日常66(佐古歳三、 鉄衛、金城権太)

 ◆


 ここ最近、世間では色々な動きがある。


 例えば旭 ドウムの一件による探索者協会への責任追及の結果、会長である望月の辞任の話が出ているとか


 例えばDETVのダイバーとして再就職する戌、丁あたりの探索者が増えているとか


 例えば呼吸をする様に日本へ工作を仕掛けていた中国が、ここしばらくはめっきり大人しくなっただとか


 枚挙に暇がない。


 情報に敏な者はどう立ち回るかを考え、鈍な者も空気の変化を感じ取っている。


 然るに歳三はどうか。


 彼は何も考えず、ただ漫然と暮らしていた。


 しかし探索者稼業自体には真摯に取り組んでいる。


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 この日、歳三は奥多摩のとあるダンジョンに居た。


 奥多摩と聞くとニワカ者は「山しかないんじゃないの」などと知った口を叩くが、実際に山しかない。奥多摩町の総面積の6割が山林で、宅地面積は0.4%。町には登山客しかこない。そういう町である。


 ただこれは大変異前の話で、大変異以後は大層賑わっていた。


 理由はダンジョンだ。


 この辺には小粒なダンジョンが幾つもあるのだ。


 識者曰く、山林はダンジョンが出来やすい。


 理由は「山というものに神秘性や怪異を見出す人々が多いから」との事であった。


 連れは鉄衛。


 鉄騎はメンテナンスで不在。


 ◆


 今日は朝から乙級指定 "鷹ノ巣山ダンジョン" に来ていた。


 鷹ノ巣山は東京都西多摩郡奥多摩町にある標高1736mの山だ。


 乙級指定とはいうが、モンスターは出ない。


 この辺りは高尾山ダンジョンと似ているが、高尾山より遥かに剣呑である。


 山の植生。


 これがその理由だった。


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 にょきにょきと。


 歳三と鉄衛の視界一杯にキノコが生えている。


 厄を纏っていそうな黒いキノコだった。


 カサは黒く、ヒダ(カサの裏)は赤い。


 心なしかキノコ周辺の明度が僅かに低下している様にも見える。


 黒い胞子が噴射されているが、これが光を遮っているのだろうか?



 歳三は顔を顰めて近寄らず、代わりに鉄衛が旅行鞄にも似た収納ケースをがらがらと引きずりながら近寄って行った。歳三はヘッドフォンを装着しており、これはこのダンジョンで必須の "防具" だ。


「てっぺー、頼むぜ」


 歳三が言うと、鉄衛は「オッケー」とカジュアルに返事をした。


 黒い胞子の噴出が更に激しくなる。


 鉄衛がキノコの一つを引き抜く。


 するとその瞬間、恐ろしい絶叫が山を揺るがした。


 物理的な破壊を目的とした声ではなく、精神の破壊を目的とした声だ。


 この声を聴いた者は余程強い精神力を持っていてもその場で心が壊れてしまう、そんな声である。


 この声は聴いた者を


 かつて高野グループの阿闍梨級戦術坊主が精神修養の為にこの声を聴いて、結果的には自殺せずに済んだものの、その精神に大きなトラウマを負って現場復帰に3年という年月を要した。


 その坊主曰く、「20年来の幼馴染のおなごがいたとして、片思いの果てに幾つもの傷害を乗り越え、そして結ばれたとします。二人は愛し合い、子供も出来て。妻の膨らみつつある腹に幸せの極点を見出す。そんな幸せな日々が続いたある日、夫が会社から帰宅するとどうも様子がおかしい。家に誰もいない。訝しみながらリビングを探し、そして寝室へ向かう。そして夫は見るのです。腹を裂かれて殺されている妻と、床に打ち捨てられている嬰児の姿を。そして犯人と思しき者もそこで死んでいる。妻が最後の力を振り絞って逆撃したのでしょう。さて、残された夫はどう思うでしょうな。愛する者達は殺され、復讐すべき者は死に。どうです。」とのことだった。


 この恐るべき精神破壊的マンドラゴラめいたキノコはしかし、それなりの利用価値がある。


 探索者用の精神安定剤の原材料や、各種麻酔薬の原材料となるのだ。


 だが採取には非常に大きな危険を伴う。


 歳三は高性能なノイズキャンセリング機能付きヘッドフォンを装着していたが、本来はこんなもの平気で貫通してしまう。仮にこの絶叫を歳三が耳にしたならば、自殺くらいはしてしまうかもしれない。


