日常26(歳三、権太、嬢×2)

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「佐古さん、佐古さん!アレやって下さいよ!ビン切り!ほらぁ、君らも見たいよねぇ?佐古さんのかっこいい所!この人はこうみえて "グランドマスター" って呼ばれてる空手のタツジンなんですよ」


 ピンク色のパンティを頭から被った権太がひゃひゃひゃと笑いながら言う。権太はやすっぽいソファに座り、その膝には肌露出度98.5%の姉ちゃんが座っていた。


 照明はピンクだの紫だの次々色合いが変わり、店内はどうにも淫猥な雰囲気だ。そう、権太と歳三は "そういうお店" に来ていた。酒が出て、雰囲気があって、エロい姉ちゃんがいる店だ・


 時刻は既に午前をまわっていた。『超都会』からの二件目である。いわゆるハシゴという奴だった。


 歳三はこういう店は苦手で、とても一人では行けない。なぜならば自分の一挙手一投足の何が性犯罪に直結するか不安で不安で仕方ないからだ。


 しかし、保護者がいるならば話は別である。この場合は権太だ。歳三はとにかく自分一人で何かを判断する事が大の苦手なのだ。


 社会人としてどんな振る舞いが是で、どんな振る舞いが非であるかをいまだ自身で判断できない。ピンクなお店なのだからピンクな行為はOKなのだろう、だが胸を揉むのはOKだとしても尻は?下ネタを言うのは大丈夫なのか?


 この辺の是非は普通の人間なら自分で聞くか、もしくは雰囲気から自然と察する事が出来る。しかし歳三にはそれが出来ない。歳三という男はピンクな話だけではなく万事がそうである。


 一々誰かが見せてくれたり教えてくれたりしないと何も出来ないベビベビなのだ。歳三自身もそのままでは良くないとは思ってはいる。しかし、肉体を強くするのとは違い、精神を成長させるとは具体的にどうすればいいのか歳三にはさっぱり分からない。だが、歳三はこの言葉を知っている。


 ──"健全な精神は健全な肉体に宿る"


 この言葉を信じ、歳三は健全な精神を招来しようと肉体を鍛え続けている。健全な精神と健全な肉体を得れば、その時こそ晴れていっぱしの社会人として社会に参画出来ると信じているのだ。


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「えーっ!?ビン切りって、ビンを切っちゃうの?割ったりするんじゃなくて?すっごーいッ。でも危ないからやめたほうが良いと思うよ、もしガラスで手とか怪我しちゃったら大変だし!あ!ほら、フルーツ来たよ、さくらんぼ好き?あーんしてね」


 歳三の隣に座っているバニー姉ちゃん…マコピーがアニメ声をあげる。肌露出度は60%といった所か。その手は歳三の膝、内腿を撫でまわしており、こういう店の従業員として正しく接客していた。


 だが内心はやや違う。酔っ払いは時としてフカす事があるという事を彼女は良く知っている。というかまさに先週、この流れでビン切りとやらをやろうとして小指を骨折、さらに吹き飛ばしたビンが他の客にあたってトラブルになった事があるのだ。マコピーとしてはどう見てもタツジンではない中年オヤジの蛮行を阻止したかったのである。


 マコピーがさくらんぼを咥えて、それをそのまま歳三の口に運ぶ。


 接吻!!!

 まあこういう店ではよく見る光景ではある。他の座席ではおっぱじめるかどうかと言う雰囲気のグループもあった。


 だが酔っぱらった歳三は特にテンションをあげもせずさげもせず、ふわふわした気分のままさくらんぼを食べながらビール瓶を眺めていた。


 ──確かに、少し酔ってるからな。怪我しちまうかもしれない…怪我するのか?ガラスなんかで?いや、酔ってると転んだだけで死ぬこともあるらしい…まとめサイトでそんな記事を見た。それは大変なことだ…葬式の時どう紹介されるんだろう。ころんで死んだ人です、とか言われるのか?やだな…そうだ、少し酔いをさまさねぇと…なんだっけ、チェイサーっていうんだったか?難しいことばだ、なんでもかんでも横文字にしやがって…それにしてもマコピーはなんでウサギでもないのにウサギの耳がはえている…?獣人?なろう小説によく出てくる…そう、怪我だ!!!!怪我をしないようにビンを切る…道具ドーグを使うか、なんでもいいが…


 酔っ払い特有の支離滅裂思考を連ね、歳三はおもむろに口からさくらんぼのヘタをつまみだし、権太以外の誰にも見えない高速度でテーブルの上のビンを袈裟に一撫でした。


「ううむ…恐ろしくはやいヘタでの一撃…私でなきゃ見逃しちゃいますね…」


 頭部パンティおじさんと化していた権太の表情が暫時醒め、感嘆の声をあげる。


 え?と二人のねーちゃんが権太を見つめ、次に歳三へ視線を移す。当の歳三はといえばぼんやり天井を見つめ、ヒトという文字について考え、悩み、ブツブツ呟いていた。はた目からみれば完全に異常者である。


 酔っ払いはわけわからない事を考えるしょうもない生き物なので仕方がない。


「…ヒトという漢字は、互いに支え合ってると言うやつがいる…でも片方がもう片方に寄りかかっているというヤツもいる…だけどよ、手で書くのと端末に打ち込むのと、形が違うんだ。手で書くとどちらかがよりかかってるように見える…うちこむと支え合っているように見える…どっちが本当だか、俺にはわからねェッ…!ウッ、ウッ…ウッ…」


 歳三の様子に権太はゲラゲラと笑い、マコピーとほぼ全裸姉ちゃん…マナナンは首を傾げる。


 次瞬、音を立てて崩れるビール瓶。

 割れたのではなく、袈裟に斬られたせいで上半分が滑り落ちたのだ。


「斬り口が少し溶けてますね。摩擦熱か何かか…ビンの横に落ちてる焦げたモノはさくらんぼのヘタですか。マコピーちゃん、マナナンちゃん、旭真空手を知っていますか?ほら、マンディ・フグとかの…。この技こそ旭真空手の奥義、ヒート・ブレイドです」


 マコピーとマナナンは絶句する。


「ひええ…空手ってすごい…」とマコピー。


「え。これが空手なの?ヒートブレイドって英語の技名とかあるの?あるかな?あるかも…」と言ったのはマナナンだ。


 二人の女の子の呟きを聞いた権太は、"あるわけねえだろ" と思ってゲラゲラ笑っていた。

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