日常19(歳三、その他)
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探索の翌日の事だ。
歳三は朝からずっと怠惰な一日を過ごしていた。
今は自宅のベッドで寝タバコをしている。
しかしそこは根がしょうもなヤニカスに出来ている所の歳三だ。そんな事は些末でしかない。灰を灰皿に落とそうとはしているのだ、それで微風に煽られ、敷布団を汚す事になってもそれはそれで仕方ないではないかなどという行雲流水めいたメンタルが歳三を支える。
チッと舌打ちの音。
歳三が珍しくいらだっているのだ。
といってもその怒りとも言えない苛立ちめいた感情は、特定の誰かへ向けられたものではない。
東京ガイアンツの連敗が止まらない事へ向けた感情であった。
歳三は先程から大手掲示板、"NANAちゃんねる" の野球速報板、"がい専" スレッドを見て舌打ちしているのだ。
§
【1 : 如何でしょう解説の名無しさん】
7連敗で泥沼状態。奈良解任やろ
【2 : 如何でしょう解説の名無しさん】
奈良が解任されたら次の奈良が出てくるだけだぞ
【3 : 如何でしょう解説の名無しさん】
過去一弱い
【4 : 如何でしょう解説の名無しさん】
ノラゴンズよりマシ
【5 : 如何でしょう解説の名無しさん】
リリーフの不安定さが目立つ。リリーフ王国って呼ばれてた事もあったのに
【6 : 如何でしょう解説の名無しさん】
牧吉が打てているからそこは救いやね
§
ぐう、と唸りながら歳三は首を振った。
──肝心な所でパコパコと打たれてよ、俺がピッチャーだったらこうはいかねえぜ。まず死球スレスレの投球を連発し、相手打者をビビらせるんだ。腰がひけてちゃ球はうてねぇ。コイツはやばいぞと思わせて、そこをど真ん中にズドンよ。それが駆け引きって奴だな
戦闘時に於いて歳三はダーティファイトを辞さない強かさがあるが、その辺のシビアなタクティカル・マインドをスポーツ観戦に適用するのはちょっとしょうもない。
ともあれそんなくだらない事を考えていた歳三は、ふと腕に巻いた包帯を見て、つい昨日の事を思い出した。それは新宿歌舞伎町Mダンジョンの帰り、そして病院で診察を受けた時のワンシーンの事だ。
ふわふわといろんな情景が頭に浮かび、何だか暗い気持ちになってしまった。
「海野さんもやけに機嫌が悪かったし、俺も厄介患者扱いされてよ…世知辛い世の中だぜ、ガイアンツはろくに勝てねぇし。クサクサしてきたな、昼寝でもするかい」
歳三は独居中高年男性らしく、独り言をブツブツと呟いてからタオルケットにくるまって昼寝を始めた。
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ちなみに、根が被害者根性にこりかたまってもいる歳三であるので、ちょっと嫌な事があればすぐネガティブに考えてしまうのだが、実際は彼が思うような状況ではなかった…という事もままある。
例えば…
新宿歌舞伎町Mダンジョンからの帰還後、歳三達は出迎えに来ていた海野千鶴が運転する車でそのまま病院へと運ばれた。
ついでにといってはなんだがハルも一緒だ。
「チッ」
ちなみに車内では、海野の舌打ちが車内に何度も響き、歳三とハルは極度の緊張を強いられた。なぜならばDETVとダンジョン探索者協会との関係がイマイチだからである。 桜花征機は協会とズブズブなので、愛社精神溢れる海野としてはいまいち面白くはない。
『大丈夫です、マスター。チヅはハルが気に食わないのです。マスターに隔意…』
ここで鉄騎は歳三の表情をちらと見た。
『マスターが嫌いなわけではないのです』
『ソウダゾ ムシロ …』
鉄衛の言を海野はワァワァと遮る。
海野は例によって、強烈な男性的な魅力を歳三に感じていた。
顔は好みではないのに、なぜこうも傍にいるだけで胸が高鳴るのか。それはやはり…
──こ、の、圧ッ…!
