日常80(歳三、金城権太、青葉日美子)

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 その日、歳三は一歩も家から出なかった。


 買い物にも出かけておらず、煙草とビールだけを摂取してテレビを見ている。


 どこにも出かける気はしなかった……というより、何一つしたくないという気分だった。


 金城 権太からの呑みの誘いでさえも、「ちょっと具合が」というしょうもない口実で断っており、今や歳三のマインドは灼熱のアスファルトの上で干からびているミミズとそう変わりは無い。


 まともに仕事が出来なかった事への失望をため息に乗せて、諦念を放屁に乗せて──…歳三はただただハアハアプウプウと自己嫌悪しているだけだ。


 過剰なストレスのせいで放屁が止まらない。


 自律神経のバランスが乱れて副交感神経が上手く働かなくなり、胃腸の働きが低下しているのだった。


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 先の教導について、探索者協会は歳三に対して批判的なアクションを一切取らなかった。


 実際に歳三がひよっこ達を殺害していたら大問題なのだが、ダンジョンで起こり得るトラブルを実践したというのは何ら批判に値しない。


 だが、突然自殺をしようとした事については協会は困惑しきりであった。あがってくる報告を読む限りでは粗悪なドラッグでもきこしめしたにしか思えないからだ。


 だが協会もいい加減歳三との付き合いが長い為、「なぜそんな事を?」などという愚問を投げかけたりはしない。そんな愚問には愚答が返ってくるであろうことは火を見るより明らかだったからだ。


 傍からみればイカレの所業ではあるが、歳三と協会の間には「ああ、佐古さんか……」で通じてしまう負の信頼感がある。


 また、協会の見解としては歳三に何らかのペナルティを与えるという考えはなかったが、より専門的なカウンセリングを受けさせた方がいいのではないかという意見が散見された。


 これについては人的資源管理部が検討しているとの事。


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 買い取りセンターの職員は査定部という部署に所属しており、査定部の者はセンターに出ずっぱりではなく、交代でオフィスでの事務仕事などに従事している。


 そして夕刻。


「佐古さんはまだふさぎ込んでるんですか?」


 青葉日美子が金城権太に尋ねた。


 二人はデスクが隣合っているのだ。権太は査定部の平職員である。少なくとも表上は。日美子のほうは正真正銘のド平だ。


 日美子はまだまだ新米のケは抜けないものの、一癖も二癖もある探索者達の相手をしている内にタフになってきた。何と言っても女性職員の多くが敬遠する権太に対してフラットに接しているのだから。


 ちなみに権太が敬遠されている理由は目つきがいやらしいから、そして禿げてて太っているからである。


 少なくともダンジョン干渉を受けている者で極端な不細工という者は滅多に居ない。ダンジョン探索を続けているうちに本人が考える理想の容姿に少しずつ近づいていくからである。


 このご時世、その気になれば大変異前よりずっと手軽に容姿を変えられるので、権太の様な……と言ってはなんだが、"そういう系" の容姿の者は変人扱いされるのだ。


 ちなみに余談だが、大変異後、長年ルッキズムの跋扈ばっこに厳しい視線を向けていた者たちもこれには喜色をあらわにしたものだった。ただ、干渉による容姿の改善が一般人にまで普及する事はなかった。


 なぜならば、一般人がダンジョンに潜ると大体くたばってしまうという干渉美化の唯一、そして致命的な欠点があったからである。


「ええ、まあねえ……。まあ何か失敗したらしばらくああなっちゃうのはもう昔からの事ですから……」


 権太は苦笑しながら答えた。


 歳三がまだひよっこだった頃からの付き合いがある権太は「色々な事があったなァ」とやや遠い目をする。


「早く元気になるといいですね。金城さんから佐古さんの人柄とかを聞くと、ちょっと信じられないくらいですけど、よく観察してみたら普通にコミュニケーション能力不全のおじさんって感じで、怖くなくなりました」


 日美子の酷い言い様に権太は一瞬ぽかんとするも、その言葉を否定は出来ない。ちなみに権太は日美子に「少し不器用なだけで別に怖い人じゃないですよ」と言っただけである。


「それより、あのお話は本当なんですか?ほら、専属の……っていう話」


 日美子がやや声を潜めて権太に尋ねた。


「まあ、余り口外はしてほしくない……といっても、結構広まってしまってますからね。多分近日実施されるとおもいます」


 権太が苦々し気に言う。


 "あの話" とは何なのか?


 それは副会長である桐野光風が提言した "ろ号計画" とよばれる施策である。


 一言で言えば上級探索者に対して専属の職員──…オペレーターをつけようと言うものだ。これには一定等級以上の探索者に対する協会の干渉をより強めようという意図がある。


 ◆


 旭ドウムの一件は協会会長である望月の求心力を低下させた。


 ダンジョンに関する事故で膨大な犠牲者が出てしまったのだから、これはある程度は仕方がない。


 だがその影響は会長派の基盤にも及んでおり、副会長派はこれを好機と捉えて切り崩しに動き出した。


 更に副会長の桐野光風はこの機に乗じて、乙級以上の探索者に専属の職員を配置するという提言を行う。専属職員は副会長以下、派閥の重要な幹部が任命する事、というのがまたいやらしい。


 表面上は探索者の支援を強化するためとされていたが、その背後には副会長派による探索者たちへの影響力を強化しようというものだ。


 なお、協会会長望月はこれに反対をしている。


"ろ号計画" は短期的には探索者達の強力なバックアップとなるが、長期的に見た場合、ダンジョンからの干渉を弱め、探索者の弱体化に繋がるとの理由からだった。




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ウィザードリィライクなハイファンタジー小説、「ダンジョン仕草」の改稿でやや時間がとられて投稿が遅れました。また、これは特に読まなくても支障はないのですが、その他探索者のちょっとした小話をサポーター向けに近況ノートに掲載しています。モブ探索者の日常①~⑦がそれにあたります。

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