日常27(権太、嬢×2)

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「ええ?怖い話、ですか?」


 夏だから、という雑な理由でマナナンが権太へ怖い話のおねだりをしたのだ。権太はウーンと悩み、顎の下の肉をこねまわしながら何やら思案し…やがて口を開いた。


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 言うまでもなく、ダンジョンは日本だけではなく世界各国に存在する。


 ダンジョンに対する向き合い方は国それぞれ異なっており、日本の様にダンジョンと共存する事を選んだ国もあれば、ダンジョンを異世界からの侵略の様に捉え、根絶を目指そうという国もある。基本的には共存というスタイルが主流ではあるが。やはりメリットが大きいからだ。勿論デメリット…危険もあるが。


 ともあれ、ダンジョンというのはこの世界の大きな謎、神秘の一つであることは間違いない。


 だが、謎だとか神秘だとか、そういうモノは何もダンジョンだけではないのだ。世界には様々な "説明がつかない事" が存在する。


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 ダンジョン時代を迎えてから様々な界隈で大きな動きがあった。


 例えば軍事産業など大きな利益を受けた界隈もあるし、大きく割りを食った界隈もある。


 その後者である所の界隈の代表が、いわゆる霊能界隈である。心霊、怪異、呪いだのなんだの "説明がつかない事"…そういったものを清めたり祓ったり、そんな界隈だ。


 こんなものは全て詐欺というのが前時代の通説だが、ダンジョン時代では話が少し変わる。


 日本…というか世界には確かに本物の心霊現象が、本物の怪異が存在していた事が判明し、そういったものに立ち向かう人々もいるのだ。小さいながらも組合のようなものを作ってさえいる。ちなみに政府はこうした団体に少ないながらも補助金を出している。


 だがダンジョン時代となって、時が経つにつれてそういった人々…団体は次第に割りを食う様になっていった。


 というのも、心霊現象の類を解決できるのが霊能者だけではない事が判明したからだ。その者達は単純に霊能者の代替というわけではない。解決能力では霊能者を超える強力なライバルだ。なにせ霊能者たちが命をかけて臨む様な怪異に対しても、より多くのマージン、そして料金自体も安く請け負うのだから、高額な依頼金をとっていた霊能者たちはたまったものではない。

 補助金だけではとても食べてはいけず、霊能者を廃業した者も増えた。


 そのライバルとはずばり探索者である。

 彼等が霊能者たちの仕事を奪う形になってしまったのだ。


 探索者は日常的にモンスターと命のやりとりをしている。

 モンスターは千差万別で、探索者を害そうという手段も物理的なもの以外にも超能力めいたものや、精神攻撃の様な事をしてくるものもいる。


 探索を進め生物としての階梯をあがる毎に、探索者はそういった攻撃に適応していき、一般人なら瞬時に狂死する念波を気合で受け止め、耐え抜き、実体をもたないモンスターをPSI能力だの特殊素材の武器だので殺してしまう。


 結局の所、探索者達にとっては幽霊だの怨霊だの死霊だのは不定形モンスターに過ぎず、であるならば対抗も可能という理屈であった。ゆえに業務外ではあるが除霊めいた事をすることもある。それはプライベートで怪異とまみえたり、あるいは協会経由で仕事が依頼されてきたり、ルートは様々だ。


 だが、いずれにせよダンジョン探索より簡単な仕事ではあった。


 霊とモンスターの違いは、その存在がダンジョンにあるかどうかの違いでしかないのだが、ダンジョンに在る存在というのは無機物も有機物も強度が向上している。ゆえに、ダンジョンに存在しないモンスターなどと言うのは弱いという事が保証されているようなものだ。


 除霊といっても霊と対話して清めるだの成仏させるだのといった賢くスマートな方法ではなく、霊をモンスターとして扱い、滅ぼしてしまう野蛮なやり方だが。


 例えば極々最近まで、"死の着信" と呼ばれる恐るべき心霊現象が存在した。それは一種の呪いともいえる現象で、スマートフォンに着信を受けた人物が丁度72時間後に確実に死ぬというものだ。


 だがその着信通知を受けたとある丙級探索者は、速やかに探索者協会へ相談し、協会が全面協力を確約。当該探索者は協会内の大広間で複数の探索者達と共に待ち構える事にした。


