日常59(歳三、佐々波清四郎、鉄騎、鉄衛)


「よう、久しぶりじゃないか」


 ラボへ案内された歳三は二機に向かって片手をあげる。


 しかし反応は返ってこない。


 歳三が佐々波を見ると


「ああ、もう調整は出来ました。ただ……ええと、そうですね、コンセントが入っていないんです」


 というような事を言う。ちなみにこれは相当に言葉を選んでいる。歳三はああと頷き、状況をすぐに理解した。


「二機を起動させるのは結構な手間がかかりましてね。ほら、人間も寝てるときにいきなり水をぶっかけられたら堪らないでしょう?優しく肩を揺すって起こされたいじゃないですか」


 佐々波の言葉に歳三は頷く。


「でも佐古さんが聞きたい事はわかりますよ、いつ二機と探索に迎えるんだ、という事でしょう」


「はい、二人に会うのも久しぶりだし、もし都合がよければ今日簡単なダンジョンにでもとおもったんですけど」


 すると佐々波は申し訳なさそうに謝罪した。


「すみません。ああ、でも明日はどうです?最近品川に丙級指定のダンジョンが出来ましてね。しながわ区民公園の一角がダンジョン化してしまったそうで。ただ協会はここを取り潰すつもりはなく、活かし続けるのだとか。やはりここらは乙級でも難易度の高いダンジョンが固まっていますからね。バランスが大事なんだとか」


 最初歳三は難色を示した。というのも新規のダンジョンは不確定要素も大きく、丙級だと思っていたが実は乙級だったという事も少なくはないからだ。


 この辺のアジャストは流した血と汗と涙の量によって正確な認定へと近づいていく。


「ああ、心配は無用です。品川支部がかなりの人的リソースを費やしたようで、大分調べは進んでいますよ。なんでもこの丙級ダンジョンを使って探索者を呼び込みたいんだそうです。ご存じの通り、探索者は所属する支部を自由に変更できますからね。それに新規流入も見込めます。品川支部もかなり力を入れてるみたいですよ、ここ最近は。管轄エリアの探索者が増えればそれだけエリア内の経済は活性化しますし……、まあなにより、品川支部長が副会長の子飼いというのもありますね。実績を出したいんだとか」


