新宿歌舞伎町Mダンジョン③
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まあそういう事で明日は宜しく、と歳三は応接室を後にした。
雑談を繋いでいくスキルなどないし、それ以上に…
──綺麗すぎて落ち着かねぇやな
などと歳三は思っている。
どうにも住む世界が違いすぎる様に思えるのだ。
根がファッションハードボイルドに出来ている所の歳三は、もっとこう、薄汚くてコクのある場所が好きだったりする。
そう、例えば…
──川崎とかよ。銀柳街でうさん臭い中華屋に入ってよ、どう見ても怪しいアジア人のおっさんが浮浪者とかに偽装結婚を勧めている光景とかよ、ちょっとなんていうか、ウルフな感じだよな
つまり、歳三は20年、30年モノの中二病に罹患しているしょうもないおっさんだったのだ。しかもちょっと露悪みたいなものに憧れているという始末。例えば昭和時代の文豪の屑列伝みたいなものに、歳三はどことなくシンパシーを感じたりもしている。
具体例を出せば、散々っぱら夜の街を遊び歩いて、タチの悪い性病をもらった挙句に、最後は末期の梅毒で路上で野垂れ死ぬというような逸話に、自身でも説明できない爽快感の様なものを感じたりもしている。しょうもなさすぎるが、それこそが男の死に様だと思っているのだ。
いい年をしているというのに、重ね重ね歳三という男はしょうもなかった。ただこのしょうもなさには僅かながらのエクスキューズがある。
若かりし頃の過ちで社会の本流からとっぱずれて、生きているのだか死んでいるのだか分からぬ、明日にも仕事がなくなり路頭に迷いかねない青春時代を送った歳三としては、彼の基準ではどうあがいたって社会からの完全追放を免れないであろう所業をしてもなおも社会に居場所を残し続け、あまつさえ、現代にも名を残している多くの文豪たちに憧れめいたものを感じていた。
この辺りの心情というのは凡そ真っ当人には中々理解しがたい事だが、当の歳三自身にも良く分かっていないので問題はない。
ともあれ歳三はドンドコドンドコと電車に揺られ、品川から池袋まで戻ったという次第である。
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午後のJR池袋駅は探索者と一般人が入り乱れ、整然とは真逆の印象があるものの、熱というかエネルギーとというかそんなモノがムワワと立ち込めており、品川のハイソ感によってソーシャルな自信がやや萎えていた歳三もちょっと元気を取り戻した。
──ねえ、ダックダンジョンに行く前に景気づけしていかない?
──景気づけ?
──そうそう、まあすぐ分かるよ。さ、北口にいこ。えっとー、東口から出てトンネルくぐる…のはやだな、外は暑いし。構内通ってこ
──え、北口って
──いいから!
そんな甘な会話をしながら探索者カップルが横切っていく。
池袋北口はホテル街であり、つまりはそういう事だ。
なお、"景気づけ" しようと誘ったのは女の方である。
ちなみにダックダンジョンだが、これは丁級指定 "池袋東口旧ダックカメラダンジョン" である。駅から近いという事もあり、池袋では人気スポットの一つだ。
といってもダンジョンはダンジョンなのだから、丁級相当の探索者が100人探索に挑めば5~15人程度の死者が出る危険地帯である事には変わりはないのだが。
歳三はそんな甘な探索者カップルに何となく敗北感を…覚える事はなかった。こと色恋という分野において歳三は圧倒的弱者だと自覚している。カップルに対して嫉妬するなどという地点は3000年前通り過ぎていた。
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ダックダンジョンね、と歳三の探索者スピリットが疼く。
当該ダンジョンはロボットだとかそんなものがウジャウジャおり、根が生粋のメカ好きである歳三としてはそそるダンジョンだったからだ。
しかし…
──ま、明日は乙級ダンジョンに行くからな。今夜は沢山食べて、しっかり眠って明日に備えるか。俺はもうソロ探索者じゃねえんだからな。足を引っ張るわけにはいかねえ
歳三の脳裏に "鉄騎" と "鉄衛" の姿が思い浮かぶ。
