日常67(佐古歳三他)

 ◆


 鷹ノ巣山ダンジョンで歳三が……鉄衛が稼いだ金額は大した金額ではあった。


 実働3時間程度でそれだけ稼げれば十分だろうと思える額だ。


 もっと探索すればより多く稼げただろうが、歳三としてはあの山はなんだか性に合わなかった。というより、やる事がなくて虚しい気持ちになってしまうのである。


 "万が一"に備えて歳三が周辺を警戒していたが、その"万が一"とは一体どういう事態なのだろうかとほかならぬ歳三自身がずっと疑問に思っていた。


 鉄衛が働くのを延々見ているだけなのだ。


 これはいたまれない。


 そんないたたまれない気持ちに歳三は耐えられなくなり、3時間で切り上げる仕儀となった。


 乙級ダンジョンの稼ぎとしては微妙かもしれないが、この世界の物価は大変異前と大して変わっていないため、一般的な感性から見れば大金と言える。


 ちなみに一般人の中には探索者よりずっと稼ぐ者もいる。


 例えばアメリカの某実業家などは、全盛期は時給換算で40億円を超える金額を稼ぎだしていた。年収は1兆だとかそこらだ。


 歳三も全盛期は数百億ちかい年収があったが、段々と「俺もいい年なんだし無茶はやめよう」などと堅実に仕事をする様になって、いまでは乙級でも余り稼げないおじさんと化している。今の歳三の年収はせいぜいが10億を切るといった所だろう。


 なお、貯金はない。


 多少はあったが、最近無くなった。


 ◆


「それにしても最近かなり探索されてますねえ」


 権太が歳三へ探りを入れた。


 またぞろ変な詐欺に引っ掛かってるんじゃないかと心配になったからだ。


 なにせ歳三は一度詐欺師に騙された事がある(『日常28』参照)。


 あー…と歳三は言い淀み、権太がより鋭い視線を向けた。


「桜花征機の、そのダンジョン探索の……ええと、サポートの…」


「んん?……ああ、はいはい、伺っていますよ。サポートのね、はいはい」


「俺が買い取る事になりまして」


「ええ?」


「いえ、蒲田でね、俺と探索して。それでまあ、凄くなっちゃって。じゃあもう買わないかって話になって」


 金城 権太はこれでいて歳三とは20年以上の付き合いがある。だから歳三の程度が低い説明でも大体のことを理解した。


 だが、権太をして桜花征機から"SKR-001"『鉄騎』と "SKB-001"『鉄衛』を買い取るという話は初耳だった。


 SKR、SKB戦術歩兵シリーズは、来たる有事に備えて桜花征機で開発が進められているダンジョン干渉適応型バトルドロイドだ。


 意思を持ち、そしてダンジョン探索を経て成長する第二人類と言ってもいい。


 ちなみにまた別種のHKR戦術歩兵シリーズというものがあり、こちらもSKRシリーズと同様に自律した意思を持つのだが、その意思の出所が両者で違う。


 SKRシリーズはAIであるのに対して、HKRシリーズは人の脳を使う(『説明回(ゐ号計画書)参照』)。


 また、前者は会長の望月が後援となっており、後者は副会長の桐野 光風が後援となっている(『日常57』参照)。


 ──凄くなった、とは?


 権太はそんな疑問を抱きながらも、これは早急に確認を取ろうと決めた。


「なるほど、まあ結構な値段だったんでしょうね。しかしそんなに一気にお金をつかってしまっては、生活も苦しく……いや、平気でしょうね、ハイ」


 歳三のマンションの家賃が5万そこそこ、生活費も水光熱など全部込みで10万を切るくらいだというのは権太も知っている。そして一度の探索で億は平気で稼ぐ歳三だ。生活に困るはずがない。


「ところで佐古さん、佐古さんの今のお部屋はかなり老朽化が進んでるでしょう?引っ越しとかは考えないんですか?……あれ?そういえば10年くらい前からそろそろ引っ越しを考えてるとか言ってませんでしたっけ」


 権太は突っ込んだ。


「そうなんですがねぇ、まあでも住む場所を変えるってのも、ほら。色々ありますから…って10年くらい前から言ってましたっけねぇ」


 歳三は苦笑いを浮かべながら権太に答える。


 権太は笑いながら「こりゃあと10年は引っ越ししなさそうだな」と思った。


 ◆


 帰路、通路にて。


「おい、おっさん!」


 歳三の背にゴロつきめいた声が投げつけられる。


 脳裏に一瞬、あの赤い髪の男が思い浮かべられたがすぐに違うと分かった。


 ──なんだよ


 そんな事を思いながら歳三は振り向いた。これでいて根が人見知りラビット気質に出来ている歳三は、「はじめまして」ではなく「おい」などと呼びかけられると辛い気持ちになってしまう。