 丙級指定雑司ヶ谷ダンジョンにも聴覚毒を用いるモンスターが存在したが(雑司ヶ谷ダンジョン②参照)、このキノコの毒性はその比ではない。


 だが鉄衛ならば問題はない。


 逆位相の音をぶつけて、音そのものを無力化させてしまえばいいのだから。なぜ鉄衛の機能は通用し、ノイキャンヘッドフォンが通用しないかといえば、単純にその性能差があげられる。鉄衛はその辺の戦闘機よりずっと金がかかっており、各種の機能も相応の性能を持つからだ。


 錯乱作用のある黒い胞子も問題ない。


 機械なので。

 

 鷹ノ巣山ダンジョンはとにかくこの手のヤバい植物やキノコ類で溢れている。


 植生は狂い、あらゆる植物が狂気的だった。


 樹々の葉の、その一枚一枚にでさえ致命の猛毒が浸み込んでいる様にも見える。

 

 魔界という言葉はこの山にこそ相応しいのかもしれない。


 ◆


「ほうほう、頼りになるお仲間さんですねえ。苦手な分野で仲間に頼るというのは良い事ですよ。正直ね、どこの組織でも言えますけど、なんでも一人でやろうとする人って迷惑ですねえ。そりゃあね、能力があるんだから一人でもやってやれなくはないんでしょうが、使う側からしたらやっぱり迷惑なんですよね。だって他の人らの士気を下げちゃいますし、失敗をした時も "遣れることはやったんだから仕方ない" ってロジックがつかえなくなりますから。なんで一人でやらせたんだって怒られちゃうんですよ、中間管理職とかがね」


 戦利品を計上していく金城 権太は、意識的にソロ探索者達をチクチクと攻撃しつつ歳三が持ち込んだ戦利品を計上していった。ちなみにこういった素材はわざわざ所属支部へ持ち帰る必要はなく、最寄りの支部で換金が出来る。


では支部ごとに独自性はないのかといえば、これは厳然として存在する。


というのも、その支部でしか斡旋していない依頼というものがあるのだ。


各支部は各支部の判断で依頼を請負い、それを所属する探索者に斡旋している。


だが、全国の探索者あてに依頼を出す事も出来る。


だから美味しい依頼は所属探索者向けに、そうでないものは他探索者も受けられるようにしたりとった事も出来る。


ちなみに歳三が奥多摩ちかくの支部に持ち込まず、わざわざ池袋に持ち帰ったのは特に理由はない。


しいていえば人見知りだからだろうか。


「それにしても結構量を持ち込みましたね、助かりますよ。探索者用のクスリの類はねぇ、やっぱり消費も激しいそうで。供給が追いつかなくなるかもみたいなことを製薬会社の人間から聞いてねぇ。どこの支部でも依頼は出してるそうなんですけど、クスリの原材料になる素材ってやっぱりちょっと癖があるダンジョンにしかないですからね」


 結局、どの素材も人力で集めているので効率が悪い。


 かといってダンジョンには車などは持ち込めず、機械化方面での効率化ははかれない。


 というのも、ダンジョンに車だのを持ち込むと、理由はわからないがダンジョンが怒ってモンスターを外の世界に吐き出したりするのだ。その末路の良い例は北海道は北見市の消滅事件である。


 また、ダンジョンを消滅させる場合も一定のルールを守らなければならない。外部から砲撃なり戦術核なり吹っ飛ばせれば良いのだが、それはできない。その場合内側から人力で破壊する必要がある。


 このルールを破るとやはりダンジョンは怒りだし、通常ではあり得ないほど強大な力を持ったモンスターをゲボゲボと吐き出すのだ。


 その末路が中東事変である。


 この世界には中東は存在しない(『事後』参照)。


 国同士の小競り合いが意図せずダンジョンを傷つける事になり、悪魔だの古代神だのを模したモンスターが地上に溢れ、熱核兵器の乱打だとかバチカンによる聖騎士団の派遣だとかで色々あり、結果的に中東は世界地図から消滅している。


 結句、この世界では通常兵器による戦争は行われず、なんだか時代を逆行したような人力至上主義みたいな感じになってしまっている。


 企業は戦車や戦闘機、ミサイルだのなんだのを作るのをやめ、鎧だとか剣だとか個人携行可能な銃だとかを作ったりしている。


 まあ表立った戦争はないので平和な時代と言えるのかもしれない。

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