実の所歳三は二機と出逢うまで、確かに自分は男らしい男となるべく、ひいては真っ当な人間となるべくダンジョンに挑み続けてはいるが、力及ばす死んでしまったとしてもそれはそれで構わない、などと言う想いを抱いていた。
だが現在はそうではない。
──それが何か俺にもよくわからねぇ。守るべき存在、みたいなのとは違う気がする。それはあいつらをなんというか、見下すとかじゃあねえけと…とにかく何か違うんだよな
ムーだとかアーだとか悩みつつ、歳三はマンションへと戻った。
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歳三は翌日に備えて早く眠るつもりだったが、それでも時刻は午後の4時過ぎである。この時間に眠るというのは流石にちょっとあり得ず、歳三はデバイスを開いて動画を視聴する事にした。勿論最近お気に入りのDETVのアレだ。
§
『ハロー、ダイブワールド!ティアラです!』
鮮やかなブルーの防具に身を包んだ若い女性ダイバー、ティアラが古びた木造家屋をバックにカメラに向かって手を振った。
金髪が風に揺れ、日の光を受けて輝いている。
界隈ではなぜ彼女が過酷な探索者業などをやっているのか、様々な憶測がまことしやかに語られているが、ティアラ、ひいてはDETV本社はそれらに対して一切の回答をしていない。
ともあれ彼女はレベル34…探索者協会で言う所の丁級探索者という駆け出しであるにも関わらず、その容姿と快活な性格から相当数のファンを確保していた。
"ティティ!"
"これは…鼠屋敷か。汚れ仕事きたね~"
"ビジュアルが最悪なのよここ"
"勿論脱出条件は知っているよね?"
"当然でしょ、じゃないと普通に死ぬよここは"
"ダイバーとかいうお遊び探索者は何人死んでも自業自得だけど、ティティは好きだから死なないで欲しい"
"こういう事言うの、大体協会探索者なんだよな"
"どうせ犬でしょ。ワンワン吠えるのが上手な戌級さん"
一部不穏な雰囲気が漂いつつも、視聴者達は次々と投げ銭をしていく。ちなみにミューチューブでは投げ銭は基本的には生配信で投げるものなのだが、アップロードされた動画に対しても投げる事が出来る。
『今日のダンジョンは東京都板橋区前野町某所の、皆さんご存じかもしれませんけど"鼠屋敷"でーす!そうです!私もついに汚れ仕事が回ってきちゃいました!あ、勿論 "条件" は知っているのでリスナーの皆は心配しないでくださいね!ちなみにですけど、条件を知らない人の為にこのダンジョンの事も含めてちょっとだけ説明しちゃいますっ!』
そう言うとティアラは背後の木造家屋を指し示した。
『このおうちは当たり前ですけど元々は普通のおうちだったんですよねー。おじいさんが1人で暮らしていたみたいです。奥さんを亡くされてしまって独りぼっちで…気力もなにもぜんぶ無くしてしまって。それで、家の事も全然しなくなっちゃって、ゴミが積みあがっちゃって…つまり、ゴミ屋敷になっちゃったんです。ただ、賃貸とかならともかく一軒家なので中々こう、口を出しづらいっていうか、注意しづらかったみたいで。でもそのうち、このおうちから鼠やゴキちゃんとかが一杯出てくるようになって、それで行政もようやく重い腰をあげた訳ですねっ」
のっけからの激重エピソードに、コメント欄はまるでお通夜のような状態になる。
"成仏してくれな…"
";;"
"未来の私かな"
動画を見ている歳三もどんよりとし、ウウとか呻きながら親指と人差し指をバチンと弾いてタバコに火をつけた。
それでね、と画面の中のティアラは語を継ぐ。
『役所の人がおうちを訪問した時には、お爺さんはもう亡くなってて…ダンジョン化現象が起きたのはその1、2か月後くらいだったって話です…。そういうダンジョンって普通はダンジョン探索者協会の人がどこからともなく現われて調査するんですけど、当時はかなりの犠牲者が出たそうです』
"まあなあ…"
"初見殺しだもんね"
『世の中には特殊ダンジョンっていうものがあって、そこでは一定条件を満たさないと脱出できなかったりするんです。例えば★★★☆☆(トリプルスター)の道了堂跡ダンジョンとかですねっ。それで、ここもその特殊ダンジョンで、条件っていうのが…』
画面外から二人の少女が出てくる。
『『『お掃除でーす!』』』
一人は赤、もう一人はブルーの髪色をした少女だった。
"うお、コロネとクラウ!"