副音声というものがある。映像メディアにおいて、主音声以外の音声の事を言うが、
普通にみればただの冴えないおっさんだというのに、よくよく見れば禍々しく、得体がしれない人型の怪物に見えるのだ。
凄まじい力を持った恐るべき怪物。
あらゆる敵から、あらゆる不幸から自身を護ってくれる男の中の男。目が曇っている海野には歳三がそう見えて仕方がない。"この男に抱かれろ" と下腹部に宿る熱が囁く。
押し倒されてしまえ、と。
圧倒的な力を持つ雄に押し倒されて、隷属という名の快楽に浸ってしまえ、と。
そんな海野が運転する車はどうにもふらふらと危うく、"運転に集中しろ" とばかりに鉄衛が後部座席を蹴り飛ばさねばならなかった。ちなみに何でもかんでも操縦できる鉄衛が運転するという手はない。免許がない為である。
■
そんなこんなで歳三とハルは新宿某所の探索者用の病院で手当てをうけ、しかしハルの方は軽い診断だけで叩き出されてしまった。その病院は蒲田で入院した時と同様に協会に属する施設であり、他組織の探索者などに対しては非常に冷淡である。
黒髪中髪、すらっと細身で眼鏡をかけた、どうにも女子ウケしそうな知的風イケメンなドクターだ。
そんな彼はハルを一瞥し、"ま、特に問題はなさそうです" などというカジュアル診断を下し、面倒そうに語を継いだ。
「貴女、協会所属の探索者さんじゃないんですよね?当院は原則としてダンジョン探索者協会所属の探索者さんしか診ていないんですよ。これ以上は当院で診察はしかねますので、お帰り願えますか?どうしても気になるというのなら…」
不安で表情を歪めるハルに、イケメンドクターはさらさらと何かを書き留め、手渡す。
「ここの病院にいくといいでしょう。ここは所属関係なく診てもらえますから」
ハルははわわと赤面し、何やらモゴモゴと例を述べて退室していった。ちなみに支払いは自腹だ。適当めいた診察だけでン万を取られる。探索者に保険は適用されない。
最初に冷たくしておいて、最後にちょろっと優しくする事で、最終的な印象を友好的なものへと転換するというDV彼氏がよく使いそうなテクニックをさらりと見せたドクターは、今度は歳三に胡散臭い笑みを向けた。
察しの悪い歳三でもそれが作り笑いだと分かる笑みだ。
目だけがぎょろぎょろと歳三の全身を舐め回す様に視ている。
「腕が切断されかけたとの話ですが、まあ問題なさそうですね。応急キットは使用済みですよね?ええ、でしたら問題ありません。それで右腕のほうですが…痺れますか?ああ、段々よくなってきた?それはよかったです。まあちょっと力みすぎちゃいましたかね、一応…ぬり、ぐすりは出しておきます、が…」
などというカジュアルな診断をされて、痛むようなら連絡をくれなどと言われて歳三も帰宅を促された。さっさと帰れといわんばかりの様子だ。
歳三達が出て行ったあと、イケメンドクターは暫時忘我に囚われていた。原因は歳三の体である。
実の所、このイケメンドクターはただの医者ではなく、PSI能力を備えた医者であった。まあその辺りは珍しい事ではなく、探索者という超人が負う怪我というのは一般の医者の手に負えるものではない場合も多い。
そこで重宝されるのが特殊能力を持つ医者だ。
協会職員兼医者だと思って構わないだろう。
このイケメンドクターも人体を透過し、病根や致命に至る負傷箇所などというものを見切る特別な眼を有している。
その眼力が確かに見通したのだ。
暴を宿した肉の奔流を。
この病院を押し潰さんばかりの質量の肉がうねり狂い、歳三の皮膚を突き破ろうとしているのを。
暴のエネルギーに充溢した凶暴な肉だ。
あらゆる生命体を叩き潰し、取り込み、新たな虐殺の糧として永久に暴れ続けるだろう。
だが恐るべきはソレを宿し、完璧に制御している歳三であった。
──乙級認定の探索者を視た事は一度や二度じゃあない。でもあんなモノは1人も居なかった。あれは人間か?それともモンスターが人に化けているのか?人間ではない…とても、とてもあんなモノは…
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