日常69(歳三、探索者3名、飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子)

 ◆


 比呂はにこやかに歳三に声を掛け、続いて怪訝そうな視線を蒼島たち3人へ向ける。


「ええと。すみません、お話し中でしたか?」


 比呂の言葉に蒼島が答える。


「ああ、でも君たちにも声を掛けようと思ってたんだ。佐古さんにも伝えたのだけど、良かったら僕らのチームに入らないか?君たちの事は聞き及んでいるよ、新進気鋭の探索者チームだってね」


 ああ、と蒼島は続け、比呂たちに自己紹介し、比呂たちもまたそれを返した。


 この間、歳三は通路に設置してある消火器を見ていた。理由はない。


「確か、"風華" の副リーダーさんですよね?」


 比呂が蒼島に尋ねる。


 "風華" とは都内ではそれなりに名が通っている探索者チームで、その構成人数は32名。リーダーは乙級の女性探索者だが余り表に出てこないタチらしく、チームは実質副リーダーの蒼島が運営している。


「うん、流石に知っていたか。最近メンバーに欠員が出てね、それで……」


 言い掛けた蒼島に真衣が待ったをかける。


「急に言われても困るわよ。それに、そういうのってこんなところで話す事なの?」


 真衣は眉をひそめつつ、「やべえなコイツ」みたいな表情を隠してもいない。彼女もまた蒼島らを知っていたが、実際に会ってみたらどうにも気に食わなかったのだ。


「流石に知っていたか」という言い草はなんなの?上から目線に感じてムカつくぜ……くらいのことを思っている。


 そんな真衣だが、隣に立っている翔子は一切掣肘しなかった。


 それどころか、歳三が凝視している消火器を一緒になって見ている。


 理由は二つ。


 一つは歳三が消火器をあんなにも熱心に見ているのかが気になったから。


 もう一つはどうせチームになんて入らないんだし、さっさと話が終わってくれないかなと思っていたから。


 そんな彼女たちに対して、蒼島のパーティメンバーである三城 ゆず、工藤 美咲らはやや厳しい視線を向けていた。蒼島が軽んじられていると思ったのだ。


 俄かに空気が悪くなってきたことを感じ取ったか、比呂は少し困った様子で提案する。


「とりあえず場所を変えませんか?ここだと余り落ち着きませんし」


 蒼島らは同意したが、真衣は目を細め不満そうに、そして翔子は痙攣かなにかと間違えるほど僅かに頷くだけ。


 歳三は何も答えない。消火器を見ている。


「ちょっと貴方たち、さっきから……」


 蒼島のパーティメンバーである三城 ゆずが思わずといったふうに声を荒らげた。


 それに対し蒼島は「いいんだ、僕が声を掛ける場所をもう少し選ぶべきだった」と答え、手を三城の頬へと当てる。三城の頬は僅かに赤く染まり、瞳が潤みだした。


 そんな茶番めいた光景にウンザリしたか真衣が大きく舌打ちをして、刺々しい口調を取り繕おうともせずに言った。


「ねえ比呂!佐古さんに挨拶は出来たし、チームだって入る必要はないでしょ?元々は佐古さんと蒼島さんの話じゃん。私たちは関係ないんだからさっさと行こうよ。翔子はどう思う?あ、佐古おじさんの事をどうこうってわけじゃないからね!」


 真衣の言葉に翔子は漫然と答える。


「私は余り興味ないけど。リーダーは比呂だし、話だけでもしたいっていうならそれはそれでいいよ。でも他のチームに入るっていうのは反対。目的を忘れないでね。あ、佐古さん、あの時は改めてありがとうございました」


 歳三は「ハァ」と中途半端に返事をするが、根がニブチンである所の歳三でさえ、真衣と翔子の言葉が場の空気を更に悪化させた事に気づく。だが歳三にはどうしようもない。すでにキャパを大分超過している状況だ。


 ライクアローリングストーンズ、空気の悪さは度合いを増していく。


 面白がって周囲で見ていた者達も引いた様な表情を浮かべていた。


 この間歳三はと言えば、やはり消火器を眺めている以外の事ができなかった。彼はどちらかと言えば自分を過小評価するタチに出来ているのだが、時にはまともな評価が出来る事もある。例えば今この瞬間だ。


 ──俺は、無力だ


 そんな事を思いながら、歳三は消火器から目をそらさない。いや、そらせない。


 一番の年上だというのにこのザマかという忸怩たる思いが歳三にもある。あるが、どうしようもないのだ。しかし人間、このようにいたたまれない状況に陥ると、何かを凝視する以外の行動がとれなく場合がある。そう、今の歳三の様に。


 そしてまたぞろ自己嫌悪マインドが鎌首をもたげてきた時、歳三は気付いた。


 消火器を見続ける事で気付いたのだ。


 消火器は火を消す道具であって空腹を満たしてくれるものでもなければ、移動時間を短縮してくれるものでもない。


 鈍器として使えなくもないが、それにしたってハンマーでも持ち出せば済む事だ。


 つまり、消火器に求められているのは消火の能力であって、他の事は求められていない。


 ──俺も同じなんだな


 歳三はそう思う。


 ──俺に出来る事は探索だ。もしかしたら探索のイロハを教える事もあるかもしれねえが……


 歳三は自分がこの場を収められなくても仕方ないし、仕方ない事を気に病んでもやはり仕方ないのだと納得できた。


 "納得できた"歳三は速やかに精神の均衡を取りもどし、考慮に値しないこと……つまり、その場の収拾を付ける事を放棄。


 そうする事で何がどうなるのかと言えば──…


「ああ、ええと蒼島さん。俺はチームとかは今の所興味ねぇンです。一人が良いってンじゃあなくって、もう……チームみたいのを組んでますンで。だから他を当たってくれると助かるんですがね。ってことで俺は帰ります。飯島君も、そういう事で。それじゃあ」


 歳三は言うなり背を向けて歩き出した。


 傍観していた探索者達はまるでモーセのアレの如く道をあけ、歳三は手刀を切りながら後ろを振り返る事無く去っていく。


 頭の中にはもはや蒼島や比呂の事などはない。


 このあっさりした感じは蒼島らや比呂たちにちょっとした衝撃を与えた。


 ──え?断るの?"風華"だよ?


 ──嘘、こんな空気で自分だけ逃げるの?


 ──忙しい所を邪魔しちゃったか…申し訳なかったな。でもチームを組んでるってどういうこと?


 ──なんか前にあったときと印象が違うなぁ


 読心術者がこの場にいれば、こんな思考が読み取れるかもしれない。


 歳三の精神は先日の戌級探索者たちとのエンカウントを通して確かに成長したが、それは言ってみれば自身の役割をやや拡大解釈したに過ぎない。


 探索者として後輩を指導(?)することも仕事の一環であると考えたのだ。然るに今回の状況は、歳三の理解の埒内に於いては探索者の仕事ではない。


 歳三が本当に立派な社会人となりたいなら、探索者としてのみならず、「大人」としても振る舞う必要があるのだが、そのあたりはまだ気づけない歳三であった。

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