日常70(歳三、探索者3名、飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子)

 ◆


「振られちゃったか。まあ仕方ない」


 蒼島の声に失望感はない。


 むしろ余裕すら感じられる。


 そして比呂はといえば、遠ざかっていく歳三の背を見てこの場を立ち去る事に決めた。


「すみません、僕らも今はチームとかは考えていなくって。ずっと三人でやってきたので、これからも三人でやっていくつもりなんです」


 ──佐古さんがこの人の申し出を受けたとしたら、僕も "風華" に入りたくなるだろうか?


 比呂はそう自問するが、出た答えは否だった。


 だが、歳三が "風華" の何を見て勧誘を受け入れたのか──…それを知る事には何かしらの学びがあるだろうという判断もあった。


 だから場所を移して少し話を聞くつもりだったのだが、歳三はあっさりと去ってしまったし、真衣や翔子に至っては機嫌を悪化させて、相手方のチームメンバーとも険悪になりつつある。


 特に、翔子の態度が比呂には意外だった。


 最初は興味無さげにしていた彼女だが、今では上質の薬物をキメたかの様に瞳孔が開いていた。真衣を自身の背に隠し、ヒリつく様な気配を放射する姿は臨戦態勢2歩手前といった様子ですらある。


 ゆえに比呂としてもこの場を速やかに立ち去りたいというのが本音であった。


「あれ?君達もかい?一応聞いておくけどチームに、特に "風華" みたいな大きいチームに所属するメリットは理解しているのかな」


 蒼島は心底疑問であると言った風に比呂に尋ねた。


 蒼島は比呂をマジマジと見つめ、一歩前へと踏み出す。


 翔子が放射する刺々しい波動を意に介した様子もない。


 ──乙級、蒼島 翼。20代後半と聞いているけれど、僕たちより少し年上くらいに見える。歳三さんと同じ等級……でも雰囲気は違うな


 比呂は歳三に対してこんなイメージを抱いている。


 それは夜空を煌々と照らす大満月だ。


 月光は太陽のそれとは違って押しつけがましくない。


 いくら強く輝いても、それを浴びる者の心身を損ねる事はない。


 月光は夜道を行く旅人たちの心の支えとなっている……そんなイメージである。


 そして比呂はよくこんな妄想もする。


 旅人である比呂は、夜が余りにも長く続く事に疲れ果てている。


 月一つない暗黒の夜だ。


 だが最近、夜空に大きな満月が輝く様になった。


 待ち望んでいた光は比呂の精神に染みわたり、遂には全身に余す事なく月光を浴びたくなってしまう。


 服越しでは満足できなくなってしまったのだ。


 ──だから、僕は……私は


 と、毎回いつもこの辺で妄想は終了する。


 然るに蒼島はどうかといえば……


 比呂は蒼島にとあるイメージを抱いた。


 それは無数に羽ばたく蒼い蝶の群れである。


 あるいはそれは蛾かもしれないが。


 蒼い羽は美しく、しかしどこか不気味だ。


 大量の鱗粉を周囲へ振りまいている。


 そして比呂は、その鱗粉に僅かな腐臭を感じた。


 ◆


 ちなみにだが、一定規模以上のチームに所属するメリットは大きい。


 例えば装備を始めとした物資全般を融通してもらったり、戦闘・探索技術の指導、ハイリスクハイリターンの高難易度ダンジョンに挑む際にメンバーを充実させて挑めたりと、大小多くのメリットがある。


 反面、行動の制限などのデメリットもある。また、チームリーダーとメンバーで能力の開きが大きすぎた場合、メンバーが "働き蟻化" してしまう恐れもある。これは言ってしまえば奴隷化だ。