 72時間後、協会支部内に顕現した怨霊だが…当然の事ながら探索者の集団に返り討ちに遭って消滅してしまう。


 その怨霊は一般人の肉体を捩じり切るPSI能力めいた念動力を有していたのだが、そんなものは探索者の身体能力で十分耐えきれるもので、更に物理攻撃を無効化する特性も探索者達には通用しなかった。


 なぜならば霊の類に物理的な攻撃が通らないというのは、霊が位相の異なる世界の住人だからである。目に見える霊というのはいってみれば本体の影に等しく、しかし探索者連中というのは日常的に位相が異なる世界に身を浸しており、本能的にこの辺のからくりを理解していた。一般人ならばそうはいかないが、探索者ならば霊をぶっとばせるのだ。


 そもそもが霊の類は普段戦うモンスターと比べて惰弱でさえあった。というのも、霊が人を殺めるためにはいくつかの段階をパスしなければならないからだ。


 要するに対象を恐怖させなければならない。

 怪異を起こし、標的の心を萎えさせ、精神的な防御力を弱めてからでないと殺せない。


 しかしモンスターは余計な手順抜きにいきなり殺そうとしてくる。探索者にとっては幽霊、怨霊、死霊…なんでもいいが、そんなものより普段戦うモンスターのほうが余程恐ろしい存在であった。


 勿論霊の類にも非常に強大な存在はおり、そういったものはそんな簡単に滅ぼせやしない。そういう存在は独自の領域を作り出したりもする。いわゆる神域のヌシのような存在で、ここまで来ると一般の幽霊などとは格が違う。


 だがちょっと話題になったり、都市伝説で話に出る程度のものならば探索者にとってこれを排除するのはワケがない事だ。


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 このように霊能者のお株を奪ってしまった探索者だが、昨今では霊能者 兼 探索者というような者も増えてきている。時代の流れというやつだろう。


 だが、本格霊能者界隈はこの短絡的な抹殺除霊方式を強く非難している。死者を何だと思ってるのだと怒っている者も少なくない。


 皮肉なのは探索者界隈…主に、探索者協会も同じ考えだという事だ。餅は餅屋という言葉もあり、幽玄の世界の事は修行した霊能者なり坊主なりに任せればよいと考えてはいるが、緊急性が高い除霊の依頼…たとえば死者が複数名でており、現在進行形で増加中とかそういう依頼は探索者協会へ投げられる事が多い。なぜならその方が犠牲者も少なく、また、確実に解決できるからである。


 高額依頼が協会へ流れることにより、霊能者界隈はいまカツカツなのだ。


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「……とまぁ、そういう事情がありましてねぇ、夏らしい怖い話といっても余り上手くお話できる自信がないんですよ。いかんせん、探索者や協会職員なんてのは、幽霊の事を死者の怨念云々ではなく、不定形のモンスターだと考えていますからねェ。それはそれで、こう…殺伐としすぎているなとは自分でも思うんですけどねぇ」


「外科の医者様が内臓を見慣れてるようなカンジ?」


 ほぼ裸のマナナンが後を引き取ると、権太は頷いた。

 権太と歳三が協会職員と協会所属の探索者であることは既に割れていた。


 歳三のシャープで力強いカラテ・テクニックを見たマナナンとマコピーが問いただしたのだ。というより、さくらんぼのヘタでビール瓶を切断するなんて探索者以外にはほぼありえない。その歳三はいつのまにかソファでギリリリと歯ぎしりの音をたてながら眠ってしまっていた。バニー♀のマコピーが膝枕をしている。


「ええ、まあね。そんな感じでしょうね。だから怖い話といっても中々ねえ、白々しくなっちゃうんです。我々はダンジョンと関わる事で精神的に、肉体的に強くなったのかもしれません。ただ、肉体的に強くなったというのはまあいいですが、精神的に強いという事はどうなんでしょうねぇ…強くなったのではなくてただ鈍くなっただけなのではないか、私はそう思っています。いずれ我々はどんな事にも心を動かせない、人形の様な存在になってしまうのではないか…という様な事を想像すると少し不安になる事もありますよ。まあ例外もいますが…」


 権太はそういうと、クソ雑魚ナメクジメンタルである所の歳三を見た。マコピーはギリリリリリという歯軋りに辟易してか、人差し指を歳三の唇にあてて音を封じようと無駄な抵抗をしている。


 ノリで "夏だし怖い話して★" と頼んでみた所、思った以上に考えさせられる返答が返ってきた事にやや困惑するマナナンだが、 "頭部にパンティを被ったままでは何を言おうと決まらないのだな" という事もすぐ気付いた。

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