"うそだろwwこの二人まで汚れ仕事?"
"もしかしてこの三人、何かやらかしたんじゃね?"
コロネとクラウもまたDETVの所属ダイバーで、それぞれレベルが30、29だ。これは協会指定では双方が丁級となる。
正統派パツキンアイドルのティアラ、メスガキ妹系のコロネ、クール系のクラウでそれぞれキャラが立っており、実力はともかくとして人気はある。
『流石に1人だと厳しいですからね!お手伝いしてもらう事になりました!コラボってやつですねっ。ちなみにですけど、罰ゲームとかじゃないですよ!ここだけの話、私達みたいな美少女が汚れ仕事ってウケがいいので!皆一度は通る道ってことです^^』
などと煽り気味にティアラが言うと、コメント欄もそれに乗っかって盛り上がった。
そしてシーンは実際の探索場面に映る。
このダンジョンの脱出条件は先ほどティアラが言っていた通り、掃除である。
ゴミ屋敷であるこの一軒家のゴミを掃除するのだ。
ただし、ダンジョンという異空間の特性上、簡単にとはいかない。間取りは4LDKだが、実際にこのダンジョンへ入ってみれば"拡張される"。
4LDKの間取りはその広さを3、4倍にも広がり、勿論ゴミの量も馬鹿には出来ない。
といっても、完璧に綺麗にすればいいわけではなく、ある程度片付ければいいという程度だが。
だが、それだけで済むはずが当然なく…
『いらっしゃーい!』
ティアラが空気を引き裂く様な鋭い蹴りを放った。
すると彼女に飛び掛かってきた小さい影がベチャァと蹴り潰され、壁に叩きつけられる。それは30センチ程のドブ鼠だった。
"ナイスキル"
"グロいんよ…"
"ティティってかわいいけど笑顔でグロプレイするんだよな、そこがギャップあって良いんだけど"
『んんっ!』
妙に気合がこもった声をあげたのはクラウだ。
すると15センチほどの巨大ゴキブリの群れの中心部に水蒸気の様な靄が発生し、ゴキブリ達は動きを鈍くさせた。
『ざぁこ!ざぁこ!』
今度は赤髪のコロネだ。
エイと小さい掌が突き出されると、ゴキブリ達の数匹が発火し、火はたちまち他のゴキブリへと焼け移っていった。
コロネとクラウはPSI能力者なのだ。
前者は発火能力者で、後者は氷結能力者である。
ただ、これはどうにもしょうもない能力であると言わざるを得ない。なぜならば、こんなものよりショットガンでもぶっ放した方が全然強力だからだ。
しかし動画映えという意味では、ショットガンなんぞとはくらべものにならない程に映える。
"やっば!"
"綺麗やなー"
『第一波は防げましたねっ!ここはダンジョンですから当然モンスターは出るわけで、それらを排除しながらお掃除をしなければいけません。ちなみにご存じだと思いますが、お掃除をしなかった場合、いくらモンスターを倒しても決して脱出できません!黎明期に多くの犠牲者を出しながらこの条件を発見した協会の探索者さんに感謝ですねっ。さ、コロちゃん、クーちゃん、お掃除を続けま…あら?』
『え?』
『何…?』
三人のダイバーが同時に振り返った。
轟音、爆音、いや…
『銃声、かな』
ティアラが呟く。
"ん?トラブル?"
