日常32(歳三)

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 歳三は蕎麦のつゆまで一滴残さず飲み乾し、にやりと笑った。塩分過多であろうつゆを全て飲み乾した自身のピカレスクっぷりに一種の男らしさを感得したのだ。


『ええ!?男らしくなるにはどうすればいいか、ですか?そうですねえ、それはやはり清濁を併せのむってことです。良い事も悪い事もわけ隔てなく受け入れる度量の広い器をもった男性は…まぁ男らしいと言えるでしょうね』


 とある日の飲み会で歳三は権太に男らしさを得る方法を問うた所、権太はこのように答えた。それをどう曲解したか、歳三は良い事も悪い事もする男が男らしいのだ、と勘違いしてしまっている。


 だがこれでいて根がピュアピュアしい歳三なので、女を襲ったり金を奪ったりなどという邪悪な真似は思いつきもしない。思いついたとしても歳三はそれを実行しないだろう。犯罪行為はやってはいけない、と歳三は言う筈だ。過日のあやまちを歳三は反省しており、現在の遵法精神は非常に高い。


 そして、悪い事というのは要するにワイルドなウルフのような真似を言うのだろうと自己解決した歳三である。


 ワイルドな男とはどんな男か?それは身体に悪い事でも平気でやるタフな男だ。例えば酒の一気飲みや、身体に悪そうなものでも平気で食い散らすような振る舞いを平気でする男だ。


 歳三はタフになりたかった。だから蕎麦のつゆを全部飲み乾したのだ。非常にしょうもなく、くだらない思考から導きだされたナンセンスな所業であった。歳三はもう少し賢くなる必要がある。だが歳三のこのような思考の根幹にあるピュアマインドが歳三の肉体を超人的なものに仕上げていることを考えると、彼はこのままアッパラパーのままの方が良いのかもしれない。


 馬鹿の早食いでさっさと蕎麦を食い終わった歳三は食器を返却棚に返す。棚と棚の間からは厨房の様子が見えるが、頭を青々と丸めた小坊主が食器を洗浄機にかけていた。九字蕎麦は小坊主の修行の場でもある。店長は怪異対応も出来る密教坊主なので、万一の場合にも安心だ。


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 ちなみに全国に展開している九字蕎麦だが、その店長にはある種の"お役目"が与えられている。その地域一帯でダンジョンが発生する場合、密教坊主は何やら不可思議な精神感応によりそれを察知する事ができるのだ。


 協会も感応のPSI能力者職員を全国各地に散らせているが、高野グループとの連携により、高い確度でダンジョン発生を察知する事ができる。


 ちなみに九字蕎麦の坊主がダンジョン発生したら最寄りの協会支部か警察へと連絡をする事になっている。するとすぐに当該地域の住民避難が実施される。一般市民がダンジョン化に巻き込まれないようにしなければならないからだ。勿論それでも巻き込まれる人々の数を0には出来ないが、黎明期と比べれば段違いであった。


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 ありがとうございましたという言葉を背に受け、歳三は店を出た。今日はこのまま帰宅するつもりだった。寄り道をするつもりは一切なかった。元来が引きこもり体質の歳三だ、室内にいたほうが心安らかに居られるのである。


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 部屋に帰るなり歳三は胸ポケットからタバコを一本取り出した。


 ぴん、と指で弾く。

 宙空をくるくると回転しながら舞うタバコはしかし、歳三の恐るべき動体視力の前では止まっているも同然であった。


 歳三は回転するタバコが自身の目の高さにまで落ちてきた瞬間、背筋が凍り付く様な迅さで手刀を横一文字に振るう。何もかもをぶったぎってしまいそうな妖刀めいた凄まじさを感じさせる歳三の手刀だ。タバコは愚か、人体や最新鋭の戦車でも切断可能である。だが、歳三の手刀はタバコを切断する事はなく、その先端を掠めるのみに留まった。意図的にそうしたのだ。


 ジッ、と音がしてタバコが跳ね上がる。それをすかさず空いた手でキャッチして、歳三はフィルターを咥えて思い切り吸い込んだ。手刀が掠める事で摩擦熱が発生し、その熱を利用してタバコに着火させたのだ。


 ゆびぱっちんで着火できる歳三だが、先の秋葉原ダンジョンの一件でティアラが見せたでこぴん着火からインスピレーションを得た。



 巡るニコチン!

 ヤニによる癒しが歳三の肉体に性的快感にも似た快楽を与える。


 そのままスパスパとタバコを吸いながら、歳三は寝室へと向かった。ベッドに腰かけ、スパスパスパスパとタバコを吸う。煙を輪っかにしてポコポコと天井に向けて吐き出す。


「明日やろうは馬鹿野郎、明日やろうは馬鹿野郎…」


 そんな事をいいながら、歳三は喫煙を続けている。


 この後はティアラに連絡をしなければいけなかった。同伴者…友人をつれていくことになったと。食事会楽しみにしていますという様な事をメッセージしなければならない。

 だがそれがどうにも億劫だったのだ。


 ──文面は敬語か?それともきさくな感じで書くべきか。書きだしはどうする?難しい…ネットで調べようか…


 戦場を共にした相手との食事である。楽しみは楽しみであった。しかし、いかんせん経験が少なすぎる歳三はしょうもないことでウダウダと悩んでいるのである。


「明日野郎はバカ野郎、賢く、賢く、なりたいな~…」


 歳三はふにゃふにゃと即興でつくった歌をうたう。

 一種の現実逃避であった。

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