日常68(歳三、探索者3名、飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子)


 ここ最近、歳三は週に4回はダンジョンに行く。


 これはかなりの頻度だ。


 通常、ダンジョンには週1回でも行けばいい方で、多くて2回といった所だろう。


 例えば丙級探索者が丙級ダンジョンを探索するという事を一般人基準で考えてみる。その場合、狂暴な野犬が出没する中で登山をする……といった感覚が一番近いだろう。


 ただまあ歳三としては特別な感覚はない。日々の仕事を淡々とこなしているだけといった所だった。


 鉄騎や鉄衛を伴う事もあれば、一人で行くこともあり、基本的には依頼を達成したらすぐに帰宅。行先がダンジョンでさえなければ、真面目なサラリーマンの様にも見える。


 依頼達成率は100%。このように真面目に仕事をこなす歳三だが、やはり他の探索者達からは避けられている。


 探索者は基本的にチームを組む。チームの規模はまちまちだ。2、3人の小規模なものから、50人を超える規模のものまである。協会はこれらを規制していない。ただ、チーム間抗争などは禁じている。


 ダンジョン資源の独占やダンジョンの占有が発生する心配がないため、その辺は緩いのだ。


 というのも、ダンジョンは一種の異世界の様になっており、例えばAというグループとBというグループが1時間差で入場した場合、両グループがダンジョンの中ではちあうという事はない。地形は同じだが、別々の空間へ飛ばされる。


 AとBのグループが内部で合流するためには両方、もしくはどちらかのグループが "合流しよう" という意識を持つ必要がある。


 話はそれたが、ともあれ普通は歳三の様な真面目な探索者はチームに誘われるのだが、歳三に声をかける者は少ない。非実力者は歳三を軽く見るし、実力者は歳三を警戒する。日頃の振舞いもそうなのだが、歳三は職員である金城権太と昵懇というのもいけない。


 歳三の事を特命職員かなにかなのではないかと思っている者もいるのだ。歳三が協会職員であるなら、その特命とやらを邪魔してはいけないという意識が働く。


 しかしそれでも、歳三に声をかける者がいないというわけではない。


 ・

 ・

 ・


 池袋本部、買取センター。


 歳三が探索から戻ってきたのは夕方過ぎになってからだった。鉄騎と鉄衛を誘って青梅の廃病院ダンジョンまで行ってきたのだ。


 丙級ダンジョンで、何度でも復活するモンスターが出てくるということを飯島比呂から聞いた歳三は、鉄騎とのコンビネーションを練るために赴いたという次第だった。


 情報は正しく、赤い肌の狂暴そうなモンスターが現れるものの、鉄騎は数分の戦闘でモンスターをぐちゃぐちゃにしてしまった。歳三の出る幕は全くなかった。


 この時鉄騎が見せたスパイラル発勁は、歳三をして痺れさせた美技だった。


 しかし歳三は、自身には決して使えないものだという落胆をも味わった。


 歳三は確かに超人めいた身体能力を有するが、関節の可動域などは人の埒内に収まる。鉄騎の様に手首部を高速回転させるというのはどだい無理なのだ。


 ともあれ10数分後、モンスターは再び現れる。


 歳三達はこれ幸いとモンスターを乱獲し、20体目あたりを葬った所で切り上げた。


 鉄騎は腕部が少々凹んだものの、それ以外には大きな損傷はなく、歳三はいうまでもなく無傷だ。チームワークの "練り" はいまいちだったが、こういうものはすぐに形になるものではない。


「まあ積み重ねだな」


 歳三のそんな言葉には余裕すら感じられた。


 素材を換金し、そしていつもの様にまっすぐ家に帰るべくセンターを出る。


 だがこの日は、歳三の狭い背に視線を注ぐ者達がいた。


 ◆


「ちょっといいですか。佐古さん……ですよね?」


 ここ最近よく話しかけられるなと思いつつ、歳三は後ろを振り向いた。


 若い男の声だ。


 声は柔らかく、フレンドリーな響きがある。おかげで歳三も無駄に緊張しなくて済んだ。


 振り返ればそこには3人の男女が立っていた。


 男、女、女。


 いずれの存在感も厚く、密であった。


 ──赤い髪の兄さんと同じか。それ以上か


 歳三の脳裏にいくつかの応答パターンが浮かぶ。


 ──「ああそうだ、俺が佐古 歳三だ」


 ──「はい、佐古です」


 ──「ああ」


 ──「そうです」


 ──「………(無言でうなずく)」


 etc


 馬鹿みたいな話だが、歳三は迷ってしまった。


 果たしてどのように受け答えをするのが正解なのか、歳三には分からなかった。


 対人関係に於いて、相手の機嫌を損ねない為の最低限の配慮というものは必要だが、この辺りの感覚は日常生活を送っていくにつれて自然と体得していくものだ。


 しかし歳三はこの辺のスキルが余りにも未熟に過ぎた。


 機嫌を損ねないためにどう応答すればいいのか、無駄に考えすぎてしまうのだ。


 これを「馬鹿の考え休むに似たり」という。


 結局歳三は、無言でその青年の目を見つめるというなんだか思わせぶりな態度を取ってしまった。


 威圧はしていないが、歳三の視線には異様な力が込められている。


 力とは何か?


 早く話題を振ってくれという願いである。


「佐古さんで間違いなさそうですね!初めまして、僕は蒼島 翼といいます。横の二人はそれぞれ三城 ゆず、工藤 美咲。等級は僕が乙級で、二人は丙級です。単刀直入にお願いしますが、佐古さん、僕らのチームに入って頂けませんか?」


 蒼島は白い歯がきらりと光る、そんなスマイルを見せる。女二人も軽く頭を下げていた。


 歳三は「なるほど」と呟く。


 何が「なるほど」なのか、歳三にもよくわかっていない。


 とりあえず口に出す事で、1秒だか2秒の時間を稼ごうとしたに過ぎなかった。


 通常、こういう無駄な抵抗は無駄に終わるのだが──……


「歳三さん!探索帰りですか?」


 更に声を掛けてくる者があった。


 やや高く快活で、若々しい声だ。澄んだ川に美しい銀色の鈴が浮かび、そして流れていく──…そんな情景が頭に浮かぶ様な声だ。分かりやすく言えば爽やかボイスといった所だろう。


 歳三はこの声を知っていた。


 飯島 比呂である。


 比呂は四宮真衣、鶴見翔子らを伴っている。


 歳三はふとその場の者達を見渡し、自身が平均年齢を引き上げているという事実に気づいた。


 そして、無性に帰りたくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る