日常85(今井 友香、鉄衛他)

 ◆


 港区青山某所のタワマンの一室で、休日だというのに今井 友香は朝から情報収集に余念がない。


 国内、特に都内の厄い情報を漁りまわっている。


 更には歳三に関する個人情報も合法非合法な手段を問わずに収集し、本人のパーソナリティを分析しようとしていた。


 交友関係、生い立ち、あのような人格形成に至った経緯──……そんな些細な情報でも構わない。


 そういった情報の断片を繋ぎ合わせて、友香はギリギリの線を見極めたかったのだ。


 何がギリギリかといえば、歳三が生きるか死ぬかのギリギリの線である。


 探索者側からすればいい迷惑かもしれないが、それは人による。


 そもそも探索者は何故探索者となったのかを考えれば理由は明らかだ。


 金を稼ぐ為という者も居るし、普通の仕事が出来ないから探索者になった者もいる。


 だが一番多いのは、自分なりの願いなりを抱いてダンジョンの干渉に夢を託して探索者となった者たちである。


 ダンジョンの干渉はダンジョンに潜れば速やかに影響を受けるわけではなく、死線の一つや二つ、三つや四つは潜り抜けて行かねばならない。文字通り命を懸ける必要があるのだ。


 ただ、死んでしまっては意味がない。


 勿論ぬる過ぎても意味がない。


 願いをかなえたいなら相応の試練を乗りこえなければいけないのだ。


 生か死か、この辺りの見極めは非常に難しく、多くの探索者が生死のラインを見極め損ねてダンジョンの藻屑と消えていった。


 そして友香の見極めは非常にシビアだが、このラインをぴったりと看破する。


 彼女の見極めで振られた依頼で探索者が死んでいくのは、ひとえに探索者の心構えが足りないせいだ。


 ゆえに安定を求める探索者にとっては友香は死神でしかないのだが、どうしても自分を変えたいという探索者にとっては幸運の女神の様な存在と言って良かった。


 ちなみに友香としてもこういったオペレーション・スタイルはリスクがある。


 国は無意味に人材を損なう事を酷く嫌う為、友香がただ死体を量産しているだけだったならば彼女自身がその死体の山の一部となっていただろう。


 そしてその死は例え彼女が某政治家と密接な繋がりがあったとしても免れ得なかったに違いない。


 友香がそうなっていないのは結果を出しているからだ。


 政治家の私兵部隊、陸海空の自衛隊の特殊戦闘部隊の精鋭、これらは凡俗には勤まらない仕事ではあるが、友香の薫陶を受けた人材が少なからず所属している。


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 そんな友香だが、「へえ」と眉をあげた。


 見知らぬ人物から秘匿コードでカバーしたプライべートの連絡先に通信要求が届いていたのだ。


 "秘匿コードでカバーする"というのは要するに極めて高度な暗号化手法を用いて自分の連絡先を隠蔽しているということだ。


 暗号化である以上、適切な復号鍵を用いれば解除できるのだが、それは1マイクロ秒ごとに複数回に渡って変更されるために復号は困難を極める。


 大変異前、非常に強力だとされていたRSA暗号は、当時のスパコンを十全に活用しても暗号化解除に1億年掛かるとされてきた。


 その基準で言えば友香の施している暗号化を解除するには当時の技術で500億年を必要とする。


 つまり、宇宙開闢から現在までずっと解除作業をしていても4分の1程度しか終わらないと言う事だ。


 とはいえそれはあくまで当時の技術での話で、現在は量子復号鍵などで外部から無理くりに突破できなくもない。


 とまれ、これが解読されるというのは相手も相当な情報技術を持っているという事になる。


 友香の今の立場からして、通信の内容は専属のオペレーター業務に関する事だろうという事は容易に予想ができた。


 ──通信内容は交渉かな、それとも脅迫かな? 


 友香としてはどちらでも良い。


 彼女は殴ったり蹴ったりといった戦闘能力こそないが、"戦い" とは何も殴る蹴るばかりを指すわけではない。そして彼女は殴る蹴る以外の戦い方が滅法得意でもある。


 友香は楽しそうに笑みを浮かべながら、通信要求に応じた。


 ◆


 通話を終え、鉄衛は今後のプランを練り直す事を決める。


 鉄騎と鉄衛、二機の目的は主人である歳三を成りあがらせることだ。


 これは別に歳三が頼んだわけでも何でもなく、二機の自発的な意思であった。


 歳三の望みが社会に居場所をつくる事だと言うのは二機も聞いている。


 社会に居場所をつくる──……それをちょっと拡大解釈しただけだ。


 その為にどれ程の血が流れようと構わないとも思っているが、そういった過激な思想は本来彼らには芽生えない筈のものである。


 しかしダンジョンが彼らを変えてしまった。


 ダンジョン干渉によって自我を得た二機が歳三に入れ込むのは、例えるならばインプリンティングの様なものだ。


 よりにもよって中卒で多汗症で低身長で体毛が濃く、容姿諸々に劣り、そして前科(痴漢)持ちの中年なんぞを主人として仰がねばならないというのは不幸な事だが、今更言っても仕方ない話ではある。


 ともかく二機の目的である歳三の成り上がりの為には功績が必要なのだが、簡単に手に入る功績に価値はない。


 そういう意味で、鉄衛が先程コンタクトを取った人物の特性というのは劇薬的ではあるが、しかし二機の目的を叶える為のパーツとしては有用だと言わざるを得なかった。


 友香は結果より生き死に劇場という過程を重視する。


 そして二機は過程より歳三の成り上がりという結果を重視する。


 そんな彼らの結託という事実が歳三に何を齎すのか。

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