 良く分からないけど大人の事情があるんだなと歳三は雑に納得し、再び二機を見た。


 そして自身の服装も。


 よくよく考えてみれば、グレーのチノパンにTシャツである。控えめに言ってもダンジョンを舐めてるとしか思えず、歳三は反省をした。


 危険がどうかという話よりもまず、ダンジョン探索に対して真摯ではないと猛省したのだ。長年の経験で、歳三は一種の美学にも似た何かを探索に対して抱いている。


「まあそういうわけだ、てっこ、てっぺー、明日まで待ってくれや」


 歳三は二機に一瞥をくれ、佐々波とその場を立ち去った。


 ・

 ・

 ・


「あれ?鉄衛を動かしたか?」


 ラボの職員が同僚に問う。


「いいや?どうした」


「いや、首の角度がね。誰かが関節部のチェックでもしてたのかねえ、元に戻してくれないと困るんだよな、俺が落ち着かない。あ、鉄騎もだ。はあ、やれやれ」


「神経質……でもないか、一事は万事だからなぁ」


 鉄衛と鉄騎の首はドアの方向を向いていた。


 出入り口のドアである。


「二機揃ってなあ。しかしずっとこんな所で拘束されてたら外に出ていきたくもなるか。まあ明日を待つんだな、ご主人様が迎えに来てくれるぞ」


 職員の言葉に二機は当然反応しない。


 しかし、言葉を発した職員はマジマジと二機を見る。


「おいどうした?」


 同僚の問いにも答えず、職員は今度は二機に近づいて頭部をしげしげと見やる。


「まさか、なぁ」


「なんだよ」


「いや、何か視線を感じたっていうか、ざわっと来てね」


 職員のそんな言葉に同僚は苦笑して言った。


「おいおい、働きすぎなんじゃないのか?」


 そうかもな、と職員は仕事に戻る。


 ・

 ・

 ・


 歳三は佐々波に応接室へと案内され、そこで今後の予定……といってもそんなものはないのだが、周辺のめぼしいダンジョンなどの情報を教えて貰った。


 この辺の情報はStermで検索できるのだが、何かにつけて整理するということが苦手な歳三は情報の分析などが酷く苦手なのだ。


「──…と、まあこんな所ですかね。乙級指定ダンジョンがちらほらとありますが、難易度にかなりの差があるようですから。ただ、二機のスペックは上々ですよ。佐古さんの戦闘データもある程度は参考にさせていただきましたから。正直、これほどの身体能力は見た事がありません。少なくとも乙級には……まあ甲級となると、これはもう凄いを通り越して良く分からないというのが本音なのですが。気象兵器みたいな真似ができる人もいると聞きますし、どんな大怪我を負ってもたちまち治ってしまうという人もいるそうです。人為的に隕石を呼び込むなんて人もいるそうで、人間も極まればそんな事ができるんだなぁ……と」


 歳三はまるで漫画だかアニメだかの登場人物みたいだななどという感想を抱きつつも、まだ見ぬ甲級の探索者達に思いを馳せた。


 ◆


 それからも歳三は佐々波から二機についての説明を受け、聞いただけでは覚えられないためメモしつつ……、ともかく1時間程話していただろうか、佐々波が時計を見たため、歳三はそろそろお暇をする旨を告げた。


「ああ、いやすみませんね、お呼びだてしたのはこちらなのに。ちょっとこの後会議がありまして、でも佐古さんとのお話が楽しかったのでついつい時間を忘れてしまいました」


 流石の歳三もそんなのはお世辞だとは分かってはいたものの、根が単純なので悪い気はしない。


「いや、気にしないでつかぁさい。俺も良いお話ができましたし、また明日お邪魔すると思いますから」


「つかぁさい……?あ、いえ、そうですね。では明日、時間は14時でよろしかったですか?新宿の時と同様、海野を迎えにやらせますから。二機についてもまあカモフラージュの様な事は考えてあります。連れて歩いても平気な様にね」


 ありがてえ話だ、と歳三は冗談めかして手を合わせる。


 佐々波がそうなるようにアプローチしたからなのだが、おっさんとおっさんという気安さもあってか、歳三はすっかり佐々波と打ち解けていた。


 ・

 ・

 ・


 帰路、歳三は翌日の事に思いを馳せて油断するなよと自分に言い聞かせる。蒲田のダンジョンでも丙級なら手ごろだろうと思ってたら、とんだ強敵と出くわす羽目になったではないか。


 ──あのネズ公はしんどかったなァ


 乙級指定 "イレギュラー" モンスター、アルジャーノンを相手に歳三は半ば自爆とも言える技を使わざるを得なかった。


 それも本来は出遭う事がない筈だったモンスターである。アルジャーノンは蒲田西口商店街ダンジョンの内環のモンスターで、歳三達が探索したのは外環だったのだから。


 ──明日行くダンジョンは平和なダンジョンであって欲しいぜ


 平和なダンジョンというモノもあるにはある。例えば高尾山ダンジョンなどは野生動物と大差ないような獣がたまに出るだけの言ってしまえば採集ダンジョンだ。


 ──しかし品川にもそんな沢山ダンジョンがあったとはなァ。小綺麗すぎて行きづらかったけど、今度からはちょっと足をのばしてみてもいいかもしれねぇな


 肌に合わない街というのは誰にでもあるが、歳三にとって品川はまさにそれだ。


 ドでかいオフィスビルの群れに歳三は目がくらみそうになるのだ。


 歳三はもっと小汚くて、薄暗い所が好きだった。可愛い姉ちゃんのいるキラキラした飲み屋よりも、ちょっとしょうもない感じの飲み屋の方がなんだか落ち着くみたいなアレだ。


 しかしこれからはもっと稼がねばならないだろう。ドカンと一発大金が入ったのはいいが、金は勝手に増えない。投資でもすれば別だろうが、歳三は投資という良く分からないモノに得体のしれない不安を抱いている。


 仕組みを聞いても調べても理解できないのだ。


 そこにない金をやりとりして、良く分からないが損したり得したりする…そんな印象がぬぐえない。


 ──もう少し器用に生きられればなァ


 そんな事を思う歳三なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る