 そこには3人の若者たちが立っていた。目つきが鋭い野良犬を思わせる、THE・ごろつきといった風の若者たちだ。粗暴で野卑で、歳三がもっとも苦手とする乱暴な人種であった。


 しかし探索者としての格はゴミカスも同然と思われた。


 なぜならば纏っているボディスーツがどうみても探索者用のものではなく、パチモン臭かったからだ。


 安いスーツならば20万円程度で買えるというのに彼らにはその金すらなく、怪しい露店だかどこかでパチモンを買うのが精一杯。


 まごうことなき戌級下位の探索者と言えた。


「そのボディスーツ、結構いいモン着てるじゃん。稼いでるってワケ?俺らさァ、最近探索者になったばかりでよ、あんまり金がねえのよ。カンパしてくれたら助かるんだけどよ」


 歳三感覚で0.002秒以内に3人まとめて完殺できそうではあるが、それはそれとして苦手な外見である事には間違いない。関わりたくないし、関わる義理も見出せないというのは無理からぬ事であった。


 歳三は素早く周囲を見渡して助けになってくれそうな者を探すが、誰も彼もが遠巻きに若者達を見ているだけだ。誰一人として助けようとはしない。


 しかし歳三は絶望を覚えなかった。


 自身の立ち位置を再確認出来て良かったとさえ思っていた。


 思うに、ここ最近の自分というものは少し浮かれていたような気がする……と歳三は思った。知り合いが増え、仲間が出来、職場からも少しずつ重要な仕事を任せられてきてまっとうな人間サマになったつもりで居た


 しかしそれは違うのだ。


 ──調子に乗る所だった


 歳三のネガティブなあれこれがそのコクを増していく。


 ──もし……ちゃんと出来ていたなら、誰か一人くらいは助けてくれる筈じゃねえか。だってあんなに人がいるんだ。一声あってもいい筈だ。それがないのはちゃんと出来ていないからだ


 人間の冷たさたるや!


 歳三は仮にも仲間である若者たちを少しも助けようとしない者達の冷酷さに、背筋に氷柱を突き込まれたかの様な寒気を覚えた。


 ──この兄さんたちは自分の事しか考えていない。だから皆この兄さんを助けようとしない。ガラが悪くて弱くてすぐ死にそうな探索者なんてどうでも良いと思ってるんだろう


 ──探索者本部でカツアゲなんてただで済むはずねえのに。自分の事だけを考えていたら、俺もそうなるんだろうな。見捨てられるんだ


 問題児が注意され、ふてくされ、更なる苦境へ自ら身を投じていくという典型的な自殺志願者ムーブを歳三は25年の探索者経験で幾度も見てきた。街の喧嘩自慢が探索者となってイキり散らした挙句に未帰還など珍しくもない。


 ──あれは俺の未来の姿かもしれねえぞ。俺も自分の事だけ考えていたら皆から見捨てられちまうかもしれねえ。なら世のため人の為に働く必要がある。努力をするんだ。頑張って当然の事を頑張るっていうのは努力とは言わないって望月くんは言っていた。探索者が探索をすることは努力しているとは言えない。頑張る必要がなさそうな事を頑張るんだ。探索以外の事でも頑張るんだ


 差し当っては、と歳三が若者たちに視線を向ける。


「柄じゃあねえんだけど……」


 歳三は呟くなり、俯いた。立派な社会人になるということは大人になるという事だ。このカツアゲを通して、歳三は「大人とは自分の事だけ考えているエゴイストであってはならない」という事に気付いた。


 後輩たちに身の程を教え、「自分はまだ弱い。もっと強くなろう」という精神改革を施す。それが大人としての役割なのではないか……歳三は気づきを得た。


 成長したのである。


 時に、実力者は自身の殺意や害意を可視化させて敵対者を威圧する事がある(『新宿歌舞伎町Mダンジョン⑤』参照)。


 若者たちは「ビビっちまったのかおっさん!」と嗤おうとしたが、すぐに嗤えなくなった。


 その場の者達は「ぎ、ぎ、ぎ」と空気が軋むような音を幻聴する。


 加えて、血に濡れた刃物が何百となく歳三の周囲に顕れ、自身へ向けて切っ先を向けているのを幻視した。


 刃の一本一本には目らしきモノがついており、ボタボタと血の涙を流しながら若者たちを睨みつけている。


 広めの通路には十分な明かりがあるはずなのに、周囲が薄っすらと暗くなる。


 床には無数の人骨が晒されている。


 まるでダンジョンの様な悍ましい異空間──…殺戮の荒野!!


