新宿の影①


この日、歳三は朝から新宿に向かっていた。

理由は一つ、銃を知る為である。

新宿区歌舞伎町2丁目に探索者用の射撃場がある。

大変異前はバッティングセンターだった場所だ。


先日の池袋銃撃事件で銃弾を受けてみて、思う所ができたのだ。

根が素直キッズである所の歳三は、ここ最近の戦いを考えると、自身にはまっとうな遠距離攻撃手段がないと反省したのである。


──銃っていっても昨日のオモチャみたいなもんじゃねぇ。本物の銃って奴を知りにいく。俺には知識が無さすぎた。学ぶんだ。今の時代はオツムの時代よ。知識を得る。孫子も言ってたじゃねえか。なんとか危うからずってよ


歳三の考えは雑に過ぎるが、探索者向けの銃とその威力、扱い方を知るというのは悪い考えではない。引き出しが多いに越した事はないのだ。とはいえ、歳三の手妻めいた遠距離攻撃の数々よりも高威力の銃撃が可能なものとなると大分限られてくるが。


歳三にしてもその辺りの事は何となく分かってはいたものの、とにかく出来る事を増やしたかった。


なぜならば、恐らくは後数日後には "鉄騎" や "鉄衛" を連れて乙級指定のダンジョンへと挑んでいるだろうからだ。

勿論歳三が一人で挑む分には何も気負う必要はない。

しかし、丙級相当だとされている二機にとってはどうだろうか?

不測の事態に備えるため、歳三は歳三は出来る事をしたいと考えていた。


しかし、その心がけは良いにしても何故二機を連れていく必要があるのか。歳三一人で乙級でも何でも挑み、稼いでしまえばいいのではないか。その疑問の明確な答えを歳三は持ち合わせていない。


──俺はバカだが、俺一人でなんもかんも全部やってしまえば沢山稼げるだろうってのは分かってる


分かってはいるのだが…と歳三は悩む。


甚だ非合理的なのだが、歳三はそれは二機に対しての手酷い仕打ちに思えてしまったのだ。効率、安全性…あらゆる意味で歳三が一人で探索をした方が稼げるし、危険も少ない。 "鉄騎" や "鉄衛" を気にかけながら探索というのはあるいは歳三を危険に晒す事になるかもしれないし、二機の安全面も脅かされる。


──でもよ、それってなんてぇのかな。仲間外れみたいに感じるんじゃねぇかな…


つまり、歳三は二機の心を傷つけやしないかと危惧しているのだ。

これは歳三が "鉄騎" や "鉄衛" を単なるツールではなく、何らかの形でパートナーとして見ている事の証左であった。

要するに歳三は、二機を既にロボットだとは見做していないのだ。


そして二機もまた歳三に強い影響を受けており、自身の存在について思う所があった。


ダンジョンの干渉をより強くするものは結局の所、強い意志である。覚悟でも思い込みでもなんでもいいが、それが足りさえするのならひょろひょろのモヤシでも大根に変わるし、典型的弱者男性が圧倒的肉体強者に変わるし、男が女に、女が男になったりすることもあるだろう。あるいは人が機械に、機械が人に変わる事もあるのかもしれない。その変化が精神的なものか肉体的なものかは定かではないが…。



射撃場では頭髪を紫に染めたチンピラガールが、電子タバコを咥えながら雑な接客をしていた。


「何撃ちたいか、このカタログから選んで。本体レンタル代金はここ、銃弾の値段はここ。ああ、一発毎の値段だからね。レーンは剛性ガラスで区切ってあるけど、銃を他の客に向けたらその時点で拘束するから。あたしがじゃないよ、協会の人がだよ」


歳三はカタログを受け取りながら、受付室の隅にいる男たちを見やった。先程から強い視線を向けて来ていたからだ。

数は3人。いずれも高級なボディアーマーを身に着け、所作に隙がない。


だが視線に敵意は含まれていない。

しかし、珍しいもの…例えば、ボクシングの世界チャンプがフェンシングの世界に挑戦!という記事を見た時のボクシングファンの様な視線をしていた。


歳三がなおも見つめていると、その内の一人が近寄ってきた。

背丈は180cmあるかどうか、クルーカットの青年で、タフで清潔な印象。細身だがしかし、服の下には引き締められた筋肉がぎっしりと詰まっている事が歳三には分かった。

歩く際に軸が全くずれていない。


「意外でした。銃もお使いになるのですね」


青年が親し気に声をかけてくるが、歳三には見覚えがない。

歳三はこれでいてエチケット至上主義者でもあるので、一度あった相手の顔は忘れないのだが、青年の顔には本当に見覚えがなかった。


しかしそれを告げればどうなるか。

歳三は困ってしまった。


返事が出来ない歳三に、青年は慌てた様子で言葉を継ぐ。


「これは失礼しました。私はダンジョン探索者協会新宿支部に勤めております獅子喰 恂(シシクラ ジュン)といいます。お噂はかねがね伺っておりますよ、初めまして。お会いできて光栄です、グランドマスター」


──なにっ そうか、俺はグランドマスターだったのか…


歳三は物凄く馬鹿な事を考えながら獅子喰を見た。

そして何をどういえばいいのか、どんな反応をすればいいのか、もはや事態は歳三の制御不能の領域に達してしまった事を知る。


といっても知らない人から話しかけられただけの事に過ぎないのだが…。

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