"いや、トラブルなら編集でカットするでしょ。録画だよこれ"
"なんだろうね"
§
歳三はなんだかドラマティックめいた番組構成にドキドキしてしまった。
やはりこう、役者ってものがあるのだなとウンウン頷いている。
丁級相当の探索者と丁級指定のダンジョンでここまで魅せる事が出来るとは歳三にはとても思えない。
昂った歳三は、普段はやらないことをしてしまう。
"すごいよね"
と、そう書き込みをしたのだ。
どういう形であれ、何等かのコミュニティへ参加しようという意思の発露は歳三にとって非常に大きな進歩である。
もちろんそんな当たり障りのない書き込みは無視されたが。
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「あ、先客さんがいらっしゃったんですね!僕は探索者協会池袋本部、調査部所属の久我善弥といいます。隣の女性は補佐官の新田ミヒロです。さて!この丁級指定ダンジョンである所の"板橋区前野町ダンジョン" こと"鼠屋敷" なのですが、行政及び協会の決定により破壊させていただく事になりました!事情につきましてはDETV社所属である所の皆さんに説明をする義理はないのですが、一言、都市開発が理由である、と述べておきます。皆さんは脱出条件を満たしましたか?なるほど、まだなんですね。それでは巻き添えを受けたくなければどいていてくださいね!なお、職務を妨害してきた場合は実力を以て排除しますね!ええと、問題はありませんでしょうか?そこの…カメラマンの方!あなたが責任者でしょう?」
とんだ珍客に歳三はウッと呻いてしまった。
久我善弥の事は歳三も知っている。というより、面識がある程度だが。
──あの明るい兄さんか。ちょっと苦手なんだよな
ちなみに板橋区は豊島区に隣接しているため、板橋区のダンジョンについては池袋本部が管理している。
そして"ダンジョン" の破壊についてだが、これは久我が言った様に例えば都市計画の邪魔となり、なおかつダンジョンから得られる利益少ないと言った場合、政治的な判断を経て取り壊される事もある。
だがそもそもダンジョンは破壊できるのか?
これは出来る。
しかもかなり力業で。
ダンジョン内部、あるいはダンジョン外部から物理的に破壊してしまえばいいのだ。
ただしこれは"鼠屋敷"などといった丁級ダンジョンなどに限るが。丙級や乙級、ましてや甲級などは破壊領域が非常に広かったり、或いはダンジョンがまるで意思を持っている様に破壊に抵抗しようとする。この代償は大きい。
例えば北見市の様に実質的に消滅してしまう場合もある。
■
『ええ~?いきなりそんなことを…いや、すみませんっ。では九段さん、判断はお任せしますね』
ティアラがカメラの方を向いている。
コロネとクラウも同様だ。
コロネの方はかなり強い不満があるようで、眉が顰められてはいるが。
"うわ、ひくわ"
"協会の横暴やで"
"完全に脅迫だもんね"
"でもさ、この動画がアップロードされてるってことは…どういうこと?協会もOKしたってこと?"
"そういう事になるかな"
──調査官ってのも忙しいんだな
歳三はそんな事を思いながら、何本目かのタバコに火を点けた。
バチン!
§
『ああそうだ、動画についてですがここまでのアップロードは認めます。しかしこれ以上は禁止しますね!異論などは受け付けておりません。抵抗する場合、或いは隠し撮りなどを試みる場合は、やはりその場合も実力で排除します。その場合、皆さんの命の保証はしませんのでご了承くださいね!』
久我が元気よくカメラに向かっていった。
歯が白く輝いている。
非の打ちどころのない爽やかスマイルであった。
"はあ"
"逆らわない方がいいですね。久我調査官は怖いですよ"
"協会の人さぁ、なんとかなんないのこういうの"
"ならないです。本部勤めの人は大体ヤバイです。大体あの人は元乙級探索者ですよ。レベル80以上ってことです"
"80はあかん"
"最低80ってことでしょ、ダメだこりゃ"
ハァとため息が聞こえ、そして動画は唐突に終了した。
歳三は何だか凄いの観ちゃったななどと小学生の感想を抱いて、ちらと時計を見た。
時刻は午後の6時前。
寝るにはまだ早い。
──ああ、そうだ。金城さんから勧められた映画があったんだった
歳三はデバイスをいじり、ゲットフリックスを起動し、サンチュアリオという映画を視聴しはじめた。ちなみにサンチュアリオとはスペイン語で聖域という意味で、相撲ファン歴ン十年である所の金城のイチオシ映画である。
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そして、なんだかんだで翌朝。
歳三の顔に不敵な笑みが浮かべられていた。
今の歳三は自信の塊だ。
もはやこの地上に自身に敵う存在はないとすら思っている。
スモウ・ファイターのスピリットに目覚めたのだ。
「行くか、新宿に。歌舞伎町Mダンジョンのモンスターは中々骨があるがよ、なぁに、連中には決定的に足りないものがある。それは、四股だ」
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