 そんなものを若者たちを含む、その場の全員が視たのだ。


 その場に居合わせた丙級探索者 流石 小次郎さすが こじろうはウオッと呻き、思わず腰の銃を抜きそうになってしまう。


 彼は城戸 我意亞の知り合い(????)である歳三の顔とヤバさを知っており、調子に乗った小僧共がぶっ飛ばされるかビビりらすかするのを見世物感覚で眺めていたのだが……


 ──ここで殺る気か!?


 と、驚きを露わにした。


 当たり前の話だが本部での殺しは法律違反だし、本部じゃなくたって殺しは法律違反である。そんな事をやらかせばたちまち元上級探索者の武装職員が飛んでくるし、それでおさえられなければ本部詰めの甲級も出てくるだろう。


「まあ、そんなわけねえか」


 だが、小次郎はすぐに"アレ"は単なる脅しだと気付いた。恐るべき害意のイメージングだが、視覚のみに作用するというのは本気ではない証である。実力者が本気で相手を威圧すれば、嗅覚、触覚などにも生々しい感覚を覚えて然るべきだからだ。例えば高野グループの高僧などはこの手の技術を研究し、精神破壊、もしくは呪殺といった技法にまで昇華させている。


 見れば、周囲の探索者達もそれなりの数が混乱を脱していた。丙級でも中位以上、乙級の者達などはすでに冷静に事態の推移を見守っていた。


 彼等は歳三のそれがブラフだと見破ったのだ。


 ビビっているのは低級探索者達だけである。


 ◆


 ビビり散らし、失禁までしている若者たちを見ても周囲は動かない。


 それどころかニヤついている者までいる。


 歳三は前途有望な若者たちに「だれかれ構わず喧嘩を売るのはよせ、火傷をしてからでは遅い」というのを教えようとしたのだが、見事に失敗してしまった。


 これにはいくつも原因があるが、最たるものは若者たちに愛されマインドが備わっていないからというのが挙げられる。


 こんな修羅めいた時代ではあるが、人の心から慈愛が完全に失われているわけではない。弱者救済のマインドは残されている。しかし弱者にも二種類存在し、助けたい形をしている弱者とそうでない弱者がいるのだ。


 若者たちは後者であった。


 歳三は人の冷たさに恐怖すら覚えたが、腰を抜かして失禁までしながらへたり込んでいる若者たちを見て、ひとまずの目的は達したと理解した。


 自身を「足らぬ」と理解し、そして受け入れる事。これが向上の第一歩である。


 若者たちは二度と無分別なカツアゲなどを行わず、ダンジョン探索にまい進するであろう。そうすればいずれ実力もつくに違いない。


 歳三はそう確信し、少し満足げに笑みを浮かべてその場を立ち去っていった。


 ◆


「あのおっさんもよくやるよ。探索者になりたてのガキなんてどいつもこいつもあんなモンだろうに。一発睨みつけてやれば済むことだと思うんだけどなあ」


「佐古のおっさんは舐められるのが嫌いなんだよ。何年か前、寄生目的じゃねえかって噂されてた女探索者に声をかけられた時もそうだった。震えるほどブチ切れて、武装職員が冷や汗かいてたぜ」


「そいつはどうなったんだ?」


「勿論探索者を辞めたよ。PTSDだとよ」


「……あのガキ共はどうなるとおもう?」


「さあ?辞めてもおかしくねえかもな。……って、おい!なんだか様子がおかしいぞ!泡を吹いて痙攣してる!」


「くそ!おい誰か職員を呼んでくれ!」


 残された者達がそんな会話をしていたのを歳三は知らない。


 歳三は基本的にソロ探索ばかりなのだが、それは彼のコミュニケーション能力云々の問題もあるのだが、一番大きいのは行状である。


 皆余り歳三には関わりたくないと思っているのだ。そして協会はそれを知っていながら放置している……というより扱いを決めかねている。


 周囲からそんなふうに思われていると歳三が知ったら、一体どれ程のショックを受けるのかという懸念があるためだ。


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 今日も歳三は何だか駄目だった。

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