だ。しかも作成ノウハウを所持している企業は少なく、その最大手が桜花征機である為に専属探索者になりたがる者は多い。
ちなみにもっとも人気が低い企業は如月工業である。
理由は気持ち悪い装備…例えば自走式芋虫爆弾を初め、気色の悪い生体兵器ばかり作るからだ。芋虫爆弾は芋虫がモンスターに付着すると爆裂し、強酸性の体液をぶちまけるという代物である。爆発のタイミングは付属の端末で調整ができる。しかし成人男性の腕ほどの大きさの芋虫を持ち運びたがる者は余り居ないだろう。
■
「そういえばさぁ、比呂…ちょっと変わったよね」
真衣が翔子に言った。翔子は頷く。
「なんか…だんだん女の子っぽくなってる気がする。でも中身は逆かな。凄くストイックというか、私たちでもついていけない事があるよ。主に体力的に。私も4徹くらいはわけないくらい体力がついたんだけどな」
それを聞いた真衣はうんうんと頷き、少し声を潜めた。
「今日とかも流石にしんどいから私たちは休養日にあてたけど、比呂はダンジョンに行っちゃったもんね。どうする?もう二人がかりでも一本も取れないかもよ?」
翔子は淡く笑って答えた。
「リーダーに頼り甲斐がある分には良いと思うよ。それに妙にやる気がでる時ってあるもの。私がPSI能力に目覚めた時だって比呂と真衣に沢山付き合ってもらったしね。死にかける事で見えてくるものがあるんだよね。でも本当に死んじゃったら意味がないから、その辺のフォローをお願いしたっけなぁ」
真衣は苦笑して "そんな事もあったなぁ" と首を振る。そして、ところでさ、と再び声を潜める。
「比呂が…女の子になっちゃったら…どうする?」
その時は…、と翔子が思案する。
「女の子マニュアルをつくっておこっか。ほら、比呂、生理の事とかも何も知らないでしょ。そうじゃなくて感情的にはって意味なら何とも思わないよ。私たち3人の性別がどうなったとしても、それでどうにかなる絆じゃないとおもう。しょっちゅう命を預けあっているんだよ?性別なんてどうでも良い話だと思わない?」
翔子が澄まして言うと、真衣は両の指…人差し指と中指を立ててダブルピースの構えを取った。
なにそれ、と翔子が問う。
「たし蟹のポーズ。たしカニ…チョキチョキ」
そんな事を言いながら真衣は翔子の二の腕の肉をチョキチョキとつまんだ。翔子は目を細め、"むんっ" と力を籠める。
すると柔らかかった腕がたちまちビキリと硬化し、チョキチョキを完全に防いでしまった。
見た目は文系少女である翔子だが、それでも丙級探索者だ。例えば果物ナイフあたりで斬りつけられても、かすり傷程度ですませてしまう程の質の良い筋肉を備えている。
二人はそれからも揉み合い、押し合い、へしあっていた。
そして真衣は僅かにバランスを崩し、それを支えようとした翔子と半ば抱き合うような態勢となり。
視線と、もしかしたら心の繊細な部分が交錯し、やがてどちらともなく視線を逸らせた。
二人の頬は僅かに赤い。
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