日常37(歳三、飯島比呂、ティアラ、ハマオ)

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 "ネスト"の店内は、探索者たちの活気に満ちていた。各テーブルでは、様々な雑談が繰り広げられている。内容は雑多だ。戦術論や最近熱い企業、あいつがどうした、あいつがどうだなんていう無責任な噂話。


 §§§


 右手のテーブルでは若い探索者グループが食事をしており、テーブルの上に黒光りする銃がいくつもおいてあった。どこそこの銃を買った、銃弾のコスパを考えるとああだこうだ…そんな風に熱心に語っている若者を、仲間と思しき者たちが目を輝かせて見つめている。


 ──確かに銃っていったら岩戸重工が一番に挙がるんだけどさ、他の企業に目を向けてみると良いモノ出してたりするんだよな


 ──KUNITOMOとか?


 そうそう、と若者は嬉しそうにうなずく。KUNITOMOは国内の銃火器メーカーだ。探索者たちからは玄人向けだと位置づけられている。銃を買いたいと思ったとして、国内メーカーから選ぶとすれば、まず第一候補にあがるのが岩戸重工である。


 対モンスター戦で大事なのはまず火力だ。交戦時間が長引けば長引く程危険水域が拡大する。というのも、ダンジョンでは人が死線を乗り越える事で新たな力に目覚める事があるように、モンスターにもそういった現象が起きるケースがあるのだ。


 だからこそ火力が重要視されるのだが、威力が高まればその分取り回しは悪くなるというのが一般的な考えであった。良い銃というのはその辺りのバランスをどう案配するかという点に掛かっており、岩戸重工はその案配を非常に高いレベルでやってのけた。


 対してKUNITOMOは威力一辺倒の非常に尖った設計思想を持っていた。威力とは継戦火力という意味もあり、より強い銃撃をより多く浴びせるという事に強いこだわりを見せている。そこに使い手への配慮は見当たらず、カタログスペックに惑わされた初級探索者がKUNITOMOの銃に手をだして、銃の反動によって文字通り手首から先を失うという事故も少なくなかった。


 §§§


 ──あんなヒヨコがKUNITOMO銃なんて使ったら、腰から上が吹き飛ぶぞ


 ──大体、銃自体が女子供の護身用に過ぎないしな


 ──分かってる奴は銃なんてつかわないよな


 ──弾切れの概念がある時点で駄目だよ


 ──ブレードもだめだな。刃が潰れる


 ──やっぱハンマーか


 そんな事を言っているのは二人組の男だ。年の頃は20代後半から30代半ばといった所。若者グループの声が聞こえたらしい。歴戦の気配…はせず、若者たち初級探索者らと大して業前が変わらないように見えるし、実際に大して変わらないのだが、インターネットのまとめサイトなどを見て得た多くの知識がある。要するにニワカであった。


 §§§


 ビュッフェコーナー近くのテーブルでは、女性探索者たちが最新の装備について語り合っている。


 ──桜花のX-23型ボディアーマー見た?シャープで、光沢のある黒がかっこいいよね。でもちょっとゴツいかな?型番Xから始まるってことは次期フラッグシップモデル候補ってことよね


 ──影桜と同型だよね。あれよりもっと軽くしたやつでしょ?でもそれってすぐ壊れるじゃん…桜のワンポイントがちょっと可愛いけど


 ──他の企業の装備もあるよね。ヘルメスとかシロエとか…前時代からのハイブラも探索者向けのファッション装備を出してるよ。そういうのは駄目なかんじ?


 ──うーん、駄目じゃないけど命も掛かってるからさぁ。この前ヘルメスが出したチュニック型の装備あったじゃん。私あれ買ったんだけど、渋谷のダンジョンの火の奴に燃やされちゃったよ


 ──ああ、大火事が原因でダンジョン化したんだっけ。当時の火事を再現するんだよね。火事くらいならどうってことないと思うけど、それで燃えちゃうんだったら実用性はないね


 ──うんうん。私下着だけになっちゃって、協会に連絡して服持ってきてもらったんだからね。恥ずかしかったなぁ


 ■


 歳三は店内をぐるりと見渡して、再び自分の服装を見遣り…安心した。店内の客、つまり探索者連中の服装はめちゃくちゃだったからだ。鎧姿、ジャージ姿、下着同然の卑猥な姿、迷彩服や、ステレオタイプな魔女のコスプレめいた恰好をした者もおり、ついでに言えばその者は宙を浮いている。PSI能力者なのだろう。


 このめちゃくちゃな空間内では、しおれた背広姿などは個性の波涛に飲まれて消えてしまう。


 ド平日だというのに店内は満席に近く、ティアラが席をとってくれなければ座る席がなかっただろう。歳三達は案内された丸テーブルの周囲に各々座り、暫時視線を交錯させた。


 誰が何をいって "始める" のか。


 要するに、さあいまから食事会を始めましょうというのを誰が合図するかという事に僅かな緊張感が走るというのはあるあるだが、今回に関してはホストはティアラなのでヨーイドンをかけるのもティアラである。


「えー、佐古さん、先日は助かりました。じゃあ、まあ私の奢りってことで!好きなだけ食べちゃってね。飯島クンもついでにどうぞ!」


 色々オプションもついて4人分の食事代、20万円はくだらないだろう。ティアラとしてはこれでお礼はすませたなどとは思わない。というより、これで済ませた事にしてしまってはもったいないと考えていた。何度かこういう機会を持ち、親しくなり、ツテ・コネを形成しようとティアラは考えている。

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