 比呂はこれらのメリット、デメリットを理解した上で申し出を断った。


「ええ、理解しています。でも僕らには僕らの目的がありますので……それじゃあ僕らもこの辺で失礼させてもらいますね」


 その様にして去って行く比呂達の背に三城 ゆず、工藤 美咲らは厳しい視線を向けるが、蒼島は平気の平左といった様子だ。


 苦笑しながら三城と工藤に言う。


「いやあごめんごめん、ネームバリューだけで行けると思ったんだけど」


 そんな蒼島に三城は慌てた様子でフォローする。


「いえ!翼君は何も悪くないです!」


 それに工藤も続いた。


「そうよ、悪いのはあの人達だから!」


 蒼島は三城と工藤の頭を一撫でして、僅かに目じりを綻ばせる。


 そして、蒼島のただそれだけの仕草で二人はコロッとイカれるのだ。


 ・

 ・

 ・


「それにしても翔子、バチギレしてたじゃん。なんだったの?確かにウエメセでちょっとイヤな感じだったけど」


 帰路、真衣が翔子に尋ねると、翔子は不機嫌そうに言った。


「……あの人ともう会わない方がいいよ。あの人、何かしようとしてた」


「何かって?」


 比呂が尋ねる。


「分からないけど。PSI能力って使われると何となくわかるんだよね。拳握って腕を引いた人が目の前にいれば、ああ殴ってくるんだなって言う事くらいは分かるでしょ?そんな感じだよ。でも詳しい事は分からないの。さっきの例でいうと、そのパンチはフェイントかもしれないし、ジャブかもしれない。ストレートかもしれないしフックかもしれない。もしかしたらパンチの動作自体が囮で、本命はキックかもしれない。だから詳しくはわからない。でも、何かしてくる前に耳元で大きな音を立てて体勢を崩したり、そういうことをすれば気が散って動作が遅れるでしょ?それと同じ事を私もしたの」


 翔子の説明に「なるほど」と思う比呂と真衣。


「じゃああの場から離れたのは正解だったね」


 比呂が言うと、翔子は無言で頷いた。


「でも、歳三さんは大丈夫だったのかな?何か影響を受けたりしてないといいんだけど……」


 不安そうな比呂に、翔子は僅かに逡巡してから言った。


「ねえ比呂。佐古さんの事が気になっているみたいだけど、私はやめた方が良いと思うよ。だって佐古さんは私たちの事を日本語が話せる人形かなにかだと思ってる……気がする。同じ人間だって思っていないんだよ。あの人が私たちを見る目は、私たちが石とか木を見る目と同じ。あ、質問の答えだけど、佐古さんは影響を受けてないはず。だって精神に干渉する為には、相手からなにかしらの興味を持たれていないといけないからね。道端の石ころを見て、それが少し形がよくてもそんなものに心を奪われたりする?つまりそういうこと」


 翔子のボロクソな言い様に、しかし比呂は不快感を覚えなかった。


 ──それなら、ちゃんと見てくれるように成長するまでさ


 そんなガッツまで湧いてきた程だ。


 だが、次に真衣が言った言葉で湧いてきたはずのガッツは萎えしぼんでしまった。


「そうかなあ。佐古おじさんって単なるコミュ障じゃないの?たまに会う時も絶対視線あわせないし、挨拶だって『ッス……』みたいなかんじじゃん。しばらくすればその内慣れて来ると思うよ」


 ──もしかしたら、そうなのかも


 いやでも、と悩む比呂だが、答えはでない。


 ◆


 ところで歳三だが、明治通りを帝京平成大学方面へ向けて歩いている時、僅かな異臭を感じた。


 ス、と耳たぶの裏に指をやり、少し強めに擦って匂いを嗅ぐ。


「やっぱりか」


 指から立ち昇る匂いは加齢臭のそれだ。


 歳三はコンビニでウェットティッシュ、ビール、煙草を購入し、そしてやや悩んでからボディシェイバーを購入した。


 ここ最近の歳三は何となく身なりを気にしている。


 それはやはり、人と会う機会が多くなってきたからだ。


 ちなみに歳三の端末の検索履歴はこんな事になっている。



 大人 なに


 社会人 資格


 スーツ 初心者


 探索者 私服


 身だしなみ なんで


 47さい 探索者



 この辺は金城 権太に相談すればいいのかもしれないが、こういう事はなるべく自分でやり遂げたいという思いもあった。


 人命が関わるような事態ならば歳三も迷わずに相談する。


 しかしコトは身だしなみだ。


 ──金城の旦那はママじゃねえからな。大丈夫だ、俺にはインターネットがある


 そんな決意を胸に、歳三は少しずつTPOなりなんなりを勉強していく。


 ちなみにその夜、ボディシェイバーが使われる事は無かった。


 そもそも風呂にすら入っていない。

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